4.
終点でバスはお行儀よく止まった。無人バスだからバスの運転手はいないけれど、敬意を込めておじぎをした。
先に出て行った少女ちゃんは以前と変わらず少しだけ僕の前に立って待っていて、誰もいないバスにおじぎをしたところを目撃して、若干の不快感を感じたような顔を見せたがすぐに治って先を進んだ。
あいかわらず白い道が続いていて、バス停には設置されている椅子がある。椅子の上に葉っぱが落ちていて周りを見渡すとこの空間が沢山の樹木に覆われていた森にいることが分かった。
木漏れ日が見えることはないが、この世界の森は小学生の修学旅行で行った少年自然の家で見た雰囲気と似ているような気がした。最低限人が歩くことが可能な道路、整備された木々から落ちた枯れ葉を見て僕の心の疲弊を回復しているような感覚を受けた。
これからどこに向かうのと少女ちゃんに尋ねると、彼女はとりあえず前に進んでいくと前を向いたまま歩く。僕は彼女の無計画さに似たような物を感じはしたが彼女の足に追いつくために足を速めた。
靴の下から、地面に落ちていたモミジの葉っぱの渇いた、つぶれる音がした。色がないから地面は赤みを増すことはなく白のままだ。いや色がないから増さないとは言わないような気がしたけれど、それほど色がない世界にいささかつまらなく感じた。モミジで出来た道の先を進んだ先は坂になっていて、緩やかな坂を下った先にはドラマでよく見る城下町のような、東京とは違った日本らしさを模した風景が見える。この街は今までいた白い街とは違っていて、その違いはふと見た瞬間に気付いてた。いままでと違うのはこの城下町の雰囲気は何というか、町全体が暗いカーテンに呑まれているようだった。
ここでただ黒と言えなくなっているところから、僕の認識はだんだんこの世界の彼女の言う常識に順応しつつあるという事を感じ始めた。──黒と単純に表すとこの町全体は悪をイメージしてしまう気がしたからだ。いや、すでに僕はこの街に警戒心を持って身構え始めている。──彼女の価値観が僕の体の中に染まっていく気分を感じ始めたが、それを気にし始めたところで事態はどうにもならないことは分かっていたし、なんとなくそれが焦る事でもないことだと思った。
僕は少し速足で、少し速足で歩き始めた少女ちゃんを追って緩い坂を下り始め、暗く染まったカーテンを潜り抜けるために進んだ。
*
夜の街のように黒く染まったこの街は、今まで過ごしてきた白い街と違って初めて色らしき色が見えるため斬新な感じがしていた。黒い人たちはこの世界の白い人たちに彼らがずっと迫害を受けてきたせいか、彼らは白い人たちの様に、僕たち二人を見て冷ややかな視線を送られることはなかったし、少女ちゃんが白く染まった枯れ木を数本買おうとした時も、男性は比較的親切な対応をして会話が成立していたので、むしろ黒い人たちの方が白い人たちよりも優しく人間味のあるような気がしてならなかった。少女ちゃんは、少女ちゃんが以前説明していた内容とのギャップに若干の戸惑いを見せてはいたが、すぐに適応したのか元の無表情に近い顔に戻っていた。よほどのことがない限り気にするような素振りは見せず、縄で縛られた枯れ木の束を僕に持つように頼んだ。
少女ちゃんの肌は当然の如く、街の黒い風景に染まって他の黒い人たちと同じように見えた。白い街と違って黒い街には家や街灯の明かりとなる白がところどころあるためか、透明な彼女を見つける際、体の一部が白く透けて見えるため白の街と違い、注視して彼女を見つける必要もないため、苦ではなくむしろかなり楽に見つけれる気がした。
「思っていたよりも悪い人たちじゃなさそうだね......」
僕が最初にそういうと彼女は下を向いて自分の腕をじっと見つめていて、沈黙を示した。
しばらく歩いてから、彼女は縦に頷いて「まぁ、思っていたものとかなり違って拍子抜けに近かったけどね」と気を張って言う。
どうやら彼女も同じことを思っているようで、黒の人が悪い人では無いということを認識し始めているようだった。
むしろ、彼女は自分の価値観が間違っていた時よりも、自分自身の体の色の変化の方がとても困惑しているように見えた。
「私の色が本当に白ではないことの方が驚きだわ」
よほどショックだったのか、彼女は自分の両腕を見つめて、彼女は感情のこもっていない声がこぼれた。
自分の体の変化への戸惑いは今までのどの出来事よりも立ち直りが悪く、副作用とかで一生皮膚が治らないんじゃないか。とか、これで心まで黒く蝕まれてなんかよくわからないことになったらどうしよう。など、彼女以外の全員は彼女のようにはならないから全く知らないわけだが、彼女自身が自分の体への未知の恐怖からなかなか前に進むことが出来ずにいた。
「この街にはもう用事がなくなったわ」
しばらくしてから、呼吸を整えた少女ちゃんは頬を伝う汗を拭って、前に進む決意を決めた。
そそくさと街を出るために早歩きを始め、僕も同じペースの速さで彼女の後ろを歩く形で一定の距離を開けて進んだ。
道路につぶれた黒い何かが腐敗していて独特の《《臭さ》》が鼻を刺激して、それが銀杏だと気づいた。
この世界を彼女と進めば進むと同時にこの世界の季節も次々と進んでいっているように感じた。ただただまっすぐ進むだけなのにこんなにも早く季節が過ぎていくということは、次の目的地に着くころには雪でも降っているのではないだろうか。
冷たく、鋭い風が頬をすり抜けていった。
僕は体を少し震わして、彼女の歩く速さに合わせて次の景色を楽しみに待っていた。
黒い街を抜けるにつれ、黒く覆われたカーテンは少しずつ薄くなっていくのを実感した。
──瞬間、久々に感じた主張の激しい純白が彼女の全身を覆われた。僕の目の前に立っていた少女は刹那的な勢いで溶けて、消えて見えなくなった。僕の目の前には何も見えなくなって、ただただ白い荒野が広がっていた。後ろにはもう、そこにあったはずの黒は存在せず透明な彼女も、見やすい色に慣れすぎた視界から離れていなくなってしまった。
「.........え?」
たった数秒。たった数秒の出来事で僕にとってあらゆる大切な物を失った気分がした。初めて感じた黒の温もりも、その存在もあらゆる感覚を白が冷ましてしまった。なによりも彼女という存在が、この世界で一緒に時間を過ごして、価値観を共有した唯一の隣人を失ったということが何よりも大きかった。
「一体どこにッ?!」
少年は夢の中で、永遠に近しい時間を感じるようで、彼は今回の夢で全く知らない世界で誰からも声をかけられることはなく、誰からも助けてもらうこともなく、一生一人で街を彷徨う夢を彼は見てきた。
そんな永遠に近しい苦痛を見ていた少年にとって、たった一つの光が差し込んだ。それはあの透明な少女だった。
そしてその少女は彼の世界で唯一の心の支えの役割を担っていたのだ。少年が知らないうちに......
孤独の二文字が少年の穴の開いた心をすり抜けた。ただそれだけで少年の自制心を狂わせるにはちょうど良すぎた。
だれもいない白い荒野を少年はひたすら走り、声にならないほど叫んだ。自分が今冷静になれていないことはなんとなく分かっていたが、今自分がどこにいるのかわからない、彼女という道案内がいないからか、この後何処に行くべきか分からない。あまりの出来事と興奮で呼吸の仕方を忘れそうになる。自分がどうしてここにいるのか無意識に考えてしまう。少年にとっての彼女の存在の大きさを実感することになる。
体が限界だと悲鳴を上げて走るのをやめた。自分がいまどこにいるのか分からないが恐らく変わらなく、面白みもない白の天井をみて、くそったれな世界にいることを実感する。
もうこんな夢は二度と見たくないと目を瞑る。夢の中なのに体の疲れのせいで僕の意識は更に眠りにつこうとする。瞼が重たくて開けることが困難になり、僕の体は後ろに倒れこんで意識を失った。
*
......どこで目を覚ましたのだろうか。どのタイミングから僕の記憶は消えてしまったのだろうか、すくなくとも今は夢の中では無くて布団の中ということは確信している。蒸れた体中の汗がべっとりと僕の体と掛け布団に張り付いている。
汗の重さもあるせいか、不思議とここから起き上がる気配がしない。
関節の節々が痛く、動こうとするだけでも一苦労しそうだ。
喉が渇いたので部屋から出ようと思ったが、ダメみたいだ。頭を回して周りを見ると、おbぼんの上に清涼飲料水が入った有名なペットボトルが二本とマスカット味の飲むゼリーが置いてあるのが気づいた。がんばって体を起こしてそれを少しずつ飲み込むと体内に入ったすこしぬるい清涼飲料水が体のなかで動いていくのを感じた。
体を横にして少しの間考えをただすことにした。
彼女の考えていたことを自分なりに解決していく必要があるような気がしていた。
彼女の中では黒い人は、悪い人が染まる色と言っていたのに実際に会ってみたあの人たちはとてもいい人に見えた。いままで僕はあの夢で黒い人を見たことがなかったし、彼女自身が黒の人をみて驚いていたのを見て、彼女自身もあまりあの世界に関して深く知らないかもしれない。
いい加減シャッターが閉まった密閉空間にいる事にも飽きてきたため、襖を開けて廊下に出る。
体の重さを感じて自分の体がどれくらい重症かを実感しながら、親の確認を始める。母親は珍しくリビングでバラエティ番組の再放送を見ていた。いつもならば仕事で僕が帰ってきたときにはいないはずだと思ったが、僕がインフルエンザで会社を早退したのだと理解して、申し訳ない気持ちになった。
「お昼の分の薬が机に置いてあるから自分でやって早く眠っておくのよ」
母は番組特集の夢占いについての特集を見ながら僕に言った。
僕も少し興味があってその特集を見ていたが、あの白い夢で知らない少女と旅をする夢なんてものが載っているわけもなく、薬を飲んでそそくさと部屋へ戻っていった。
廊下を渡っていると屋根から大きな雪が落ちる音がした。外は知らない間にかなり積もっているように見える。積もる雪なんてこの季節はいつもの事なので、どれくらい積もったかとか想像するわけもなく僕は自分の部屋に戻った。シャッターを開けようとすると冷たいし雪のせいか、自分の体がうまく動かないせいか重たく感じたため、シャッターを開けるのをやめた。
仕方ないので勉強机のスタンドライトの明かりを灯して布団の中に潜る。よくわからないけど暗いままの部屋にはいたくない気分だったようだ。
結局のところ僕は夢を見たかろうが、見たくなかろうが眠らないといけないらしい。
特にやることもないし、何かをやりたいという意欲も起きない為そうなると眠るほかにやることがない。
体温計で自分の体温を測ってないが、このやる気のなさから微熱だろうと予想して、ついさっき起きたばかりなのに眠りにつこうとする。
全く眠れる気はしなかったが、目を瞑っている間にあの夢の出来事を自分なりに処理を起こしていると知らないうちにまたあの夢を見ているだろう。
もうあの夢の続きを見たくはないと思っていたが、秘かに夢の続きを気にしている僕はおとなしく布団の中に包まれた。




