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ブレ伝世界、六日目。

とうとう六日目の朝が来た。明日が最終日。この部屋で寝るのはもう今日だけになった。

今晩も月を見に連れて行って貰うと約束はしたから、それを励みに頑張ろうと私は拳を握り締めた。

今日も廊下はばたばたしている。まだ朝の鐘は鳴っていない。


『チナツさん。予定通りに』


頭に響いた勇者の証の声に頷いて、私はサンダルに足を入れた。弛みがないように念入りに紐を縛る。これから走り回るのだから、転ばないように気を付けなくてはならない。


昨夜、夢の中の訓練は早めに切り上げられた。何かと思えば畏まった声でお話がありますと告げられて、思わず正座でそれを促す。


『明日、いえ、もう今日ですね。今日、再び勇者の仲間たち三人を向かわせます』

「向かわせるって、この城に?」

『ええ。時間が残り少ないことから、わたしが彼らに干渉するのを神に許可していただきました』


融通利くんだ。意外に思いながら続きを待つ。神様とかそういうものって、しきたりとか決まりごとにはうるさいイメージがあった。きっちり守るというか、頑固というか。思っていたより柔軟性があるようだ。それほど危険な状況という事なのかもしれないけれど。


『今日は人間領の兵士たちを引き連れてきて貰います。時間が無いためにどれほどの数になるかは分かりませんが、出来る限りの数を』

「え、それで、魔王を倒すの?」

『それは不可能です』


ばっさり切った勇者の証が一呼吸置いた。何回言わせるんだ、と思っているのかもしれない。だって、私より絶対兵士の人たちとか、ユウマの仲間たちの方が強いはずなのに。


『魔王を倒すまでは行きませんが、昨日より時間は稼げるはずです。時間が掛かれば四天王もそちらに向かうでしょう。チナツさんはその隙に、玉座の間に侵入して下さい』


そうして一撃を。

そう言われた途端に景色に色が付き始める。サンドバッグと私と証、それ以外は真っ白だった風景が見る間に鮮やかな色に染まっていった。

これは、魔王城内部の光景?


『チナツさんは玉座の間の場所をご存知ないでしょうから、今これで案内をします。手薄になるとは言え魔王の元に向かうのですから、ゆっくりしていては捕まってしまうかも知れません。道を覚えて一気に駆け抜けて下さい。向かう際わたしも案内は致しますが、事前に覚えていた方がスムーズでしょうから』


つらつらと語る声に合わせて、景色がどんどん進んでいく。私の部屋から廊下に出て、それから右に、角を曲がって真っ直ぐ、階段、左、真っ直ぐ…

それから目が覚めるまで何度も何度も叩き込まれる。テスト前に居て欲しいな、と朦朧とする頭で考えた。夢の中で気絶したらさぞかし気持ちが良さそうだ。


そうして勇者の証の及第点に達した頃に、タイミングを見透かしたかのようにぱちりと目が覚めたのだ。隣からは今日も話し声。何を話しているんだろう、と何となく耳を澄ませていると、コンコンと壁が叩かれた。


「チナツ。起きてるか?」

「うん、さっき起きたとこ」

「早いな、うるさかったか。…悪いが、今日もトラブルが起きている。飯持ってくから開けて良いか」

「うん」


昨日よりうるさい廊下を気にしながら、ハヤテがトレーを持ってきた。二食分並んでいて、昨日とすっかり一緒だ。


「今日も早いけど、もう行くから。ミノタウロスはもう少しで来るはずだから、部屋は出るなよ」

「出られないでしょ」


笑って廊下側を見る。ただの壁だ。普通の人間でしかない私に、そこを突破する事は出来ない。それはハヤテも分かっているはずで、だから昨日もミノタウロスが現れるまで少し時間があったけれど私は大人しく座って待っていた。


「…そうだな。じゃあ、後でな」


今日も、頭をぐりぐりと撫でてハヤテは仕事へと向かった。

頑張ってとか、怪我しないでねとか、掛けたい言葉は山ほどある。でもそれは、「この世界の普通の人間」が「魔族のハヤテ」に対して放つのに適切な物ではない。人間が魔族を応援するなんて馬鹿げた真似はきっと、しない。そもそもハヤテは私に何の説明もしてくれないから、何を頑張れって? と訊かれたら私はそれに答えられない。

人間たちが再度魔王城に攻めて来るから、なんて勇者の証を通して知らされたそれを言ったらきっと、やっぱりお前は何か隠してるんじゃないかと私はケンガに引き渡されるかもしれない。ここでゲームオーバーを迎える訳にはいかないのだ。


だから今日も、素知らぬ振りで行ってらっしゃいとしか言えない。













「ここを左、あとは…」


開けておいた窓の外、正門の辺りからわあわあと騒ぎが広がりだした。ゴジョウの名乗りを上げる声と、声変わりもまだしていないだろう少年の詠唱の声が聞こえる。きっとモルトの声だ。

叫び声、金属のぶつかり合う音。耳に覚えがある、剣を持って戦いあっているのだろう。前に聞いたのは訓練だったけれどこれはまごうことなき実戦だ。

逸る私を勇者の証が止める。もう少し。焦れた頃、応援を! と言う声が聞こえた。少し経って、ごうごうとうねる風の叫びが聞こえる。


きっとハヤテが参戦したのだ。大声で怒鳴っているのは多分人間たちの方、ハヤテの声は私の元まで届かない。大声出すキャラじゃないもんな。こんな時なのに、少しだけ笑ってしまう。ちょっとだけ、聞きたかったな。

低い声は、静かに話すくせによく通る。それも幹部の必須事項だったりするのかな、いちいち怒鳴るように話す上司なんてちょっと嫌だもんね。


『風の四天王に続いて、炎も向かったようです。地は城に居ないようなので残るは水だけですが、こちらも指示を出す為に魔王からは離れているようですね。チナツさん、今がチャンスです』

「…分かった」


壁に近付く。打ち合わせ通りに扉の現れる辺りに手を置くと、青い光が私の手から放出され始めた。広がったそれは見る間に集結して、ばん、と爆発音が響く。咄嗟に目を閉じた。


「…凄いね」

『急いで下さい。一気に行きますよ』


目を開けた時には壁は無惨な姿になっていた。瓦礫がぱらぱらと降り注いでいる。

跨いでそこを潜り抜けて、左右を確認した。うまく外の騒ぎに紛れたようで、飛び出してくる者はいない。

幾ら機会をくれたって、私部屋から出られないよ。そう訊いた時、勇者の証はあっさりとわたしが何とかしますと言ってのけた。チナツさんは風の四天王に怪しまれないようにだけしておいて下さいと言われたけれど、まさかこんな力業が可能だったとは思わなかった。ハヤテごめん、壁に穴開けちゃった。走りながらこっそりと謝る。


『そこを直進して、階段を昇って下さい』

「分かってる!」


見せられたシミュレーション通りに駆け上がる。貫頭衣がばたばたと裾をはためかせた。戦闘には邪魔ではないか、少しそう思ったけれど、これを着ていれば勇気が湧くんじゃないかと何とも乙女な事を考えて、今日もそれに袖を通してしまった。

私は元の世界に戻りたいだけ。その為には魔王を倒さなければならない。この世界を救わなければならない。

この世界に住む人々を、救わなければならない。

この世界に住むハヤテを、救わなければならない。


だから、ハヤテ。フル装備で借りちゃった。汚したらごめんね。

貫頭衣の下はハヤテに借りっぱなしの寝間着がちらりと覗いていて、我ながらなんてちぐはぐな格好なんだろうと鏡で見た時に笑ってしまった。

何度か洗ったから、あのハヤテの甘くてスパイシーな匂いは取れてしまった。芳香剤なのか香水なのか、未だにその正体は聞けていないけれど、無事に終わったら教えてもらおう。


ダサくて地味な下着に寝間着を身に纏い、妙な紋様の入った貫頭衣を被ってグラディエーターサンダルを履いた勇者の代わりが魔王の玉座の間を目指す。最終決戦には程遠い装備で、何故自分が選ばれたのかも分からない、何の力も持ち得ないただの女子高生こと私が魔王城をひた走った。


『チナツさん。ここです』


勇者の証の声に足を止める。

豪華な城内に於いて一際豪華な大きな扉が、来る者を拒むかのようにその口を閉ざしてそこに鎮座していた。

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