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1-3 無知

「ネイサン、オスカーってどういう男なの?」


 魔法工学の講義終わりの昼休み、私はネイサンを誘って食堂に来ていた。ネイサンはパスタ、私はカレッジがオススメしていたランチセットを頼んだ。

 窓側のボックス席を選ぶ。外には中庭の新緑が広がり、風でざわめいているのがよく分かる。木漏れ日が降り注ぐくらいには陽当たりもいい。ううん、これはいい席だなあ。


 さてここにネイサンを呼んだ理由は一つ。オスカー=クラークについて色々と聞き出すためだ。そうじゃなきゃ男女二人きりで学食なんていう、勘違いされそうなことはやらない。玉の輿を狙うなら、惚れた腫れたの疑惑は最小限に、というのが私のポリシー。


「どうって言われてもねぇ……。あんまり知らないんだよ、彼のこと」

「じゃあ、知ってるやつを教えてよ」

「淡白だなあ。もっと僕のことを頼ってもいいんだよ」

「生憎、これについて言えば時間がそんなにないのよ」

「『野望』のことかい?」


 こくんと一つ頷く。ネイサンはそれで全て察してくれたらしい。もちろん『隔世遺伝』の性質を利用して、玉の輿を狙う野望のことだ。向かい合った顔を近づけて真摯に相談を受ける素振りを見せる。


「少なくともオスカーを知ってる人を紹介するのは無駄だと思うね」

「どうして?」

「彼は一匹狼だから、よく知ってる人がいないんだ。誰に聞いても、ほとんど同じ無関心な答えしか返ってこないよ」

「へぇ、それはそれは……」

「どこかで聞いたことがあるね」


 冗談めかして彼は笑う。まあ、確かに。けど彼女にはネイサンという知人がいるじゃないかと反論したくなる。

 

「じゃあ君が知る範囲で教えてよ。表面的なことでいいから」

「むしろ表面的なことしか言えないんだけど、まあ一匹狼の優等生だよ。術式も座学の成績も一級品で、このまま行けば主席で卒業なんじゃないかな。しかも巨大派閥のリーダーのお坊ちゃんだったりする」

「へぇー。そりゃいいご身分だね」


 座学の成績だけで言えば全く負ける気がしないが、術式に関して言えば私は劣等生中の劣等生なので、両立できているのは羨ましい限りだ。そう考えると彼と私は本当は違うのかもしれない。

 しっかし楽しくないなあ。今の話だけ聞くと完璧超人というイメージしか湧かない。私が彼の瞳に見つけた″何か″はそんなものじゃなかったはずだ。

 なのでつい、ある言葉が口を衝く。


「オスカーに何か隙ってないの? こう、弱点みたいな」

「隙? 何でそんなこと訊くんだい?」

 

 怪訝そうに眉をひそめて訊いてくる。あんまり話の筋とは関係ないかもしれない。でしょうね、私が無意識的に出てしまった言葉だからだ。けどこのまま彼の評判を聞いたら、嫌いになりそうだった。だって完璧超人という人種は好きじゃないから。

 折角、この学園生活で初めて興味のある男に出会ったのに、それでは勿体なさすぎる。少しは人間らしい所を見せたらどうだい? そう思い、せいぜいニヒルに笑って誤魔化すことにする。


「もちろん野望のためよ。隙を知ってつけこんだら、オトシやすいでしょ?」

「戦略的だなあ。でもごめん、思いつかないや。彼、完璧だし。それによく知らないし」

 

 飄々と最後に放った言葉が本心な気がする。そして真実なのだろう。おそらくそれは誰に聞いても変わらない。さてどうしたものか。一度しっかりと戦略を練ってみようか。だがそんなものを練る暇はなく、何気ない昼食の一幕は急展開する。


「そこ退いてくれないかな」


 男の低い声。ネイサンではない。始めそれを聞いた時はどこかで揉めてるのかな、くらいの感想だった。


「おい、あんただよ、あんた」

「はあ?」


 その男は私を見て、確かにそう言っていた。既に座ってる席をどいてくれだなんて失礼な、と思いながらその男をきっと睨め付ける。するとびっくり、睨んで険があるであろう私の目が大きく見開いた。


 そこにいたのはお盆を両手で持つオスカー=クラークであった。始めに見た高身長の特徴は間違っておらず、実に押し出しが効いていて、ただ立っているだけなのに圧迫感がある。いつもの私なら面倒事を避けるために、席を譲っていたかもしれない。

 だがこれはチャンスではないか。多少ここで悪い印象を与えるリスクはあるが、リターンとして彼のことを少しばかり知ることができそうだ。

 なのでいつもの毅然とした物言いを意識して声を出す。


「なんでよ、ここは私の席よ。だいたい他の席が空いてるじゃない」

 

 そうなのだ。この男の言うことはチャンス抜きにしても、全く受け入れられるものじゃない。食堂はカレッジ内でもかなり広い敷地を占めているため、お昼時でも食堂が満席になることはない。

 オスカーはぶすっとした表情になる。先に感情が顔に現れしまうあたり、こいつはコミュニケーション下手だなと感じる。これが弱点の一つ目だね。よく分かった。そして彼は無言で窓の外を指差す。


「何よ、言わなきゃ分かんな……」


 いわよ。そう伝えようとしたしたが、言葉の意味が分かってしまい閉口せざるを得なかった。

 ここの席を選んだ理由は前述の通り陽当たりが良く、景色を気に入ったからだ。きっと彼も同じことを思ったのだ。まったく似ている。『どこかで聞いた』どころじゃないよ。

 私が席を空ける。それを見て、ネイサンも席を移そうとするが手で制す。代わりに私が彼の隣に座る。これで向かい側の席は空席になった。


「はい、どーぞ。そこに座れば?」

「……いや、俺は一人で食べたいんだが」

「このボックスシートは元々私らが座ってたんだからね。『退け』って自己中な因縁つけられて退いてあげてるんだから、少しは感謝したら?」


 かなりの喧嘩腰。いかん、生来の柄の悪さが出てしまった。これには流石のオスカーも腹立って別の席を探すんじゃ……。口をへの字に曲げた表情のまま、ドスンと向かい側の席に座る。

 ……結局座るのね。やっぱりこいつも変わったやつだ。ネイサンも含め、このカレッジには変わった男しかいないのか。もしそうなら私のカレッジ生活、前途多難だなあ。

 個々の術式について書くのは最小限に抑えようと思っています。本作品はあくまで″恋愛″の物語なので。必要に駆られたら書きます。

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