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ブレ伝世界、一日目2。

「おい、そこの女、お前だ。出てこい」


ハヤテが低い声で、しっかりと私を見ながらそう言う。大きな声ではないのに妙に通る声。

逃げ出したい、のに、足は言うことを聞かずにもう一歩も動けそうにない。初めて目を合わせた魔族は、四天王最弱、分かっているのに、やられキャラなはずなのに、それは「勇者から見て」というだけだから。

体は本能で理解していた。ただの人間が敵う相手ではないという事に。

今のハヤテは、先程農夫にしたように魔法の準備をしている訳でもない。ただこっちを、私を見ているだけだ。それなのに私は動けなくなってしまった。

━━怖い。


「お前、妙な気配を放っているな。何者だ?」

「…え、あ…」


はい! 異世界人です!

ばか正直に言うつもりはないけれど、何かを答えなければ殺される気すらした。平和な日本で暮らしてきて、今まで味わったことのない緊張感。

これが殺気というものなのかもしれない。


「わた、私…」

「どう見てもただの小娘だが、…勇者はもうここには居ないようだな。お前、弱そうに見えるがそれは擬態か何かか?」


ただの人間に擬態など出来るものか。虫とかじゃないんだから。

私が擬態を出来るとするなら、フルメイクで夜遊びに繰り出すのが精一杯ってものだった。せいぜいが駅前のカラオケに行ってドリンクバーで乾杯して遅くならずに帰宅する程度の、とってもよいこちゃんな擬態であったけども。


「剣を回収しに来る予定だったのだが、ここにもう用はない。…手ぶらで帰るのは癪に障る。女、お前は手土産にする」


ハヤテはそう言うなり、また暴風を起こし始めた。ノーモーションで繰り出されたその渦の中央で、吹きすさぶままにおでこを全開にしている。ごうごうと鳴る壁を身に纏った腕が、動けない私の二の腕をしっかりと掴んだ。


「い、痛い」


思わず漏れた声に、私自身驚いて反対の手で口を塞ぐ。余計な事を言ってはいけない、そういう雰囲気だった。

ハヤテは眉間に皺を寄せながら私をじろりと値踏みする。それ以上腕に力が入る事はなかった。


「どこに、行くの」


おずおずと訊く。答えてくれないかと思ったが、ハヤテは思いの外あっさりと教えてくれた。魔王城だ。天気の話でもするように当たり前に返されたそれに、理解が追い付かない。


その瞬間、風が更に勢いを増した。私とハヤテを取り囲むように砂煙が舞い、こちらを不安そうに見ていた村人たちの顔が一切見えなくなる。


「なに、やだ、怖い」

「風で飛ぶ。いいか、騒ぐなよ。転移に失敗すればバラバラになるかもしれんから、こちらの方法しかない。俺はうるさいのは嫌いだ。殺されたくなければ大人しくしていろ」

「てん、転移?」

「俺一人なら転移で帰るところだった。お前、転移の経験は?」

「出来な、い」

「ならば静かにすべきだな」


ごう。

風がうねり、竜巻が生まれる。

目を開けるどころかとても立っていられない、そう思った瞬間に膝ががくりと折れ、慌ててしがみつく。

しがみついた先は当然傍にいたハヤテその人だった。こいつは怖い、けど今は風が一番怖い! まんじゅう怖いではない!

意外と固かったその腹回りに抱き付いていると、不意に浮遊感を覚えた。


━━竜巻が、竜巻だと思っていたそれが、本当に竜になって私たちを押し上げている!!

身一つで空を飛んだ経験など勿論ない私は、叫びだしそうになって慌てて歯を食い縛った。

浮いているのも怖いけれど、ゼロ距離に私を殺しかねない人物が居る。黙っていれば危害は加えられないかもしれない。それに希望を託して、今は堪えるしかなかった。


風が眼球の水分を奪っていって、体が対抗すべくどんどん涙を生み出す。

落ちたそばから暴風に持っていかれて、一体どれほどの水分量を失うかしらと現実逃避がてらに考える。

伸ばしかけの肩までしかない髪はすっかりぐちゃぐちゃになり、顔を覆って視界が悪い。風で出来上がった半透明の竜の向こう側、というか足の下では、気付いた時には地面がずいぶん遠くなってしまっていた。


「おい、女。お前の名前━━」


ハヤテがそこまで言いかけて、ぴたりとその口を閉ざした。

何よ歯切れ悪いな、四天王なんだから堂々としてなさいよ最弱だけど。

そう思って見上げた目は驚きに満ちていた。そしてばつが悪そうに目を逸らされる。

何その対応。そう思って、ふと自分を省みた。


ぐちゃぐちゃな髪に、口元はぎゅっと食い縛っていて真顔で涙をぼろぼろ流す哀れな女。


これは酷い。鼻を啜りながら顔を拭こうと思い立つが、両手はこの男に掴まっていないと落っこちてしまいそうで怖くて仕方ない。

しょうがないので、俯くふりでそっとハヤテの腹部に顔を押し付けた。四天王なら多分儲かってるでしょ、着替えもたんとあるでしょ。


「…何ですか」

「…お前は、何者だ」

「私は、っうぶわわわわわ」


話をする時は相手の目を見てしましょう。

幼い頃からの母の教えを実行しようとした途端に暴風が私の顔の隙間という隙間に入り込み、多分今私は、乙女として絶対に人に晒してはならない顔をこの至近距離で四天王の一人に全開で見せる事になってしまった。

脳裏に過ったのは、スカイダイビングで顔のアップを撮られる芸人の姿。私、今、あの顔を?

やるせなさと恥ずかしさがない交ぜになり、私はそれ以上話す事もなくハヤテの服の縫い目を見続けた。

ハヤテも察したのか私の顔が余程凄かったのか、魔王城に到着するまでもう話し掛けてくる事はなかった。













思えば私は寝間着のままであったのだ。

それに気付いたのは、魔王城の内部、ヘリポートのような場所に降り立った時だった。

裸足で立った石の床は冷たく、ぺたりぺたりと歩く度に音がする。黄色いTシャツと水色のステテコパンツは快適さナンバーワンではあったが、豪華絢爛な城の中では悪目立ちナンバーワンでもあった。

これでポケットに何か入っていたりすればそれが武器になったりならなかったりしたかもしれないけれど、ステテコパンツにポケットはない。全力の手ぶら。何ならノーブラで本当にヤバい状態。

ぶわぶわと全身にまだ風が塊で当たっている感覚と戦いながら、笑う膝を叱咤しつつ先導するハヤテに続く。

お前には色々聞きたい事がある。着いてこい。そう言われて、今はどこかの部屋へと向かっている最中だった。

尋問とか、されるのかな。

自分の足先、素足のそれを見ながら進む。心許なくなってきて、シャツの裾を強く握る。

ユウマはどこに行ってしまったのだろう。

ここが本当にゲームのブレ伝の世界であるなら、確かに彼は存在していたはずなのだ。ターニャの言葉からも、あの村に立ち寄っていたのは間違いなかった。

昨夜のうちに消えてしまった勇者。

勇者の証によく似たセリフで私の夢に現れて、私をここまで連れてきた何か。

あれが勇者の証であるならば、どうして私は何も持っていないのだろう。空っぽの首もとを擦ってみたが、そこにあるのは私の肌だけだ。

勇者の証どころか木の棒を拾う事も許されず、私はラストダンジョンであろう魔王城まで一気にショートカットを遂げてしまった。

言葉通り無理ゲーだ。

ため息をついた頃、漸くハヤテの足が止まった。どこかの部屋に着いたようだった。

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