8.
「え、じゃあ学校いけないの?」
「なんどもそう言ってるでしょう」
母親は呆れた表情で僕にそういうと、朝ごはんの乗ったプレートを持ってくる。
いつも通りのベーコンエッグ、サラダが現れここ最近よく出るようになった果実。今日も蜜柑だった。
「学校いけなくてつまらないと思う小学生なんてあんたみたいなもんよ」
母親は自分のプレートを持ってきて自分の分の朝ごはんを食べ始める。
「そういえばお父さんが今日、インフル治るから外食したいそうよ」
「了解。寿司かな」
「回転のね」
そんなやりとりをして僕は朝食を食べる。
いつも同じものの数々で、最近この味にも飽きてきたみたいだ。そろそろ別の朝食の味も気になりだす。
「そろそろメニューの変更をお願いしたいんだけど。」
「だいぶ前から飽きていたから全然いいけど、私が好きなようにしていい?」
「僕が食べれるものであればお任せで」
「あんたが朝同じものしか食べないからでしょうが」
母は毒づいてプレートを流し台に運ぶ。今日はお休みを頂いたのだろうか......いつもよりゆったりと行動している気がする。
僕も朝食を取り終えると流し台に運んで、スポンジを握る。力を入れるとまだ泡が残っていたので僕はお皿の一つ一つをスポンジでこする。
一通りお皿につけた泡と汚れを水で見えなくなるまで洗い落とす。
僕が使ったものを一通り洗い終えると、リビングから離れて自室に戻る。
特に意味もなく制服に裾を通す。どう考えても学校に彼女はいないというのに何故だか学校に行けば和える気がしていたからだ。普通の学生であれば絶対に学校には行かなかっただろうが、約束もした上に彼女に連絡する手段も持っていない。
そのため僕はいるという確信がなくても、あの場所に行かなければいけないような気がした。
「行ってきます。」
僕は一時間目の授業が始まった時刻に家の外に出た。当然ランドセルはかけていない。
久しぶりに感じた外の世界から発せられる色の刺激は僕に新しい喜びを感じることとなった。
久しぶりに見た空の青色はあまりにもまぶしくて、瞼を思わず下げてしまう。
珍しく今日は雪が積もっておらず、黒のアスファルトが堂々と露出している。
なんとなく新しい世界を見ているような気分になって僕は学校に急いだ。
恐らく彼女は僕と同じことを考えている気がする。
*
閉まった校門をよじ登ると、教室の近くで放課になるのを待つ。
その間先生に見つからないかがとても心配でバクバクとした心音と、息遣いがうるさかった。
放課になると子供たちが一斉に廊下を走りだし、それに合わせて僕は廊下の中に飛び出した。子供たちが大勢出てきた廊下に普通に考えても今の学校には生徒がこの場にいるとは先生は考えていないだろう。
僕の事を知らない先生も恐らくそこまではいないと思うので、普通に歩いていても「ちゃんと挨拶位しろ」と言われて「こんにちは」と声を出すくらい。見つかっても怪しまれることがないのは若干面白さが出てきた。
僕の足取りは思った以上に早く三階までたどり着き、まずは僕がいたクラスに向かう。扉は閉まったままだった。そりゃあ学級閉鎖なんだからクラスが閉まっているのは普通か......
「赤池先生、職員室まで来てください。」
校内放送で先生が職員室に呼び出されている放送を聞くのを久しぶりに聞くものだ。
何をしたらうちの担任は問題を起こしたのだろうか......
隣のクラスの冴えない女子生徒の目がと僕の目と合わさった。
え?と表情を浮かべたので、僕は人差し指を口に当てて言わないようにお願いして足早に教室に向かう。
そこは、三階にある美術室は、もうここにいなければ他の場所は知らないと思うほど一番確証のある場所だった。
扉に力を入れるとガラガラと扉が開く。
あけ放たれた教室にはたくさんの白紙の紙が足元に散らかったいた。
一瞬どうしてこんなに大量の紙がと思ったけれど、その後前を見てからこの散らばった紙は彼女と僕の夢の事を言っているのだと思った。
「随分と久しぶりだね。」
彼女の黒いインクで汚れた右手が目に付く。その後、彼女の顔を見上げると彼女はどうしようもない感情を表に出して話していた。
「なんだよその顔は」
僕は思わず笑っていると彼女もそれはこっちのセリフだと笑顔を見せつける。
ここまでお互いの感情とか思考がシンクロしているときに、どんな顔をすればいいか分からなくなるものだろう。自分の考えていた通りに相手が動いてくれているのだから、そしてそれは同時に僕自身も彼女自身のために動いているように見えているだろう。
「やっぱり東さんだったんだ。」
「やっぱり蠣灰谷くんだったのね。」
お互いがお互いの勘で誰かを理解してその後の行動までもお互いで理解できている事を理解して僕たちは運命力以上の強い力をお互いに引き寄せているように感じた。
僕は教室の扉から散らばった白紙を踏んでしまわないように慎重になって彼女に近づいた。
今回ばかりは彼女も離れる事はなく、ただそこにじっとしていた。
「先に聞いておきたいことがあるんだけど。」
僕は彼女の方に指を指す。正確には彼女がわざわざそこに飾った。あの時の絵に指を指す。
彼女はその指の方向を見てから「想像の通りだよ」とだけ告げる。
彼女のあの絵はやっぱり彼女の見た夢の中を描いていた。そしてあの絵は夢の中での僕の体の色の付け方と似ていた。僕の体がダマのできた彼女の絵に似ていたような気がしていたのは間違いでは無かったみたいだった。
「そして、僕の絵もあの夢の中で出てきていたという事だったんだね」
僕はあの授業で絵を描いていた。好きなように作っていいと言われたので水で消える色鉛筆を使って自分の白紙の紙にいろんな色をテキトーに塗りつぶした。彼女の絵をみてあれくらいテキトーならば僕もそれくらいやっても問題ないだろうと思って塗りつぶした。
昔、社会に不満を持った画家が自分の描いた絵を世界に向けて描いて、自分が満足のいく形になったら二度と見れなくしてしまう画家がいたらしい。
僕もその人に見習って、なんとなくクラスメイト全員に絵の鑑賞会が起きる前にその絵を水の入ったバケツに漬けてそのまま提出をした。
きっとその抜け落ちた色、つまり無色透明が彼女の体として染みついてしまったのではないだろうかと考えられる。
「あくまでこれは私たちだけの夢だし、解釈としては私たちだけの物でいいと思うんだよね」
東さんはそういって僕の方をみる。
「そういったところまで考えてたってことは、蠣灰谷君はあの世界についてどう思ったの?」
彼女のまっすぐな目からあふれるオーラはやっぱり青い気がした。
「まず、その前に東さんに補足しておかないといけないことがある。」
それは最後の青い光の出来事の事だった。
彼女はその説明をすると顔を曇らせた。やはりあの場に彼女はいなかったようだった。
「その夢の最後に出てきた光は僕の中では青というには白すぎて一番しっくりくる色は水色になったわけなんだけど、水色のオーラの意味は自由、解放、創造性で彼女の夢の考察とは違って、僕の中では変わるのではなく、新たな出発。自分の中での束縛してきたなんらかの解放を意味しているのではないだろうか。」
ぼくの言葉に彼女は黙ったまま瞬きもせずに黙り込む。
「だから僕の中での答えは、この夢は新たな始まりとか、自分の生まれ変われる力を見せてくれる何らかの成長を促してくれる夢。吉夢だと思っているんだよね」
久しぶりに自分の考えを相手に堂々と伝えるのはいつぶりだろうか、僕の中で心にたまった泥水が一気に抜け落ちていくような。そんな感覚が僕の体を押し寄せた。
彼女は僕の考察を聞き終えた後、唸り声を上げて少ししてから理解したようだった。
「うーん......まぁ、なんとなくの事は若あったような気がするけど、それって私のと似てるんじゃない?生まれ変わるってのは変わるってことで」
「いや、ここでの生まれ変わるってのは東さんが言っているような意味の変わるじゃないと思う。東さんは自分の今までの考えを悔いるような意味で自分を変えなければいけないという意味だと思っていたと思う。」
夢の中の話なのに鮮明に覚えているのは不思議なものだが、ありがたいことと思って有効活用させてもらうことにした。
「僕の考えている生まれ変わるっていうのは脱皮に近い。今まで自分がかぶってきた偽りの仮面を取る感じだと思ってる。僕は普段からこんな感じに話していたわけではない。自分の考えをこうやって誰かに通すことは普通はしないんだよ。今回僕は初めて自分のちゃんとした考えを出している。僕が言いたいのはそういうことで自分の中の考えは自由に言えるようになろうと思う。」
あくまでこれは僕だけの回答だし、正解かどうかなんてものは関係ない。
でも、こういった考え方をすることで僕の世界はガラリと生まれ変わるのだろう。
確かな証拠はないけど確信はある。絶対にこの考えで生きて行けば僕の中に重く息苦しく感じさせる曇り空は、快晴へと変貌させるだろう。
「......そっかこの解答に答えは無いし、私にピンと来なくてもいいのかもね」
彼女の目には納得と残念の意が籠っている。
恐らく前の僕であれば彼女の欲しがっている言葉をなんとなく探し当てて、彼女から大きなマルをもらっていただろう。
でも、その僕の役目はもう交代した。僕はきっと彼女の思っているような彼女好みの人にはならないだろう。
東さんは少し黙って僕の足を見ていた。
彼女が今何を思っているのか、今の僕にはもうわからない。さっきまでの彼女との共感覚は途絶えたみたいだった。
「───。」
大きく息を吸って彼女は僕に何かを伝えようとして、とどめた。
しばらく大きな沈黙があった。僕も彼女も何も言わないでお互いが何か言葉に出すのを待っていた。
そうやって止まっているだけで時間は過ぎていき、ついには時間切れだということが分かった。
「あなた達ここにいたのね?!」
学校で唯一着ている赤いジャージを見た瞬間に何がどうなったのか察した。
職員室と校長室でこっぴどく怒られ、学校を追い出された。
東さんはそのまま近くの公園に足を運ぶ。僕も夢の時と同じように彼女の後ろをついていった。
「本当は先生が美術室の鍵を貸してくれていたんだ。」
彼女は公園の中のブランコを見つめて独り言のように言葉をこぼす。
僕は何も言わなかったが彼女は僕が聞いてくれていると確信を持っているのか、そのまま続ける。
「私の中での考えと君の考えは全然違っていて、それは仕方のないことだと思う。納得するしかないんだよね......じゃあ私も私が思ったようにあの夢を教材にして自分の成長の糧にして必ずや”少年くん”の解答よりも素晴らしい解答だったってことを証明してみせるよ。」
自然と笑みが漏れた。この女子は、何を言っているんだろうかと別にこの回答に答えなんてないのは何回もわかっていたことで彼女もそれを承知のはずなのに、優劣を告げるなんて、あまりにも面白いことを考える人だと思った。
「わかった。必ず僕のこの解答は”少女ちゃん”の解答よりの良いものにしてやる。絶対に負けるつもりはないからね」
*
夜中、私は母にこっぴどく怒られることになった。理由は言うまでもない、昼間の学校だ。弟の鳴き声を最後に母の怒りは収まった。
父は何も言わずにコーヒーを喉に通す。彼を父親とは認めたくは無かったけれど、私のあの回答が少年くんより正しかったと言わせるためにはここから始めていくしかない。
やることもない学級閉鎖の期間。遊ぶ相手もいないのだからある意味、今この時期が父と私が向き合う最初で最後の接触かもしれない。きっとここで逃せば、いや逃げれば私は一生、彼と向き合うことはない。
私は彼の部屋を三回ノックする。返事はない。いつも通り部屋の中でパソコンのタイプ音を騒がせているのかもしれない。
諦めて私は彼の部屋を後にしようとすると、急いでドアに向かう音が聞こえすぐ後にドアノブの音がする。
「白雪......珍しいじゃないか」
私は久しぶりに彼にまともな会話を始めるだろう。どうやって昔は話していただろうか。そのことを思い出そうとする。
この年齢でパパはもう無理がある。そうなると後はなんて言うかだろうか......私の中で思いつく題材......
「お父さん、あのね─」




