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ブレ伝世界、再会2。

こうちゃんは私の親戚で、それ以上でも以下でもない。親戚の尻拭いの為にここに来た、それだけ。それだけ!

私の勢いに気圧されたのか、少し引きながらハヤテは頷いた。


「だから、私とこうちゃんには何もない。何も、ない!」

「分かった。分かったから」


話していたら喉が渇いて、少し冷めた紅茶を一気に飲み干した。カップを置いて、ハヤテを背もたれにするようにぼすりと飛び込む。

ミノタウロスのように筋骨隆々という訳でもないのに、私がそうして凭れ掛かってもびくともしない。

そういえば、さっき。私を受け止めた時、物凄い衝撃だったのではと思うのだけれど、この男は何ともなかったのだろうか。確認するように胸や腹を撫でてみる。


「…ふ、何」

「さっきの。大丈夫だったのかなと思って」

「咄嗟に魔法使ったから、何ともねえよ」


相変わらず好きにさせてくれる男だ。私が突然何かをしても、やめろと言う事がない。


「そういえば、部屋に来ようとしたらちょっと止まったの、もしかして陛下の女を部屋に連れ込むなんて~とかそういう感じ?」

「…まあ、大体」


真面目な男だ。と思ったけれど、結局こうして二人きりになってしまっているのだから、案外そうでもないのかもしれない。

くすぐったがるばかりで痛がる気配はなかったので、探るのをやめて頭から突っ込んだ。鳩尾の辺りに頭突きのような勢いになったけれど、こうちゃんみたいに奇怪な悲鳴を上げる事もない。


「…こうちゃんが、魔王が消えたでしょ。その後、どうなったの?」

「魔界か? 世界か?」

「全部」

「魔界だったら、陛下が目覚める前に戻ったな。領土を拡げようとしていた魔族も勢いを無くして、今は撤退中だ」

「人間領は?」

「…和解、に近いな。陛下とチナツが消えた後、勇者が現れたそうだが、その本人が魔王が居ないなら自分も仕事はないとどこかにまた消えたそうだ」

「勇者が? また消えたの?」

「と言っても多分、故郷に帰ったんだろう。攻め入ってきたパーティーも勇者本人が解散させたそうだ。但し、魔族が人間に対して何かするならすぐに来ると釘は刺していかれたがな」


ケンガが矢面に立って、勇者本人と交渉したらしい。ハヤテは又聞きでしかないそうだけれど、幹部同士なのだから情報は確かだろう。


「魔王は?」

「陛下なら、チナツの方が知ってるだろう? 一緒に帰ったんだから」

「そうじゃなくて…」


本来居たはずの、こうちゃんが依り代にしたはずの魔王だ。私が帰ってユウマが戻って来たならば、魔王がまた出現していてもおかしくない。

けれどハヤテは首を傾げるばかりだ。しかし展開的にユウマたち勇者一行も撤退しているのならば、これは「魔王が敗れたハッピーエンドのルート」だと見て良いのだろうか。異分子たる私たちが消えて、どうにか修正出来た本来のシナリオの結末。

ハヤテやケンガも私とこうちゃんの事を覚えているようだし、リセットされていない、私たちが来てそして帰った、その後のままのブレ伝の世界。


「ハヤテは?」

「…ん?」

「ハヤテは、何してたの?」


どれくらい経ったのだろう、元の世界と同じ位の時間が流れたのか、それとも時間の流れが違うのかは判別出来ない。

私が消えてから、あなたは何をしていたの? 少しくらい、私のことを考えてくれたりした? 私は毎日考えていたよ。


「…あー。チナツ、お前って可愛いよな」

「何急に、ちょっと、やめてよ」


いきなりそんな事を言われて、ぶわっと赤面したのが分かる。そんなキャラじゃないでしょ、何か誤魔化してるの?


「これ、お前の故郷の服? 似合ってるな、髪も可愛い」

「やめてよ、やだ、何なの」

「今日、陛下と何かしに来たんじゃなくて、…俺に会いに来てくれたんなら、俺に見せる為にこれ着てきてくれたの」


どんどん赤くなる顔を隠そうと、慌てて上げた手を不意に掴まれた。

どうしたら良いか分からずに、困り果てて顔を上げた私を真剣な目のハヤテが見下ろしている。


「何が言いたいの」

「…チナツの事ばっか、考えてたよ」


こつりと額を当ててきた。鼻先がぶつかって、あまりの近さに緊張でひゅう、と喉が鳴る。


「よく泣いて、うるさくて、よく食うし、何も出来ねえすげえ子供みたいな奴の面倒押し付けられちまって」

「…」

「顔にすぐ出るからどうして欲しいのかとか分かりやすくて、面白いなって思ってる内に、何かどんどん、こう」


どうも貶されているようだ。睨み付けた私を目を細めて嬉しそうにハヤテが笑う。


「俺が居ないと駄目なんじゃねえか、傍で見ててやんねえとって思ってたよ。だからお前が陛下と消えて、ケンガがあんな事言ってた時」


俺、生まれて初めて嫉妬なんてもん覚えた。

吐息がかかる程の距離でそう言われて、もう私はどうしたら良いのか分からなくなっていた。ばくばくフル稼働する心臓は口から出てしまいそうだし、掴まれた手では顔を覆う事も出来ない。


「まあ、そんな感じだったから、仕事にも身入んねえし、ケンガにもぶつぶつ言われてたけど。ケンガもケンガで敬愛する陛下がチナツにやられたショックでしばらく呆然としてたから、お互い様だな」


呆然とするケンガ。それは少し、見たかったかもしれない。私に威圧してきたのも魔王様万歳の結果であって、こうちゃんを守りたいが為にあのような態度になったのだろう。女子高生の蹴り一つで倒れる魔王だったけれど。


「陛下はお強い。チナツには負けたみたいだけど、本気なんか出してなかっただろう、多分。俺たち四天王が束になったって陛下には敵わない。…だから、陛下ならきっと、チナツを幸せにしてくれるだろうって思って、納得させてたよ」


強いから、偉い。ハヤテがケンガを指して言った言葉だ。それより偉い魔王のこうちゃん。ユウマも敵わないこうちゃん。この世界で多分、一番強い。


「…私はこうちゃんなんて、嫌だよ」

「お前な」

「ハヤテじゃないなら、誰だって嫌だ」


相手がどんなにかっこよくても、美人でも、強くても、関係ない。四天王最弱の、お人好しで苦労人な、人間にしか見えないハヤテ。優しくて面倒見のいいハヤテだったからこそ私は好きになって、界を跨いでまで会いに来たのだ。


「元の世界に帰れば、お父さんもお母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも居るよ。みんな優しいし、友達だっていっぱい居るよ。でも、あっちにはハヤテが居ないの」


ハヤテだけが居ないの。

他の全てはあるのに、自由に歩ける権利だって何だってあるのに、ハヤテが居ないだけで息苦しくて夜も眠れない。

どちらかなんて選べない。衝動のままにここまで来た。


「私、来たら困る? 迷惑なら」

「迷惑なもんかよ」


遮るようにそう言ったハヤテが、私の腕を掴んで立ち上がった。

廊下からバタバタと音がする。もしかして、私が居るのに気付かれてしまったのだろうか。


「ハヤテ、」

「黙ってろ」


慌てて袖を引っ張った私にまた、しー、のポーズをしてくる。頷くとハヤテが見慣れたドアノブを取り出した。

今更それで何をするのか。そう思っていると、窓の隣の壁に当てて外に向かう扉を作り出す。

何してるの。小声で囁くと、緊急脱出用、と同じく小声で返された。

廊下の騒がしさがどんどん近付いてくる。ハヤテが私の腰をしっかりと掴んできた。


「雲ねえし、満月でもねえけど。…行くか?」

「行く!」


生まれた風がカーテンをばたばたはためかせて、ベッドの布団を跳ね上げた。

片付け大変そうだよ。心配した私に、気にするなとハヤテが笑う。


「約束してたのに行けなかったの、心残りだったの」

「…俺も」


連れてってやりたかったんだけど。

うねる竜の背中の上で、ハヤテが月を見上げて囁いた。

遮るものが何もないから、今日はあっという間に近くまで行けそうだ。

満月、綺麗だったよ。この間見たのとは反対側の欠け始めた月に語り掛けるように呟く。


「何か願った?」


満月の晩に本気で願うと叶うらしい。ハヤテが教えてくれたおまじない。

子供っぽいと言っていたそれに、魔王討伐を願う予定だったけれどその前に事を成してしまった。

何の気なしに訊いたつもりだったのに、ハヤテは私から目を逸らしていた。何だか狼狽えている。


「…何?」

「…いや、ちょっと」

「何、何か変なお願いしたの!?」


そう太くもない竜の上で急に振り向いたから、体勢を崩してよろけてしまった。慌ててハヤテがしっかり掴まえてくれて、どうにか落ちずに済む。


「…あー…」


ごにょごにょとハヤテが呟くけれど、風の音で聞こえない。何度か聞き返してやっと、少し染まって見える頬でどこか不機嫌そうにハヤテが口を開く。


「…チナツが、幸せになりますように、と」


そして出来ればまた、会えますように。

ぶすっとした顔はまだ見たことのないもので、不機嫌というよりこれは、…照れているのか。

口の端が勝手に上がってくるのが分かる。


「…本気で願ってくれた?」

「…おう」


開き直ったのか、当たり前だろと返される。ぎゅうぎゅうに抱き付いて、ありがとう、と思わず叫ぶ。

どこまでも広がる空が、遠い地上の明かりが、その間を飛ぶ私たちを静かに見守っていた。

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