1-4 相克
「ねぇオスカーくん、好きなことって何?」
「……」
「あー、どんな術式持ってんの?」
「…………」
「今日のテスト簡単だったよね?」
「………………」
「あんた、少しは返事したらどうなの?」
額に青筋が立ちそうだった。何のために席を譲ったと思ってんのよ。だいたい向かい合って食ってんのに気まずいとかないわけ? てか最後の質問の返事、『うん』って答えれば終わりじゃない。二文字言うことすら億劫なの? そんなわけあるか!
ふつふつと怒りが湧いてくるが、あまり顔に出してはいけない。こいつはもしかしたら将来のフィアンセかもしれないのだ。第一印象が最悪じゃ今後の関係にも響く。
青筋立てる私とマイペースに黙々と飯を食うオスカー。その板挟みになっているネイサンは取り成すように口を開く。
「オスカー、さっきの講義どうだった?」
「あー? まあ、あの教授の講義だしつまらんだろ」
「あっ、だよねー。さすがに六十分間の自習はないね」
「……」
「おい、なんで私が喋ったら急に無視するんだ」
こいつ、何事もなかったかのように紅茶を飲みやがったぞ……。ん? でもネイサンには普通に返答してるんだよなあ。だから人見知りではなく、こういうことか。
「オスカーくんってひょっとして女性ニガテ?」
「どう考えたらそんな思考に行き着くんだ、無能が」
「あ?」
冷めきったオスカーの目。その言葉も含めて、流石に看過することができなかった。私は私が馬鹿にされることを許さない。久しぶりに荒れた声が思わず出る。
「おいその言葉、撤回しろ。あんたが優れた術式持ってて、成績がちょいとばかし優秀で、巨大派閥で中心的人物の息子なら、そんな人間的に劣ってることを言ってて恥ずかしくないの?」
「……」
むっつりと黙ったまま、オスカーは立ち上がる。景色のいい席が取れたのに劣等生にガツンと言われ、気分が悪くなってしまったのだろう。まったくどいつもこいつも自分の発言に無責任なお子ちゃまばっかだね。
オスカーはお盆を持って、スタスタとどっかへ行ってしまう。それを見てネイサンはぽつんと呟いた。
「……あれでいいの?」
「あれでいいのよ。いくら優秀な人物でも人格があれじゃあね」
「本当に? シャーロットの『野望』ってそんなんだっけ?」
「……良くないね。はあ~、なんであの発言、我慢できなかったんだろう」
肘をついて両手で顔を覆う。本当に失敗した。言いたいことは言えたのだが。
私の父の術式狙いの男を『隔世遺伝』という希望をちらつかせ、オトすのが私の『野望』。だとしたらそれに寄ってくる男は術式至上主義的なイデオロギーを持った男に決まっている。ならば術式不顕現の私など粗雑に扱われて当然なのだ。
そんな当然の帰結にはずっと前から気づいていたし、それを受け入れるという一種の利用で成り上がりを目指そうとした。なのに今日の私はそれに耐えられなかった。
懺悔の言葉が口を衝く。
「あぁー。私、チャンス逃したよね?」
「だろうね。あんなきつい言い方されたら、流石に誰もいい印象は持たないと思うよ」
「ネイサンは?」
そんな意味のないことを訊いてしまう。こんなこと訊いても、オスカーが戻ってくる訳でも傷心が直る訳でもないのに。むしろ「おそらく僕もいい印象は持たないんじゃないかな」とか言われて、心に更なる傷を負うだけなのに。
けど彼は少し首を捻って、
「さあ? どうだろうね?」
と笑いかける。本当に訊くだけ無駄だった。ここで求めてるのは曖昧な言葉ではなく、徹底的に同情した言葉だ。ネイサンはそういう意味では泣き言を吐き出す相手としては良くないね。
という訳で訊くならもっと建設的なことにしよう。
「てかあんた、普通にオスカーと喋ってたけど仲いいの?」
「さっきも言ったけどよくは知らないよ」
「ちゃんと質問に答えなさい。それじゃ君も同類だよ」
ポリポリと頬を掻く。図星、と言ったところか。何を隠しているかは全く分からないが。
「いやー前にね、『研究会』で一緒だったんだよ。ほら、あそこってちょっと年食った人多いだろ? だから若い衆の馴染みで色々と話したんだよ」
「『研究会』か。そりゃ私も知らない訳だ」
「だから突っ込んで欲しくなかったんだけどね……」
はあ、とネイサンはため息をついている。別に遠慮なんていらないのに。むしろ遠慮される方が私としては傷つく。
『研究会』とは私の父、メルヴィン=イングラムが主宰する魔術の実技訓練の会合のことだ。基本的には家の当主と実力者しか参加できない小規模な会となっている。魔術を使用するという会合の性質上、私はもちろん一回も参加したことがない。
「じゃあついでに訊く。『研究会』でオスカーで何か気づいたことは?」
「ないよ。再三言うけど本当に彼のことはよく知らないんだ。ああやってシャーロットを避ける理由も……」
「え。あいつって人嫌いじゃないの?」
「? なんでそう思うの?」
「だって一匹狼って君が言ってたし、席譲れとか言いがかりつけるワガママだし、私のこと馬鹿にするし」
私に放った『無能』という最後の言葉、あれは術式至上主義、ひいては実力主義を体現したような、人を侮辱するものだ。オスカーの実力にかかれば大抵のやつは有象無象だろう。それらを考慮すれば自分以外は取るに足らないとか、選民的なことを考えていてもおかしくない。
けれどネイサンにはその分析に疑問符がつくようで首を捻っている。考え抜いたことを吐き出すように話す。
「うーん。一匹狼もワガママも認めるけど、人嫌いはないかな。講義でペアワークとかグループワークがあればちゃんと参加してるし。それにこれは自分を卑下するようで嫌だけど、僕みたいな術式が大したことない奴でも馬鹿にした雰囲気は一切なかったよ」
「雰囲気はなかったけど、そこでは隠して裏では馬鹿にしてるんじゃ?」
「君ほどじゃないけど十七年間、術式至上主義の弊害には僕も苦しんだつもりだよ。そんな雰囲気を見逃す訳がない」
私の言葉が少し意地悪めいたものになってしまった。そのせいでネイサンがピリピリしている。彼は基本的に鈍……穏やかな男だが、たまに人が変わったように怒りを孕ませるので油断ならない。トリガーを引いたのは間違いなく私なのだが。
ここは素直に謝っておこう。何しろ私が一番やらかしたという自覚があるし。
「ん。悪かった」
「別に、いいよ。僕も本気になりすぎた」
「でもそれだと私はなんであんなに嫌われてる訳?」
ネイサンの話から分かったことと言えばオスカーから差別主義的な性格は感じられないということだ。そんなことは知っても意味がない。むしろくくりではなく、個人として嫌われている証明がなされ、余計にオスカーの人格が分からなくなる。
ネイサンはもぐもぐとしながらただ一言。
「謎」
「謎って……。端的すぎない?」
「かもしれないけど、もう気にすることもないんじゃない?」
紅茶をすすりながら何でもない風に言っている。
まあ、確かに。私はもう嫌われてしまったのだ。しかも重要視していた第一印象の時点でこれ。さっさとオスカーのことは頭から消し去ろうかな。
恋愛ジャンルって幅広いなーと今さらながら思っています。もっと色んなものに挑戦したい