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八方美人の小心者

 冒険者組合との一件から三週間が経った頃。

 少しずつではあるが着実に力を付け始めたリベルタ・ギルドは、他の零細ギルドや中小ギルドからも一目置かれるようになっていた。

 ほぼ二日に一回のペースで中堅レベルのダンジョンを攻略し、そこそこ価値のある鉱物や魔石を大量に採掘しているからだ。


「ジェミニ代表、今日も一攫千金&酒池肉林・ギルドから苦情が届いています。俺たちのダンジョンゲートを奪うな、だそうです」


「相変わらず酷い名前のギルドだな」


 左右の側頭部に角を生やした竜人族の美女――マリアンヌ・ギドーラが溜息を零す。

 その一挙手一投足が妙に艶めかしく可憐な彼女に対し、熱い視線を向ける男は多かった。

 だらしなく鼻の下を伸ばした男連中が、今もマリアンヌの胸元を見ながら「魔力はA級だが胸のほうは確実にS級だな」と失礼なことを呟いている。

 そんな彼らに絶対零度の視線を向ける彼女は「魔力はともかく頭の中身は確実にE級ですね」と皮肉を返す。


「なるべく男衆から遠ざけるように手配いたしますので、もう少しだけ辛抱してください。それとギドーラさんに連絡を入れる際も、出来る限り女性団員を介して連絡するように致します」


「ジェミニ代表でしたら全然構いません! そのような寂しいことを仰らないでください!」


 今から十日前、採掘場から帰還した女ドワーフのアンナに「打って付けの娘がいるんだ」とマリアンヌを紹介された俺は、物は試しに彼女を秘書として働かせることにしたのだ。


「私たちの性別が異なる以上、どれだけ親しかろうと一定の距離を置かなければなりません。それに貴女のような美しい女性を常に自分の傍に置いておけば、あらぬ誤解を受けてしまいます」


「そ、それはっ……!?」


 今日でリベルタ・ギルドに来てから八日目になるマリアンヌだが、男を毛嫌いしている彼女は話しかけてくる男連中の大半を無視し続けているのだ。

 これまで三十以上もの冒険者ギルドで上司や同僚の男から言い寄られてきた彼女は、散々な目に遭ってきたらしい。

 中には肉体関係を強要してくる上司もいたらしく、平手打ちをして解雇させられたこともあったそうだ。


『上級ハンターの男たちは肉食獣みたいなものだからな。力さえ有れば殺人や強姦、そして国を滅ぼすことも許される』


「……っ」


『立場の弱い女たちが食い物にされる時代だからな。お前のように弱者の前でも平身低頭の姿勢を崩さない男が珍しいのさ』


 寂しそうに瞳を潤ませたマリアンヌの様子に「一線を越えるなよ?」とヒコマロが頭の中で囁く。

 俺がマリアンヌの美貌に誑し込まれてしまう可能性を危惧しているのだろう。


「男性陣への対応は私のほうで何とかしておきます。ギドーラさんも出来る限りで結構ですので、他の方々と仲良くしてあげてください」


「……も、申し訳ございません」


 営業スマイルを浮かべながらマリアンヌの気持ちを尊重し、ある種の我儘と言っても過言ではない彼女の男嫌いを寛容に受け止めている俺は、他の女団員たちからも一定の評価を得ていた。

 肌に触れられるのが嫌だと言われれば手袋を嵌め、女性以外は近づけないでほしいと言われれば専用の個室を与え、男連中への不満を口にすれば「私の配慮が足りませんでした」と頭を下げて謝罪する。


 そんな平身低頭の姿勢を一週間も続けていると、さすがのマリアンヌも自分の我儘を自覚し始めたのか、今までの暴言や態度の悪さを改めるようになったのだ。

 紹介してくれたアンナからは「さすがはアタシの見込んだ男だ!」と絶賛され、心を開き始めたマリアンヌが少しずつ笑うようになったのは大きな収穫だろう。


「謝る必要はありません。快適な職場環境を整えるのも代表である私の役目ですから」


「……ジェミニ代表」


 朝食を済ませた男たちが採掘現場に向かう中、目頭を熱くしたマリアンヌが感極まったように鼻をグスグスと鳴らす。

 さすがに人前で泣かれるのは不味いので「続きは執務室で」と場所を改めることにした俺は、聞き耳を立てながらニヤニヤしているジルの存在に気づく。

 その姿に途轍もなく嫌な予感を覚えた俺は「さあ行きましょう」とマリアンヌを連れて早急に場を離れようとするのだが――


「にししっ、ボスは歳下の若い娘にしか興味がないっすよ」


 絶妙なタイミングで爆弾発言を口にしたジルが、場の空気をカチカチに凍り付かせてしまった。

 その数秒後、マリアンヌの全身から重苦しい威圧感が放たれ始める。


「……私たちの種族は人間族に比べて成長が遅いだけです」


「存じております」


「……肉体年齢と精神年齢は人間で言えば二十歳はたちくらいです」


「存じております」


「……つまり、私たちは同年代のようなものです」


「存じております」


 正面玄関の扉を開けたジルが「あとは若い者同士で」と屋敷の前で待機しているバスに駆け込み、すぐに出発するよう運転手に命じていた。

 才色兼備のA級ハンターから発せられる凄まじい怒気を感じ取ったのか、顔を青褪めさせた他の採掘員たちも「早く出しやがれ!」と口を揃えて叫ぶ。


「はははっ、子供にはマリアンヌさんの魅力が分からないのでしょうね。いつまでも若く美しい竜人族の女性が羨ましいです」


「……」


 今年で百九十二歳を迎えるピチピチの”少女”に対し、改めて種族間の差を実感させられる俺は「歳上の同年代」に辟易させられてしまう。

 しかし、ディアボルス・ジェミニという人間は何の取り柄もない凡人なのだ。

 成功の母である失敗を積み重ねることでしか、栄光を手にすることは出来ない。


「そういえば昨日、繁華街にある人気スイーツ店に行ってきたんです。美味しそうなデザートが沢山ありましたので全商品を一種類ずつ買ってきたんですよ。是非とも皆さんに食べていただきたいと思っていたんです」


 見え見えのご機嫌取りではあるが、何もしないよりはマシだろう。

 才能がない者は才能がない者なりに自分の生き方を身に着けなければならないのだ。

 湧き上がる嫉妬や不満、羨望の念を必死に押し殺し、薄っぺらい外面を飾る俺は「どうぞ、お入りください」と物腰の柔らかい態度で執務室の扉を開ける。

 そんな俺の言動にパチパチと目を瞬かせるマリアンヌは「代表は腰が低すぎます」と溜息を零し、ようやく機嫌を直してくれたのであった。




 ☆




 迷宮都市アヴァロンの観光名所とされる歓楽街。

 ありとあらゆる物が売買されている娯楽の場において、市場調査を行う俺は目の前の光景に言葉を失っていた。


『はははっ、奴隷売買の現場を見るのは初めてか? 異世界の醍醐味みたいなモノだろ?』


「ヒコマロは黙っててくれ!」


 奴隷用の首輪を嵌められた美女たちが、鉄格子に囲まれた檻の中でポツンと置物のように佇んでいる。

 何一つ衣類を身に着けていない女奴隷たちの姿に、口笛を吹きながら熱狂する男たちは下卑た笑みを浮かべていた。


「種族や年齢、魔力の有無……もう完全に”物”扱いだな」


 亜人族やエルフ族、竜人族の女たちが死人のように濁った目でボーッと檻の外を見つめている。

 女体のシンボルである胸や臀部、股間などを余す所なく晒している彼女たちは、特に羞恥心を感じている様子はなかった。

 主人である奴隷商に逆らえば手酷いを折檻を受けると分かっているからだろう。

 牛馬のごとく鼻息を荒くした男衆に囲まれながら、言われるがままに大事な部分を見せつけている彼女たちは、性奴隷として入念な調教を施されているようだった。


「かぁーっかっか、奴隷売買を見るのは今回が初めてか?」


「……ええ」


 狼人族ろうじんぞくの少女が囚われている檻の前で、酒臭い中年男がニヤニヤしながら話し掛けてくる。

 そして檻の中の少女が大きく両脚を開き、大事な場所を晒し始めると「おお、今日の娘はなかなかの上物だな!」と酒臭い吐息を漏らす。

 熱気に包まれた男たちの視線が女奴隷たちの肢体に釘付けとなる中、改めて弱肉強食の摂理を思い知らされた俺は「お買いになられた経験があるんですか?」と尋ねる。


「おいおい兄ちゃん、俺にそんな金があるように見えるか? 良い女たちの裸がタダで拝めるから来てるだけさ」


「そうですか」


 小瓶に入ったウイスキーを飲みながらゲラゲラと笑う中年男は、美しい女奴隷たちを見ながら「一人で良いから欲しいぜ」と唇の端を吊り上げる。

 檻の前には値札の付いた看板が立てられており、目の前にいる狼人族の少女は五百万エクシードから競売に掛けられるようだ。

 中堅ギルドの幹部並みに稼いでいる今の俺からすれば、決して払えない金額ではないだろう。


 しかし、金で女を購入する冒険者ハンターとして職場の女団員たちから顰蹙を買うのは避けたい。

 目先の欲に溺れてしまう者は最終的に損をすると相場が決まっているのだ。

 零細ギルドの代表でしかない今の俺には分不相応な買い物だろう。


「へへへっ、そろそろ試触タイムだぜ兄ちゃん」


「……申し訳ないのですが私は用事がありますので」


 美しい女奴隷たちの感触を楽しむべく行列を作った男連中が、試食ならぬ試触をし始めた。

 何十人もの男たちから胸や尻、太腿などを触られる女奴隷たちは必死に声を押し殺していた。

 こういった卑猥なイベントで客寄せを行い、少しでも奴隷たちの値段を吊り上げようとしているのだろう。


『もっともっとギルドを拡大していけば、いずれ奴隷なんて買おうとさえ思わなくなる。確かにハーレムは男の浪漫だが、金さえ有れば購入できるような安い女に固執するのは馬鹿のやることだ』


「ああ、実に馬鹿らしいイベントだ。見ているだけで不愉快になる」


 ヒコマロの意見に「本当にくだらないな」と心の底から同意する俺は、奴隷市場を離れることにした。

 このまま気紋エネルギーと幽気紋を鍛え続ければ、更なる成功への道が約束されているのだ。

 金銭で買えるような女に執着して周囲の者たちから顰蹙を買うのは勿体ない。

 そう結論付けた俺は足早に奴隷市場を去ろうとするのだが――


「さっ、さすがはジェミニ代表! 他のケダモノたちにも見習わせたいです!」


「だから言ったろ? 心配は要らないって」


「うんうん、代表はそういう下品な男じゃないんだよ」


 目を輝かせたマリアンヌとアンナ、クルーエルが何処からともなく現れた。

 突然の事態に思わず狼狽えてしまう俺は「皆さん、一体どうして此処に?」と盛大に顔を引き攣らせる。

 すると、三人の背後からゾロゾロと他の女団員たちも姿を現し始めた。


「あはははっ、この娘がアンタのことを心配し過ぎて落ち着かないもんでね。ほら、今日は歓楽街で奴隷売買が行われる日だからさ」


「さっきまでマリアンヌさんが凄い剣幕でジェミニ代表を睨んでいたんですよ? 可愛い女の子たちを試触する気じゃないか、って」


「クルーエルさんも凄い殺気立ってましたけどね。純粋無垢な代表の心が穢されてしまう、って」


「や、やっぱりジェミニ代表は違います! きちんと女性を尊重できる方です!」


 我がリベルタ・ギルドの女衆がどういう訳か「うんうん」と感心したように頷いている。

 恥ずかしそうに頬を赤らめたマリアンヌとクルーエルが「変なこと言わないでください!」と語気を荒げる。

 その光景にゾッと背筋を凍り付かせる俺は、今更ながら自分が監視されていたことに気づく。


『はっはっは、首の皮一枚で繋がったな! 女たちのご機嫌取りに精を出していたのが、こんな形で仇になるとは……ふっ、ふははははっ!?』


「ぐっ……!?」


 頭の中で爆笑するヒコマロが「いやはや、モテる男は辛いなぁ~」と暢気なことをほざく。

 彼の故郷である”ニホン”とは比べ物にならないほど男尊女卑、弱肉強食の風潮が強いこの世界で、役に立つ手駒を増やすべく女たちを優遇していた俺は、予想以上に彼女たちの好感を得てしまっていたらしい。

 あからさまに安堵している女団員たちに「そ、そうですか……」と冷や汗を掻く俺は、この世界の男冒険者(ハンター)たちの腐敗ぶりを今更になって思い出す。


『お前は容姿も頭脳も平々凡々だが、女子供には徹底して優しく振る舞うように心掛けているからな。他の男連中にクズが多すぎるから相対的にお前が優れた人格者に見えるのさ』


「うっ……」


『特にお前の場合は他のギルドで手酷い扱いを受けていたような連中ばかりを雇用してるだろ? 安い賃金で扱き使えるからな』


「……」


『しかし、リベルタ・ギルドの労働条件は一部を除けば大手ギルドよりも働きやすい訳だ。出産休暇や育児休暇といった他のギルドでは在り得ないような福利厚生もあるしな』


 俺を尾行してきた女団員たちの姿に「少々やり過ぎたな」と他人事のように言うヒコマロは、有給休暇や週休二日制、労災保険といった福利厚生を提案した張本人である。

 何を始めるにしても信用が無ければ最初の第一歩を踏み出せない以上、組織の基盤を作るためには下っ端の団員たちに媚びるしかないのだ。

 そしてこの時代において先進的すぎるリベルタ・ギルドの労働環境は、名より実を取る冒険者ハンターたちが就職面接に殺到するほどの人気ぶりを見せていた。


「わ、私は最初から信じていました! 代表はお金で女性を買うような方じゃないって!」


「ジェミニさんが薄汚れた大人の世界に染まらなくて良かったです」


「あっ、そういえば歓楽街の外れに美味しい店があるんですよ。そろそろ夕食時ですから皆で行きませんか?」


 ディアボルス・ジェミニという何の取り柄もない小心者に対し、尊敬の眼差しを向けてくる女団員たちの姿が非常に眩しかった。

 そして総勢十四名もの女たちから行動を監視されていたと知った俺は、今度から歓楽街に向かう際はK・K(キリング・クリムゾン)を使用して時間を飛ばしながら移動することにした。


「ジェミニ代表はまだ十六歳なんですから、娼婦や奴隷なんて買っちゃ駄目ですよ!」


「愛人や性奴隷に誑し込まれてギルドの資産を食い潰してしまった冒険者ハンターも大勢いるんです。誑し込まれるならマリアンヌさんみたいな真面目な方にしてくださいね」


「へっ、変なこと言わないでください! 私と代表はそういう関係ではありません!」


「あっはっはっは、こんなに大勢の綺麗所から想われて果報者だねアンタは!」


 部下の女たちに腕を掴まれながら奴隷市場から引き離されていく俺は、非常に複雑な気分だった。

 しかし、そんな俺を見ながらゲラゲラと豪快に笑うアンナは言う。


冒険者ハンターやってる男には勘違いしてる馬鹿が多いけどね、男の価値ってのは魔力だの冒険者ハンターランクだので決まる訳じゃあない」


「は、はあ……?」


 談笑する女団員たちの姿を微笑ましげに見つめるアンナ。

 お洒落な外観の居酒屋にスタスタと入っていく彼女たちが「御二人も早く来てください!」と叫ぶ。


「優しさで決まるんだよ」


「……はっ?」


 店の入口に掛けられた『男子禁制』という暖簾のれんを見て困惑する俺に「アンタは大丈夫だよ」とアンナが告げる。

 どうやら男に関しては「一見さんお断わり」が昔からのルールらしく、常連客の女から紹介を受けないと入店できないらしい。

 アンナに連れられて店内に入っていく俺に対し、他の女客たちがパチパチと目を瞬かせていた。


「誰よりも優しい男が、誰よりも立派で誰よりも価値のある男なのさ」


「勉強になります」


 どうやら男の客が最後に入ったのは今から十二年も前のことらしく、それ以降はタダの一人も入店していないらしい。

 店の女将であるドワーフ族の女が「おやおや、久しぶりの男だねぇ」と興味深そうに俺を見つめ、店員の女たちは口を開けたまま硬直していた。


「ははっ、まあアンナの紹介なら心配は要らないね。ほれ、お前たちも早く準備しな!」


「は、はい!」


「奥のお座敷にご案内いたします!」


 小人族の少女がペコペコと頭を下げながら俺の顔をジッと見つめ、ぎこちない笑顔を浮かべながら「どうぞ此方へ」と奥の座敷に向かって歩き始める。

 すでに注文メニューを見始めていたアンナ以外の十三人は「あっ、こっちです代表!」と大きな声で俺を呼び、またもや他の女客たちから注目を浴びてしまう。

 その何とも言えない居心地の悪さに「他の皆さんの迷惑になりますから」と声のボリュームを抑えるように言うのだが、恰幅のいいドワーフの女将はますます笑顔になる。


「アンタ、見かけに寄らず中々のヤリ手だね。その歳ならアッチのほうも元気だろうし、さぞかし夜のほうは盛り上がってるんだろう? どの娘が一番のお気に入りなんだい?」


「……いえ、彼女たちは単なる従業員ですので。そういう関係ではありません」


 俺と女団員たちの様子をニヤニヤしながら見つめる女将が「噂通りの男だね」と口角を吊り上げる。

 そして右手の親指と人差し指で輪っかを作り、左手の人差し指をスポスポと輪っかの中に出し入れする彼女は「今夜は誰が可愛がってもらうのやら」と女たちを揶揄からかう。

 すると、熟した林檎のようにカァーッと顔を赤くした女団員たちが気まずそうに視線を泳がせる。


「若い、強い、金もある……そして女子供に優しい。なかなかの優良物件じゃないか」


「……」


「ふふふふ、一番早く育児休暇を手にするのは誰なのかねぇ~」


「……」


 興味津々に探りを入れてくる女将だが、その赤裸々な追究を止めようとする者は一人もいない。

 それどころか店員や他の女客たちまで聞き耳を立てている始末だった。


「前にやって来た男はハーレムを作って極東の島国だかに移住したらしいね。四十過ぎる頃にはミイラみたいに干乾びちまったらしいけどさ」


「……左様でございますか」


「ははははっ、この店に入るのを許された時点でアンタの人となりは大体分かるよ。そういう男ってのは纏ってる空気からして違うからね」


 カウンター席にいる女客たちが鼻息を荒くし、座敷にいる女客たちはヒソヒソと何かを話していた。

 そしてリベルタ・ギルドの女たちは既婚者であるアンナを除き、皆一様に顔を赤くして俯いている。

 そんな初々しい光景を前にいやらしい笑みを浮かべた女将は――


「それにしてもマリアンヌやクルーエル、シャウラみたいな男嫌いまで手懐けるとはねぇ……アンタ、一体どんな風に調教したんだい?」


「ぶっ!?」


「ちょ、調教っ!?」


「……ゲスの勘繰りはやめてくださる?」


 先程と同じように右手の輪っかに左手の人差し指をスポスポと出し入れしながら、「アンタたちも女だったんだね」と何かを納得したように一人で頷いていた。

 あからさまに卑猥な光景を連想させる彼女の言い回しに、店内にいた殆どの女たちが顔を真っ赤に染める。


「あっはっはっは、少しばかり悪戯が過ぎちまったみたいだね。毎度毎度、この娘たちがウチに来るたびにアンタの話で盛り上がってるもんだからさ」


「ちょっと女将さん、そういう話は本人の前でしないでください!」


「女子トークを男性に聞かせるのはタブーですよ!」


 我がリベルタ・ギルドの女団員たちが気まずそうに視線を泳がせる。

 ギルド長である俺への不満や悪口で盛り上がっていたのだろうかと不安になるが、当の女将は「心配せずともアンタに不満のある娘なんて一人もいないよ」と不敵に笑う。


「ふふふ、アンタが想像以上の有望株なもんだからね……どうやって誘惑す「ああああっ!」……ほ、ほんの冗談じゃ「梅酒と焼酎はまだ来ないんですかぁ?」ないかっ!?」


「……」


 夢や理想ばかりを追いかける男とは違い、常に現実を見据えて行動する女たちは婚活にも勤しんでいるらしい。

 アンナ以外の十三名から羽交い絞めにされる女将が「わ、悪かったよ!?」と厨房に担ぎ込まれていく。


『将来有望な若者を早い段階で引き込もうとするのは、婚活において基礎中の基礎だからな。すでに勘の鋭い連中はお前を金の卵だと認識しているんだぞ?』


「うげぇ……」


『そもそもE級ハンターのお前が中堅レベルのダンジョンを攻略していること自体が異常だろ? 二週間くらい前から女連中のお前を見る目が変わり始めていたことに気づかなかったのか?』


「ぐへぇ……」


 他人事のように辛辣なことを言うヒコマロに対し、盛大に顔を顰めた俺は「勘弁してくれ」と心の中で嘆く。

 俺が求めているのは巨万の富と圧倒的な権力を手に入れ、種族を問わず様々な美女に囲まれながら酒池肉林の生を謳歌することなのだ。

 一夫一妻制しか認められていない迷宮都市アヴァロンの中で、世間体を気にしながら一人の女を愛し続けるなど勿体ないにも程がある。


『まあ、気紋エネルギーを鍛え続ければS級ハンターを超えることも可能だしな。わざわざ結婚なんかして身を固めるより、自分だけのハーレムを作ったほうが断然お得だろうよ』


「まったくだ」


 自由を謳う迷宮都市アヴァロンでは”建前上”は男も女も対等とされているので、一夫多妻制を公に認めるのは難しいのだ。

 特に結婚相手に対する独占欲が強い者などは、契約魔法の使い手に浮気をしないよう仲介を頼んだりすることもあるらしい。

 そして一度でも魔法契約を結んでしまえば、契約魔法の使い手と結婚相手の両方から同意を得ないと婚姻関係を破棄できないそうだ。


『手駒を増やす上で女子供の人気取りをするのは確かに効率が良いのかも知れないが、何事もやり過ぎれば仇となる訳だ。白昼堂々と娼館やソープランドに通うのは、今のお前だと周囲の目が厳し過ぎて難しいだろうな』


「人助けが仇になるとか、俺は運命に見放されているのか……」


『はははっ、その人助けの動機が不純だから仇に感じるだけさ。客観的に見れば今のお前は相当恵まれていると思うぞ? 故郷にいるお前の幼馴染や零細ギルドのメンバーたちが羨むほどにな』


 頭の中でゲラゲラと高笑いするヒコマロが「何事も一長一短なのさ」と達観したように言う。

 あらゆる方面に八方美人を貫いていた俺は、自分への評価が高まり過ぎたことで逆に身動きの取れない状況に陥ってしまったのだ。

 まさしく本末転倒と言わざるを得ない今の状況は、邪心を持って行動した俺に対する天罰なのかも知れない。


『欲望を発散する時は人目に付かないよう細心の注意を払って行動するしかないな。まあ、さすがの女連中もカジノくらいなら文句は言わないだろうし……明日はK・K(キリング・クリムゾン)の予知能力を駆使して大儲けするぞ!』


「なんだか途轍もなく嫌な予感がするんだが……」


 いつにも増してテンションが高いヒコマロは、幽気紋の力で荒稼ぎすることを考えていたらしい。

 魔法を使った不正行為を防止するため、魔力感知用の腕輪を嵌められるのがカジノで遊ぶ際の決まりなのだ。

 しかし、気紋エネルギーは冒険者ハンターたちの扱う魔力とはまったく異なる未知の力である。

 そこに目を付けたヒコマロはK・K(キリング・クリムゾン)の能力を最大限に活用するつもりなのだ。


『ははははっ、明日はカジノが潰れるまで荒稼ぎしてやるぞ! 俺の能力を使えばルーレットもポーカーも負けなしだ!』


「……果てしなく不安だ」


 我欲の化身であるヒコマロが提案した合法的なイカサマに対し、やり切れない気持ちになってしまう俺は大きな溜息を漏らす。

 だが、確実に得られる利益をわざわざ見逃すという手はない。


「お待たせ致しました。海鮮鍋のAセットが二つ、Bセットが二つ……Qセットが六つになります」


「待て、待て待て! AセットとBセットまでは理解できるが、何故いきなりQセットなんだ!」


「ジェミニ代表、この店の海鮮鍋はAセットからZセットまで在るっすよ。Qセットは牡蠣やスッポンといった精のつく海の幸が満載っす!」


 そして二時間後、酒に酔った女衆から抱き着かれ、身動きの取れない状況になってしまった俺は、改めて女という生き物の恐ろしさを思い知らされる羽目になった。

 翌日、酔い潰れた女団員たちと共に朝帰りを果たした俺が「ひ、一晩で十四人も……」と男衆からお約束の勘違いをされてしまったのは言うまでもない。






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