ブレ伝世界、一日目4。
ブクマ&評価&感想ありがとうございます~!めちゃめちゃ励みになります!!
一口飲んだ瞬間に覚えた喉の渇きは結構なもので、気付いた時にはもうカップは空になってしまっていた。
濡れた唇を指で拭いながらカップをテーブルに置くと、ハヤテがポットを持って待ち構えていた。気の利く魔族である。
お代わりを注ぎながら、食え、と言うように皿を顎で示された。頷いて手に取り、さくりとかぶり付く。
素朴でカントリーな味がするそれは、何だかぱさついて口の中の水分が全て持っていかれるようだった。チョコチップも何もない、ひたすらにプレーンなスコーン。優しい甘さが口に広がった。
これはお茶がないと食べられない代物だ。どうにか飲み込んでカップにまた手を伸ばす。普段家で食べているようなお菓子とは比べ物にならない水分量でありシンプルな味だったけれど、空腹は最高のスパイスとはよく言ったものだ。
お茶と交互に口にしてあっという間に平らげた私は、空っぽの皿を見てハッとした。三つあったのに全部取ってしまった。ハヤテの分まで食べてしまった気がする。
「俺は、食わないぞ」
何も言っていないのに、思考を読まれたようなタイミングでハヤテが私にそう言った。心なしか笑っているような声だった。
「…ごちそうさまでした」
いただきますを言い忘れたなと思ったのは、終わりの挨拶をしてからだった。
「落ち着いたようだな」
「おかげさまで。美味しかったです」
「…そうか」
何だか微妙な顔をされた。
こいつよく食うなとでも思っているのだろうか。よくよく思えば今はティーパーティーなどではなく私の調書を取っている最中だった。
お腹を少し擦って、ふう、と息を吐いてハヤテに向き直る。
「それで、チナツ。話を聞かせて貰うぞ」
「ええとですね。ハヤテ━━さん。私はさっきも言った通り、何も知りませんよ」
泣きじゃくる私をええい面倒だと切り捨ててしまう事もなく、宥めた上にお茶とお菓子をご馳走してくれた。
ずっと訴えてきていた空腹はすっかり収まり、横隔膜先輩ももう自分の居場所を主張する事をやめてくれた。
問答無用で私をここに連れてきたとは言え、案外悪い奴ではないかもしれないと私はハヤテに対して思い始めていた。魔王軍の上位に立つ四天王だけど。言うて最弱だし。
「私の住んでいた街はここからずっと遠くて、…きっとそこの事を誰も知らないし。私が知っている人も、ここには誰も居ません。魔王…様? も、復活したって言うのは、さっきあなたが言っていたから初めて知りました」
私自身は何の脅威にもならないただの小娘だ。私が画面越しに操っていたユウマも、コントローラーを握っていない今はどこで何をしているか全く分かりはしない。
ここに連れてこられた理由すら分からない、本当にただの一般人。
「体力もない、何も出来ない、普通以下の人間ですよ、私。…どうしてここに連れてこられたんですか?」
「何も出来ない、と。それは本当か?」
「命が惜しいですから。嘘はつきません」
さっきの恥ずかしい号泣を見せてしまった私は、もう何だか開き直ってきた。
面接にでも来た気分になってきて、背筋を伸ばして座ってみる。ハヤテの少し垂れた目が、じっと私を見詰めていた。
「勇者について何か知っている事は?」
そう来たか。
勇者との付き合いは、私からの一方的なものにはなるが長いものだ。彼の生まれ故郷に始まり、生い立ちや旅の足跡は全て知っている。
これはどこまで話すのが正解? 立ち寄った村の人たちは、勇者の名前まで把握していただろうか?
「ええと。若い男性でしたよね。お仲間も居たと聞いています」
「そうだな。寡黙な人物であったようだ」
幾らか調べてはいるのか、ユウマがあまり話さない事は知っているようだ。寡黙。確かに寡黙だった。私は彼のセリフを一度しか目にしていない。最後のセーブ直前に見た、伝説の勇者の墓に祈りを捧げた時のあれだ。
「ハヤテ━━さんが来る前日に、あの村に寄ったという事だけは聞きました。私があの村に着いたのはその翌朝で、村の方に勇者様は夜の間に姿を消したと言われました」
だから顔や背格好は知りませんよ。そんな気持ちを込めて私は答えた。
早朝から見知らぬ怪しい女を招き入れ、お茶を振る舞ってくれたターニャを思い出す。
優しい子だったな。村は無事だろうか、この男の風でずいぶん荒らされていたけれど。被害が少ない事を祈るしかない。
「勇者に会ったことも、関わったこともないのだな? それは確かか?」
「はい」
嘘ではない。直接会ったことはない。
間髪入れずに頷いた私を、胡散臭そうな顔でハヤテがじっと見ている。
何だよ、その顔は。
気付けばティーパーティーが始まってからこっちずっと沈黙を保っていた牛頭も、やはり信じがたいという表情で私を見ていた。
だから何だよ、その顔は。
「何かそういう、嘘ついてるかどうか調べる魔法とかないんです? 私は正直に答えてるのに、疑われてうっかり殺されたら嫌なんだけど」
千夏の冒険はここで終わった。ちーん。なんて絶対に嫌だ。プレイ時間はいかほどか。良くて三時間程度ではあるまいか。冒険した場所は伝説の勇者の墓の前と、村人ターニャの家と、魔王城の廊下とこの取調室だけ。
それっぽっちで永遠のゲームオーバーが訪れたら、私はこの男を呪ってやる。こいつが行く先々に『やーい最弱』って血文字で書き続けてやる!
尖らせた唇でその言葉を押し止めて、私はハヤテを睨み付けた。
一番の望みは帰ること。祖父母にも両親にも心配をかけずに、またあの田舎で祖母のご飯を食べる事だ。訳も分からずに連れてこられたこんな場所で生涯を終えるなんて、絶対に嫌だ!
何だかイライラしてきてそんな態度に出た私を、探るように見てくるハヤテと視線がぶつかった。
これが漫画やゲームならば火花が散るのだろうか。いや、どうだろう。男の視線は私のように睨み付けるものではなく、何の温度もない。
「そんな魔法も無くはないな。尋問や拷問を得意とする魔族は大抵身に付けている」
「じゃあ、連れてきて下さいよ」
「その時点でお前の命は無くなるようなものだ。それでも?」
「…どういうこと?」
「精神に干渉する魔法は、相手のそれを破壊する事に近い。魔法耐性があるならば別だが、お前は何も出来ないと言っただろう」
廃人になるぞ。
そう告げるなりペンをかたりと置いて、立ち上がろうとするハヤテの腕を慌てて掴む。
廃人ダメ、絶対。
「そういうのは早く言ってよ! 結構です大丈夫です! 私、嘘、つかない! 絶対!」
興奮のあまり片言になった私をゆっくりと見下ろして、ハヤテはその腰を下ろした。
良かった、こんな異世界で廃人エンドはどうにか免れたようだ。
座ったのを確認して安心して腕を離した私はうっかり目撃してしまった。私が掴んだ辺りを、ハヤテがごしごしと擦っているところを。
四天王のハヤテ様は人間に触られるのを汚いとでも思うようだ。けっ。
お茶とスコーンで少し上がった好感度は、急転直下の動きを見せた。よく考えたらそんなに美味しくなかったし、うん。