9.
卒業式で先生が初めてジャージ以外の和服を着てみて全員が驚いてしまう。
相も変わらず女子は意味もなく泣いてしまうし、男子はそれをみて馬鹿にする構図だ。
でも、僕自身も少し涙をながしそうになる。彼女は僕と同じ学校には行かないのだ。(金持ち小説家の娘、私立の中学へ)
彼女は悲しむことは無い。と精神がおかしくなりそうな彼女との最初にみた絵を渡される。
桜の花びらなんて物が咲くより早く、僕たちの卒業式は始められた。いつものように赤いジャージを着るのかと思っていたが先生は華やかな和服を着て僕たちの前に現れた。
先生キレイと女子たちははやし立て、男子は先生を煽る言葉を使っていた。きっと彼らもそういう年ごろだから、今まで自分がいたずらまがいのものをしていた対象が、美しく変貌してしまっては素直になることはできないのだろう。
「前に言ってたジャージ以外も見せるはこの事でしたか」
「まぁそうだね、私の教師人生にとっても初めての卒業式だしせっかくだから着物を着てみようかなって」
だからって着物まで赤にする必要はあったのだろうか......
紅色の生地の着物の袖に菫の花が縫われている。思ったよりも豪華に作られているようでところどころ金箔がかかっているのかキラキラとしている。
「悠稀君は珍しく何も言わないんだね。」
先生は僕をからかうようにちょっかいをかける。
「まぁ、最後ですし......流石にこういう時はきっちりした感じの方がいいのかなって」
「意外と真面目だったんだ」
わざと驚いたような顔をしている。今日は立場が逆転したと思ってぐいぐいきそうだった。
「いつもまじめですよ」
僕はうざいという感情を顔に出して先生を見ると、先生はごめんごめんと笑って終わらした。
「そろそろ時間だから会場に行こうか」と先生は皆に声をかける。皆はいつもと変わらずおしゃべりをしてざわざわと廊下にでる。となりのクラスも出てきて卒業式の会場となっている体育館の前で整列をする。いつもうるさい彼らもちゃんと立ち止まって静かになった。
「卒業生の入場です!!」
朝礼で何度も聞いたことがある名前の知らない男性教師の声と共に四年生位の男女が扉を開けて二人の教師が入場をする。彼ら彼女らの入場と共に卒業生がどんどんとこの場所から飛び立つために前へ歩き出した。流れるように簡単に席へとたどり着くと、一斉に座る。特にこれと言って面白いことがあるわけでもない。ただただ卒業証書を受け取って、わざわざ会場に来てくれた来客にお礼をして送辞を聞かされる。そうやって二時間ほど過ごしたらいつの間にか卒業式なんて終わっているのだ。
会場からでると大勢の女子生徒の泣き顔が目に映った。相変わらず女子とは分からない生き物で僕にとっては中学も一緒なんだからそこまで気にすることは無いのになと思ってしまう。少女ちゃんじゃあるまいし......
東白雪は私立の中学に進学する。僕たちとは違って彼女は彼女の道を進むみたいだ。元々彼女の父親が小説家で私立に行けるだけの資金も教養もあったのだろう。もししたら今日この瞬間で、僕と少女ちゃんが出会うって話し合って声を聴くことは二度とないかもしれない。そう考えると少し寂しいものがあるかもしれない。最終的に彼女の回答の自己点数についてどんな結果になるかが気になるからだ。ここで僕の結果が気にならないのは僕の回答はうまくいく事を確信といっていいほど自信を持っているからだった。
教室に戻り、自分の机に忘れ物がないかを確認する。
その後、卒業証書と保護者から貰った電子辞書と自分の下の名前が書かれたハンコを受け取って席に着くと先生から最後の言葉を話した。
「まぁ、ほとんど言うことはないとは思うんだけど。一度卒業する生徒たちに伝えておきたいことってのがあってね」
頬を人差し指で掻きながら話すその恥ずかしそうな表情から、多分いままでの先生の授業のなかで一番伝えたかったことを伝えるような気がする。
「私の教師人生において初めて私と一緒に卒業をするクラスメイト。私はこの後誰の卒業式を一緒に迎えるか分からないけれど、とりあえずこの言葉を伝えます。あなたたちはこれから中学生になって、小学校以上にどうにもならないことや、とんでもない困難にぶち当たることがあると思います。もしかしたらそのことが原因で君たちは自信を無くしてしまうかもしれない。」
最初は皆ニコニコと聞いていたけど、徐々にクラスの雰囲気が真面目な顔になり始めた。きっと今までのこの先生が生徒たちに強く怒ることはなく、しっかりと生徒の事を見てきたからこそ僕達も先生の話を真面目に聞くのだろうとは思う。
「しかも、そうやって落ち込んだりしてしまう時ってのは中学生だけじゃないんです。先生も今までに数えられないくらいの後悔を沢山してきました。私は君たちにそういった後悔が起きて、何でもかんでも自分のせいだって決めて自分を傷つける人にはならないでほしいと願っています。確かに自分のせいだと自覚することは悪いことではありません。ちゃんと自分が悪いということを自覚しているということだからね。でもそうやって思うのはその時だけにしてちゃんと反省したうえで、しっかり前を向いて成長してほしい。」
この時僕は不思議とあの時の夢の内容を思い出していた。きっとあの夢を成長のために必要なものだと感じていたから、話になんとなく共通したものを持っている気がしたからだ。
「そこで自分はダメなやつなんだっていつまでも下を向いて進んでいたら、いつの間にか周りのみんなが何処か分からないとおころにいて、自分がどこにいるか分からなくて、死ぬまでずっと分からない場所にいるなんて嫌でしょ?だからしっかりと前を向いて、自分の事を大切にして、大きく成長してください。って感じで伝わったかな?」
クラスの皆は真剣な面をして、先生が話し終わった後もしばらく止まったままだった。
最初に返事をしたのは一人のガキ大将みたいなポジションだった男子生徒だ。
「わかった。俺、ちゃんと大きくて立派な大人になれるように努力する!」
彼がどれくらい先生の言葉を理解できているのかは分からないけれど、今まで面白い授業内容の説明とかは小学生にもわかりやすく説明していた先生が恐らく分かりそうで分からない比喩を使ったような気がした。
それでも彼はちゃんと理解しようとして、そのことを先生に伝える。
先生は「まぁ、まだそんな経験をした人がいないかもしれないけれど、きっと人生の中では起こると思うからそういったときに思い出すくらいにはって感じで覚えておいてね」と笑った。
彼女の授業はどれも面白くて勉強になって、クラスメイトの全員から好かれる存在だった。彼女のこの言葉にもきっと何か伝えたいことがあったので説明したのだろう。
彼女の今回の人生の授業はどれくらいのまだ若いクラスメイトたちにどう映るのかどう学ぶのか......
それでも彼女の授業を聞いて誰もが真剣な顔をしているのであれば、きっと彼女のこの内容は生徒たちにどこかの未来で役立つのかもしれない。
「それじゃあ私の授業は今日でおしまいです。みなさんお疲れ様でした!」
お疲れ様でした。と生徒たちもお辞儀をして教室から出て行った。
僕はこのクラスに残ったままで、少女ちゃんと先生もクラスに残っていた。
「やっぱりこの二人は残るんだ」
先生は柔らかな表情で僕たちに話しかける。
「少し聞いておきたいことがあります。」
僕は先生に問いかける。
「あの美術の時間にやった見られながらやるやつについて詳しく知りたいです。」
「あぁ、あれ?箱庭療法だよ。」
箱庭とは、一つの箱の中に砂や盆栽を作る治療法で、治療法としてではなくてもやる時があるらしい。普段やっている模写とかではなく、その授業では無意識のうちに自分で自分の世界を作るという物らしい。確かに結果として、あの絵は僕たちの世界に干渉していたけれど、そこまで一致するものなのだろうか......
「まぁ、あの出来事で君たち二人の価値観は他の子たちとは明らかに違うのは分かっていたけど、同じ夢を見るまで特殊だとは思っていなかったけどね」
少女ちゃんは少しうつむいて先生の話を聞いていた。
「東さんは私立の中学にいくんだけど悠稀くんは知ってた?」
知ってましたよと応答する。
あの時、美術室の後の帰りの際。彼女からそのことを伝えられた。
クラスの皆は彼女が私立の中学に行くと知っている人は一人もいないだろう。
彼女に同い年の友人が僕くらいしかいないため、伝える人が一人もいないためほとんどの人は知らないだろう。
「でもまぁ、出会いと別れの季節って言いますし、東さんと二度と会えなくなるわけでもないですからね」
僕が何故こんな言葉を言ったのか分からなかった。
今、僕のこの言葉は多分彼女との長い別れに悲しみも沸いていないようなセリフに聞こえてしまったのは僕だけだろうか。実際には少なくとも悲しみは沸いているはずなのに僕の言葉には嘘が見えた。
いや、これは強がりかもしれない。
僕にとって少なくとも夢の中での彼女との再会は喜ばしいもので、彼女といなかったときの僕は明らかに傷心した姿をしていたと思う。
僕は強がりをしているのだろう。
「......東さん」
僕は彼女の名前を呼んだ。
彼女は動じぬ顔で何?と聞いてきた。
「必ず、あの答え合わせは遠い未来で行おう。そうじゃないと、きっと僕達が今まで見てきたあの夢の意味もこれからの道しるべも見失ってしまうから。」
本当は彼女と会う約束をしたかっただけなんだろうけど、僕の中では言い訳がましく聞こえた。口実なんてどうでもよくて普通に「また会おうね。」この一言を言えればそれで解決したはずなのに。
彼女はその言葉を聞いて少ししてから
「わかった。絶対にこの前言った通りの人間に成長しないとね」と答えた。
全く、僕はいったい何をやっているんだろう。彼女と会うためにできるか分からない未来の自分の姿を今から作らないといけない。
少なくとも彼女からはマルをもらえるくらいの人間に成長しなければいけない。
自分の愚かさに呆れて笑いそうになった。
「二人ともその年で青春みたいなことするなんてませてるねぇ」
よこから先生のいらない冗談が飛んだので僕はそれじゃあいつかね。と教室を後にする。
後ろからの誰かが走ってくる足音がすぐに聞こえた為。後ろに彼女が来ているのがわかった。
「あのさ......」
少女ちゃんは僕を呼び止めた。彼女のかなり力の入った声色から彼女も僕に話しかけることに躊躇いのような雰囲気を感じた。
僕は足を止め、後ろを振り向くと彼女はクリアファイルから一枚の絵を僕に手渡した。
「必ず、必ず約束だからね」
その絵は僕の脳裏で何度もめぐった絵だった。彼女の描いたあの絵だった。
「わかってる。ちゃんと必ず会おう。先生の結婚式とか成人式とかでもいい。必ず会えるから」
答え合わせはその時に。
僕はそう残し、彼女の絵を受け取って足早に階段を下りていった。
「......」
少女ちゃんは立ち止まったまま僕を追いかける気配は無かった。
長い間のお別れだ。長い人生の中では多分そんなに長い時間ではないかもしれないけど、まだ十二年しか生きていない僕たちにとっては一年一年がすごく長い。
僕達にとってはこの一瞬でさえ、十年分くらいのお別れを感じた。