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ブレ伝世界、一日目。

ちゅんちゅん鳴く小鳥が耳を擽り、昇る朝日が目に刺さる。

恐る恐る触れた、ばかりと割れた石碑は冷たく空っぽで、でもここに剣があったんだろうな、という痕跡が残されている。どう見ても剣の形に穴が開いていた。


「…何これ?」


ぐるぐると考える。私、まだ夢見てる?

テンプレとして頬をつねってみた。普通に痛い。

私、昨夜お布団で普通に寝たよね? おじいちゃんおばあちゃんにちゃんとお休みしてタオルケット抱き締めながら寝たよね? 知らない天井どころか青空なんですけど。

訳も分からず残骸と化した石碑の傍に座り込んでいると、申し訳なさそうに控えめに、誰かに肩を叩かれた。


「…あの。どうか、されましたか?」


振り向くとそこには、粗末な格好ながら優しそうな目で私を見つめる同じ位の年の女の子が居た。

両手に花を握り締めている。石碑に花を上げに来たのだろうか。そういえばゲーム内でも、いつも同じ花が供えてあった。彼女がしているのだろうか。


「えっと…その。一つ質問をしてもよろしいでしょうか」

「はい、何でしょう」

「ここは━━。…これは、こちらは、えっと、伝説の勇者様のお墓…でしょうか?」

「ええ。伝説の勇者様、ソード様が眠ってらっしゃるところです。…昨日、現在の勇者様がいらっしゃって…ちょっと、このような形になってしまったのですが」


困ったように笑う彼女に、ああやっぱりか、と思わず地面に膝を付いてしまった。

昨日イベントで、この村の人達が大事に大事にしていたであろう伝説の勇者の石碑を匠の業の如き美しさ(笑)で二つに割った、現在の勇者ことユウマ。

を、操っていた私。

の夢に出て来て何かを訴えかけてきた、何か既視感のあるセリフで話す誰か。


…私、イコール勇者、とでも言うのだろうか? 独特なナレーションが不気味な雰囲気を醸し出す。


何か私、勇者の証に召喚されたっぽい。

混乱する頭の片隅で、最近読んでいたウェブ小説のジャンルが「それが答えだよ」と言わんばかりに主張をし始めていた。

ああ~~、異世界転移ねはいはい。予習はしてたよ触りだけね~~。


分かりやすく落ち込んだ私の視界の片隅で、おろおろと彼女が困り果てているのが見えた。














「…少し、落ち着かれました?」


お茶のカップを両手で包んで、こくりと頷く。

あまりに落ち込んだ私を不憫に思ったのか、彼女は出会ったばかりの私を家に招いてお茶をご馳走してくれていた。

多分私、異世界から来たんだよね。魔王倒せって言われてさー。

そんな事を言った日には本当に「可哀想な人」と思われかねなかったので、憧れの勇者様のお墓に来てみたら割れていてショックだったと言いくるめた。

信心深そうな彼女がたいそう残念そうに謝ってきたけど、むしろ謝るべきは私だったと思う。まじでまじで。


恐らくここはブレ伝━━そう略すらしい、攻略本にも書いてあった━━の世界、 そして時間軸は私が昨日進めた「ユウマが伝説の勇者の剣を手にした」ところなのだろう。ドットで表現されていたそれを3Dというか現実にこの目で見てみると、簡略化こそされているけど結構忠実に描かれているのだな、と思う。

例えばこの彼女、ターニャの家は昨日棚を荒らすべく入ったけれど、小物やサイズ感は省略されているけど間取りは殆ど遜色がないと言って良い、と思う。あんまりはっきり覚えてないけど。ターニャの家、本棚のタイトル位しか触れるとこなかったしね。薬学~毒消し薬の作り方~があったような気がする。探したらあるかな。どれだろう。

ぼんやりと本棚を眺める私が放心しているように見えたのか、ターニャが空気を変えようとしたか「お代わりはいかがです?」と訊いてくれる。ありがたく頂く。ちょっとお腹空いてきたので、液体でも良いからお腹に入れておきたい。今頃は多分、朝食の時間だろうか。


あの夢の声は、魔王を倒せというような事を言ってきた。その為に私はここに喚ばれたのかもしれない。

でも、どうやって?

少しスパイシーな紅茶、褐色の水面に映った私と見詰め合う。━━私に、何が出来るの?

水面の私がぐにゃりと歪んだ。同時に轟音が鳴り響く。


「…な、何!?」

「チナツさん、伏せて!」


ターニャに庇われながら衝撃をやり過ごす。カップが中の紅茶ごと落ちて、かしゃりと軽い音を立てた。


「人間ども、出てこい!!」


外で誰かが叫んでいる。男だ。

人間ども、という言い方。━━相手は人間ではない?

私はその時思い出した。攻略本で、これを見なかったか。まだゲームでは見ていないイベント。勇者の証を四つ手に入れた後で訪れる村、四天王の一人が襲来して魔王の復活を知らせる━━…


「俺は魔王陛下直属の四天王が一人、ハヤテだ! この村に怪しい反応があったので来た。洗いざらい吐け!」


村の人たちは何が起きたのかとみんな外に飛び出していて、私とターニャもそれに加わる。

みんなの視線を集める先には、二つに割れたどころか粉々になった石碑と、それを足蹴にする、ごく一般的な見た目の癖に禍々しい気配を放つ一人の青年が居た。

茶髪の短めの髪は男の周囲から発生したようなうねる暴風で逆立っていて、バタバタと服の裾が悲鳴を上げている。

畑でも耕していそうに見えるのに、格好だけがそれを否定している。黒の光沢が輝くブーツが石碑の欠片を蹴り飛ばした。間違いない、あれは昨日攻略本で見た、四天王最弱のハヤテ!


「忌々しい勇者の剣はここに隠されていたようだな。…どうやら出遅れたか。だが万全の敵を迎え撃ってこそ楽しめるというものだ!」


ごうごうとハヤテの右手に音を立てて空気が集約するような気配を覚える。風の魔法? それをどうする気なの?

というか、四天王のエフェクトなのだろうか、背後に黒い波動が渦巻いているのが目視で確認出来る。誰も突っ込まないけど、あれが魔族の標準だったりするの?


「何をする気だ!」

「やめろ!」


鍬だの鋤だのを抱えた農夫たちが、勇敢にもハヤテに飛び掛かる。

しかし右手から放たれた衝撃波に阻まれ、近付く事も叶わずに吹き飛ばされてしまった。


「人間ごときが俺に歯向かうとは良い度胸だ。その度胸に敬意を表して良い事を教えてやろう。…先程俺が名乗りを上げたのを聞いていたな?」


ざわり、吹き飛ばされた農夫とそれに走り寄った村人たちが騒ぎだす。

ハヤテは何と言っていた? ああ、そうか。


「俺は魔王陛下直属の四天王の一人だ。陛下は復活を遂げた。今代の勇者がここに来たな? それを俺は潰しに、わざわざここまで来てやった」


魔王の復活。

ユウマの勇者としての覚醒は数年前、とうとう敵が台頭してしまったのだ。四天王が現れたという事は、つまりはそういうこと。

魔王が復活した以降はモンスターや魔族の士気が上がり、魔族領がどんどん拡大していく。敵もそれに従って強くなるのだ。そういう展開だったと、思う。

攻略本で少し読んだだけの私のみならず、この世界の人々はそれを肌で感じているはずだ。魔王が現れるのはこれが初めてではない、伝説の勇者が倒したはずの、前回の魔王。その時に痛いほど実感しているのだから。


私は知っている。知っている、だけ。

しかもネタバレ回避のためにあまり読み込んでいなかったのが裏目に出てしまった。この先の展開で知っている事はない。ユウマはこの四天王の一人と、この村で戦闘をするはずだ。そしてその初戦は確か、初めての敗退を喫する。

どうせ全滅してしまうイベントで、どれだけレベルを上げても敵わない相手なので回復アイテムは使う必要がない。そう、書いてあったのを見たのだ。


「…ターニャ。勇者様は? どこに居るの?」


こそこそと耳打ちをする。

私はただの女子高生で、ここまでのストーリーを知ってはいても何の力も持ち合わせていない。勇者の証のようなセリフで呼び出されて来た、それだけだ。

もしもここが本当にブレ伝の世界ならば、私がやっていたゲームの世界であるならば。ここまで一歩ずつ地道に育てて、仲間を増やして来たはずのユウマが存在しているはずなのだ。それに一縷の望みをかけて、ターニャに問い掛ける。

ターニャは胸元を握り締めながら、ぼそりと私に答えてくれた。


「…勇者様は、昨夜遅くに突然消えてしまったのです。痕跡の一つも残さず、お仲間方に一言も話さずに。私が起きた頃には、お仲間方が慌てて出て行くところでした。勇者様を探しに行くと…」


何という、ことだ。こんな展開は知らない!

ぐにゃりと足元が歪む感じがした。

魔族、四天王。ここに居るのは農夫と女たち、そして、私。

こんなの蹂躙されて終わりじゃないか。


思わず一歩後ずさった私に、ハヤテがぎろりとその視線を向けてきた。

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