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ブレ伝世界、六日目2。玉座の間、魔王の独白。

居るだろうと思った見張りの魔族も居ない。誰にも会わずに、止められずにここまで来られたのにはほっとするけれど、少し拍子抜けしてしまう。入る事こそが困難だと思っていたからだ。

何か魔法が掛かっていて、許可しない者は入れないとか? 恐る恐る扉に近付くと、触れてもいないのに滑らかに扉が開く。

音一つ立てずに開いたそれが気持ち悪くて、しかし今更部屋に戻る事も出来ない。躊躇しながら私は足を踏み入れた。


広い室内は煌々と明かりが照らされていて、人間の大国の城です、と言われたら信じてしまいそう。

その奥に玉座が見える。黒いマントをだらりと垂らして、悠々と肘を付いて傍に置かれたフルーツに手を伸ばす男の姿が見えた。あれが魔王だろうか。

黒く短い髪に、角もない頭。ハヤテみたいに、ただの人間みたいだ。毛足の長い絨毯は足音を吸収してしまって静かに距離を詰められる。そっと近付いていた私にやっと気付いたのか、ふと魔王が顔を上げた。

ぱちりと目が合う。


「…嘘。何で?」

「あれ? 千夏、久しぶり。お前も来てたの?」


へらへらと笑った魔王が、見慣れた顔でくしゃりと笑った。

玉座に座っていたのは、遠方で社会人として働いているはずの、従兄の紘一君━━こうちゃんだった。

私が部屋とゲーム機を借りていた、ブレ伝の持ち主、その人だ。


『あれが、魔王です』


居るはずのない人物に面食らい、戸惑う私に勇者の証が語り掛ける。魔王━━こうちゃんは上機嫌に葡萄を一粒口に放り込んでいる。千夏も食う? 手招きをするこうちゃんを立ち尽くしたまま私は眺めていた。


「こうちゃん、何でここに居るの」

「ん? んー。ちょっと長いけど、聞く?」


邪魔入らないようにしようか。こうちゃんがそう言って扉に目をやった途端に、背後でばたりと音がした。振り向くと元通り閉められた扉があって、好都合ですね、これで他の魔族は来ません。勇者の証がそう呟いた。


「そうだな。千夏、ブレ伝って知ってるか? ブレイブ伝説。色々シリーズ出てるけどさ」


ちょいちょい。こうちゃんが指差した場所に近付いて、手渡された葡萄を受け取った。瑞々しい果実が手のひらでころりと転がる。


「俺が一番好きだったのは、ブレ伝の中でもⅢでさ。王道の中の王道、今でも一番これが名作だと思ってる」


天井を仰いだこうちゃんは嬉しそうに笑っていて、あ、これは本当に長いな。私は絨毯に腰を下ろした。













俺の会社、忙しくてさ。所謂ブラックってやつ。そこで社畜してんの、俺。

帰りは遅いし休みも潰れるし、アパートには寝に帰るだけなのよ。友達とも休み合わないし、合っても仕事でドタキャンが続いて、もうストレス凄くてさ。何か一人でゆっくりストレス解消するような趣味、ないかなって思ってた訳。


千夏はゲームあんまり興味なさそうだから知らないと思うけど、昔のゲームのさ、ダウンロード販売とか、小さい本体に最初からゲーム入れてくれてる復刻版とかな。最近そういうの沢山出てるのよ。


俺、子供の頃はゲームばっかりしてたからさ。懐かしいし、これなら一人でまったりやれるなと思って、ダウンロードで一気に取れる分だけ買ったんだよ。知ってるタイトルをさ。


で、俺が小学生の頃一番ハマってたゲームがブレ伝Ⅲでさ。懐かしいなあ、初めて自分の小遣いで買ったんだよ。中古じゃなくて新品。ゲーム屋に並んでさ。


何回も何回もクリアしてたから、攻略サイトなんか見なくても出来ちゃった訳よ。でもやっぱり面白くて。展開知ってても楽しいのよ、これこそ名作だと思うね。


で、あっという間に魔王に辿り着いちゃって。ああ冒険もこれで終わっちゃうな、そう思ってたらさ、魔王が問い掛けてくるんだよ、定番の二択。


千夏は知らないか。勇者が強いぞって知った魔王が勇者に言うんだよ。「世界の半分をくれてやるから、我輩の右腕にならないか」ってな。


子供の頃は真剣に世界救う為にやってたからさ、勿論「いいえ」を選んでたのよ。でもさ、俺、大人だし。何回も見てるし、何となくさ、「はい」を選んでみたんだよ。いいえを選ぶとすぐ戦闘になるのは知ってたんだ。はいならどうなるのかなって思ってさ。

そしたら会話が進んでさ。また魔王が訊いてきたんだ。「…何? 半分では足らぬと?」って。


ブレ伝Ⅲの主人公って、何も話さないんだよ。ああ、イベントで一回だけ台詞出るけど、そこだけ。それ以外は多分他のキャラとも話してるんだけど、台詞としては出ないんだ。

だから、俺は主人公がその時何て返したか分からないんだけど、魔王がそう言ったってことは強気に返したんだろうな。


魔王のその台詞の後でまた選択肢が出たから、面白くなってきて俺も「はい」を選んだんだよ。そしたら「面白い。ならば我輩に勝ってみせよ!」つって普通に戦闘始まってさ。


まあレベルは最大にしてたし、武器も防具も金にもの言わせて全員最強装備にしてたから、あっさり終わっちゃって。

スタッフロール流れてさ、終わったなーって浸ってたんだよ。


睡眠時間は削っちゃったし休みも打ち込んでたから寂しくてさ、スキップするのも勿体なくて画面そのままにしてビール取りに行ったんだ。


で、大体のゲームはさ。クリアしてスタッフロール終わったら、タイトル画面に戻るんだよ。そろそろ戻ったかなって見てみたら、真っ黒い画面に選択肢が出ててさ。

何だこれって思ってたら、「世界の全てが欲しいか?」って書いてあって。


見たことねえなって思って、軽い気持ちで「はい」を選んだんだ。ダウンロード販売だし、もしかしたら完全復刻版じゃなくて何か新しいシナリオが追加されてんのかなって思って。

決定ボタン押した瞬間、何か黒いもやがぶわって出てきてさ。


で、気付いたら何か知らない内にこんなマントとかかっちょいい服とか着ちゃってて、俺玉座に座ってたの。


覚えてないけど俺寝てる? とか思ってたらさ、前に立ってる奴が居て。「魔王陛下、再びのお目覚めを心よりお祝い申し上げます」とか言ってくるのよ。


すげえイケメンだけどコスプレしてるし、何言ってんだこいつって思ってよく見たらさ、見覚えあんのよ。四天王の水の、ケンガに似てる。

よくよく周り見たらさ、比べるのがドットの画面だから確証は持てないけど、さっき戦ってたはずの魔王の玉座の間にそっくりでさ。


でも戦闘の跡もないし主人公も魔王も居ない。何だこれって思ってたら、またそいつが言ったんだ。ていうか語り始めた。


魔王陛下━━貴方様、まあ俺だな、が長い眠りからやっと目覚めた。これを機に人間領に侵略を開始したいと思う。

魔族は奮起している。全てを貴方様、魔王陛下の手に!

小賢しい勇者も覚醒し、今力を溜めているらしい。これから場所を探しだし、その力を殺ぎに参ろうと思います。跪いたそいつ、ケンガがすげえ熱く話しててさ。


「そっか、頑張ってね」


何となくそう言ったら、感極まったみたいに御意に、なんて返されちゃって。


日頃の社畜生活に疲れてこんな夢見ちゃってんだろうな、俺。まさか魔王になるとは思わなかったけどさ、上げ膳据え膳でどんどんストレスが無くなってくのが目に見えて分かってさ。顔色も良くなったし減ってた体重も少し戻ってきたんだ。


明晰夢ってやつなのかな。可愛いお姉ちゃんが居ないのは残念だけど、最高権力者って凄い気持ち良いよな。仕事行かなくて良いなら、このまま目を覚ましたくないななんて思ってたとこ。














「で、勇者がお前、千夏って感じ?」


語り終わったこうちゃんがへらへら笑いながらフルーツ盛り合わせに手を伸ばす。

半分になった葡萄が籠から軸の部分を覗かせている。

のんびりしたその声に、顔に、胸からふつふつと沸き上がるものを感じた。

これは多分、怒りだった。

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