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1-7 優秀

「えっ、『クラーク』?」


 深紅色の髪を持った女性から放たれた名前を聞いて驚く。クラークと言えば、私が知る限りあの男しかいない。


「そ、ノーラ=クラーク」

「クラークってあのクラークですか?」

「あのクラークって何を指すか分かんないけど、私の姓はクラークだよ」

「つかぬことをお聞きしますが……」

「つかぬことが多いね。何?」

「オスカー=クラークのお姉様でしょうか?」


 ノーラさんは一瞬きょとんとした顔になる。しかし一度ぷっ、と噴き出すと瞬く間に爆笑に変わる。


「あっはっはっは。なるほど、なるほど。それは愉快なジョークだね」

「あっあっ、もしかして関係ないんですか?」

「いや、関係はある。あたしはオスカーの従姉だよ。それにしても女の子の口からオスカーの名前が出るなんて……。ガールフレンド?」

「ち、違います! 嫌われてます!」


 思わず大きい声が出てしまう。なんだろう、この人といると調子が狂わされるな。なぜかずっと敬語で話してるし。

 その延長線上で真実を叫んでしまった。これはあくまで私とオスカーの問題なので、他人に言う意味など全くない。むしろノーラさんとオスカーとの関わりがが分かった以上、こういうギスギスは隠しておいた方が吉だ。お節介なことをされたら堪ったもんじゃないし。


「あの、これは……」

「オスカーに嫌われてる、か。ったくあの子も仕方ないやつだねぇ」

「いや、私も言い過ぎたと思ってまして」

「関係ないよ。あの子は好き嫌いが独特だから。嫌われたとしたら、貴女が見当もつかない理由だよ」


 はあ、と分かってるのか、分かっていないのか分からない声が口の端から漏れ出る。多分、分かっていない。それを聞いたところで嫌われたという事実は変わらないから。

 話を聞く限りでは私は訳も分からない理由で嫌われてしまったということだ。なら基本方針に変更はない。さてどうしようか、と考えるとある考えが浮かぶ。


 もしかしたらノーラという女性、これは謝罪の仲介人として使えるのでは?

 悪い考え方かもしれないが、玉の輿を狙うなら利用できるのは利用した方がいい。そこに迷いは要らない。


「あの、それでもオスカーくんに謝りたいんですけど、ノーラさんから彼を呼んだりできませんか?」

「えー、やだ」

「やだ……」


 はあ。今度はとうとうため息が漏れる。まあ、気持ちはよく分かる。仲直りの仲介なんて面倒なんだろうな。しかもオスカーには独特な好き嫌いの基準があるらしいし。私がノーラさんの立場でも嫌だ。

 早々にこの案は捨てて、これからどうしようかと次の策略を練り始める。


「でもそのくらいならしてあげるよ。さっきのクイズを当てた景品だ」

「えっ、本当に? あっ、ありがとうございます!」


 構わんよ、という風に軽く私に手を上げている。もうその時には彼女の右目は私を捉えてはおらず、目を閉じて瞑想しているように見える。

 そしてゆっくりすーっと目を開く。


「よし、()()()

「送った?」

「そ。この魔術道具でオスカーに来るように合図を送った」


 コツンと再び魔術道具である義眼を叩く。うぅ、なんか嫌な動作だなあ。神経は通ってないので痛くないはずなのだが、無用な想像力を働かせ自分の目として置き換えると……凄く怖い。

 しかし目下で気になることと言えば、その魔術道具のこと。


「その魔術道具ってどういう術式が刻まれているんですか? 見た感じ視覚に関する術式っぽいですけど」

「おっ、この魔術道具が気になるの? いいねぇ、普通の魔術師は見向きもしないからね」

「まあ、術式持ってないので、これくらいしか興味ないんですよ」


 やや投げやりな口調にノーラさんは何も言わずニコッと笑う。どうやら私の術式不顕現を知ってるみたいだ。有名な話だし無理もないか。


「自虐を言ってくれるくらい感心あるんだろうけど、残念。この魔術道具の情報は門外不出でね」

「門外不出。『門』ってクラーク家のことですか?」

「やっぱり優等生。その通りだよ。けどごめんね、これ以上は言えない」

「大丈夫です。これ以上、クラーク家の人に悪感情を持たれたくないですから」

「皮肉効いてるねー。あたし、そういう所も好きだよ」

「はあ、どうも」


 女性から好意の言葉を伝えられても仕方がない。むしろただただ困惑するばかりだ。

 さっきからこの人はそういうことばかりやってくる。『研究会』に冷やかしに来ているだけの私に話しかけたり、突然クイズを出したり、なんなんだノーラという女性は。

 人格を見定めるようにじっーと見ていると、ノーラさんは声を上げる。


「あっ、そろそろあたしは帰るね。後はお二人で勝手にどーぞ」


 ノーラさんは「じゃあ」という風に手を上げ、私に背を向けるとその場を去ろうとする。え、仲直りの仲介人をしてくれるんじゃなかったの?


「え、帰るんですか?」

「そりゃあオスカーと居合わせたら、文句の一言二言は言われるしね。こういうのは逃げるに限る」

「それは困っ……」


 とても困る。実際そう言おうとしたけど、そこまでする義理はノーラさんにはない。だいたいここまでお膳立てしてくれたのも、彼女の気前のいい性格のおかげだ。これ以上、甘えてはられない。

 それでも最後に。私は大きな声で叫ぶ。


「あ、あの!」

「なあに?」


 ノーラさんは早くここを離れたいだろうに振り向いてくれる。ああ、やっぱり優しいな。呼び止めたのもこれについてだ。


「ど、どうして私にこんなに優しくしてくれるんですか?」

「んー、あーそれか。それは貴女が優秀であたし、優等生が大好きだから」


 変わった人。ていうか私の周り、そんな人ばっかだな。けれど『類は友を呼ぶ』とも言う。そんな馬鹿なことわざは当たっていないで欲しい。


「でも私、術式持ってませんよ」

「あたし、その術式重視みたいな考え方が一番嫌ーい。だって優秀なんて単一じゃないじゃん。貴女って座学で優秀なんでしょ? じゃあ優等生でいいじゃん」


 口をポカンと開ける。正直、驚いた。考え方自体は別に新しくないし、常日頃から私が思っていることだ。

 でも術式至上主義が蔓延る世界で、しかも派閥のリーダーなんかやってるクラーク家の人間がこんな発想を出来ることに驚いたのだ。


 術式が優秀であればあるほど今の世界は易しいはずなのに、この人は簡単にそれを捨てられるのだな。それは驚くのと同時にとても妬ましい気もした。

 『優秀は単一じゃない』なんて、どう考えても『持ってる人』のセリフだ。自分が既に優秀と認められているから、そんな安住の地で希望論が言えるのだ。


 しかしこんな穿った見方も思い付く。それは落伍者の言い訳であるのかもしれない、と。術式の優劣という絶対的な評価基準から外れてしまったからこそ、『優秀は単一じゃない、私は優秀なのに周りが評価しないだけ』と自分を守るように嘯けるのかもしれない。

 本当は嫌でも絶対的な評価基準に迎合していかないといけないのに。そしてそんなことは、とうに分かっているはずなのに。


 ノーラさんは……どっちでもいいか。どちらにしてもノーラさんは私にとって、『好い人』だしな。

 ブンブンとノーラさんが大きく手を振っている。柄じゃないがこれも恩の一つだ。私も小さく手を振る。彼女の姿が見えなくなるまで。

 そろそろ本格的に執筆時間が取れそうだなあ、とか思っていましたが忙しくて今回の投稿を忘れそうになりました。なんの矛盾でしょうね、これ。

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