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ブレ伝世界、三日目、夜。と夢の中。

午後は結局部屋から出ずに、またミノタウロスに筋トレを教えて貰って過ごした。ちょっぴり嫌そうな顔をしていたように見えたけれど、きっと気のせいだ。私は牛の表情を読めるほど動物に精通していない。

昨日のようにいきなり無理をしてはまたハヤテに馬鹿にされると思った私は、多少抑えながら筋トレを行った。とは言え筋肉痛が影響してそこまで頑張れない。程々に、程々に。


今日は何も頼んでいなかったお陰かハヤテは夕の鐘からさほど待たずに帰って来て、やっぱりミノタウロスはホッとしたように入れ替わりに部屋から出ていった。

お疲れ、また明日よろしくね。


「今日は城の中歩いたよ」


かちゃかちゃとフォークを動かしながら、行儀が悪くない程度にハヤテに話し掛ける。ミノタウロスとは会話が出来るようで出来ないので、ちゃんと聞き取れる返事が戻ってくる会話というのはやはり良い。


「何かあったか」

「カエンだったかな。四天王っぽい人に会った」

「…何かされたか?」

「…自己紹介?」


思い返してもやっぱり何をしに来たのか分からない。された事と言えば髪を引っ張られた事と、名前を名乗られた位だ。

不審者が居たから警戒してたのかもね。もぐもぐとパスタ━━私の知識ではパスタに見える何か━━を飲み込みながらそう言うと、そうか、とハヤテも何だか分からない塊を口に運んでいた。


「あとは、ハヤテを見たよ。教育風景? 何か凄かったね」

「…凄くはねえだろ」

「私、ああいうの見たことないから」


剣道部が打ち合っているのが一番近いかなとは思ったけれど、命が懸かっている訓練と学校の部活動ではやっぱり、迫力というか何かが違う。

ああして鍛えて、彼らは戦場に出るのだ。経験値としてしか考えた事のなかった敵たちは、一人一人命を持って勇者に立ちはだかっていた。


「みんな、家族とか居るんだろうねえ」

「そりゃそうだろ」


あっさり返したハヤテは手酌でグラスに液体を注いだ。毎晩飲んでいるのだろうか、いつどこで買っているんだろう。


「ハヤテってそれ、お酒とか服とかさあ、どこで買ってるの」

「何だよ急に。…別に、城下町とか、その辺だよ。酒は城の厨房から分けてもらう事もあるけど」


こいつこっそり拝借してるな。何だか言いづらそうなその言葉に、嘘がつけなそうだと少し笑う。


「私も服欲しい」

「あるだろ、昨日買ってやった立派なその服が」

「あるけど。何て言うか、その」


下着。

聞こえるか聞こえないか位の微妙な大きさで言ったそれは、魔族イヤーにきっちりと拾われてしまったようで、ああ…と何とも言えない顔で返されてしまった。

毎日洗ってはいるけれど、いい加減疲れてきた。洗い替え用にせめてもう一枚、下着が欲しい。


「…それは俺は買えない」

「さすがに頼まないよ!」


買ってきてくれと頼むのも恥ずかしいし、いざ買ってきて貰ったとしてそれを着用するのも恥ずかしい。

本気で口に出したというより、あったら良いのになあ、位の気持ちで呟いたそれはハヤテに渋い顔をさせてしまった。

大丈夫、私この一枚で何とかするから。そう言おうとした時、ハヤテはそっとグラスを置いた。


「明日、ケンガが昼前から辺境に行く予定なんだが」

「そうなの?」

「転移に耐えられるなら、街に連れて行ってやろうか」


ケンガが居なければ多分街に下りてもバレないだろう。あっけらかんとそう告げられ、まだ大して噛んでもいなかったパスタをごきゅりと飲み込んだ。

街に行けるのなら嬉しい。嬉しいけれど、転移と言ったか?


「転移って」


失敗すればバラバラになるとか言っていなかったか。城から出られてもパーツだけとか、行ってきますが最後の言葉になったとか、私嫌なんですけど。


「私出来るの? それ」

「まあ、何とかなるんじゃないか」


ハヤテがじっと私を見る。何だろう、胸がざわついてきて気持ちが悪い。不安と言うか、不快な感じだ。静電気みたいにぴりぴりした感触が胸元を這う。

ハヤテが目を逸らした途端にそれは霧散した。…何か、魔法を使われていた?


「そんなあっさり…」

「竜では目立つから行けない。行くなら転移で行くしかないぞ。嫌なら無理に行く必要はない」


フォークをかちゃりと置いて、ハヤテが口を拭った。ご馳走さまなのだろう。会話に夢中になる余り私の進みはいまいちで、慌ててフォークに麺を巻き付ける。


「行く。行きたい。…でも、お金ない」

「今更気にするな」


ふっと笑ってハヤテが頬杖をついた。連れてってくれるの、そう言うと、だからそう言ってると目を細めて返される。

飲み込みながらありがとうと返すと、やっぱり優しい声でどういたしましてと降ってきて、何だかパスタの味が分からないまま私も食事を終えた。












『魔法の素養がない者が転移魔法に手を出すと、体が移動に耐えきれずに千切れる事がままあります』


落ち着いた綺麗な声で言われた内容はグロテスクで、私は思わずサンドバッグを叩く手を止めた。我ながら顔がひきつっているのがよく分かる。


「それ、…それ、私、大丈夫なの?」

『チナツさんは勇者ユウマを依り代としているので、素養としてはないことはありません。あなたの中に勇者ユウマは居りますから』

「…本当? 私もユウマの魔法、使えるの?」

『チナツさんと勇者ユウマがイコールという訳ではありません。勇者ユウマは今、言ってしまえばあなたの臓器のようなもの。チナツさんは臓器を意のままに操る事が出来ますか?』

「…無理だねえ」


真っ白い空間に、私と勇者の証の声だけが響く。少し休憩にしましょうか、そう言われて私はその場に座り込んだ。


「体の中にはあるけど、私は魔法は使えないのかあ」

『そうなります』

「…そういえば、四天王のさ。ケンガに触られた時も、今日ハヤテに見られた時も。何かぴりぴりしたんだけどあれ何だろう」

『探られたのでしょう』


見上げた青い光は上下に揺蕩ってして、見ていると何だか眠くなる。そもそもここはもう夢の中だけれど。夢の中でまた寝たら、どうなるのだろうか。


『探知の魔法がございます。あなたが何者なのか、レベルはどれ程なのか、魔法は使えるのか、魔力があるのか。そう言ったものを探られたのでしょう』

「じゃあ、私がレベルも何もないのとか、ユウマが中に居るのとか、バレバレなの?」

『いいえ。あなたはこの世界の人間ではありませんので、あなた自身を魔法で探る事は出来ません。探られるとすればチナツさんの中にいるわたしや勇者ユウマの存在ですが、こちらはわたしの力で以て厳重に隠れさせて貰っています。何かあるのは気付かれるでしょうが、勇者そのものだとは認識出来ないはずです』


ふうん。

腰を上げて、サンドバッグをぼす、と叩く。

段々さまになってきたように思う。自画自賛ではあるけれど、きっとそういう思い込みって大事だ。


『さあ、頑張りましょう。時間は待ってはくれないのですから』


はあい、返事をして蹴りを浴びせた。チナツさんは腕より足の方が良いかもしれませんね、そう言われて何度も何度も足をぶつける。

サンドバッグを叩いて蹴って、柔軟して、少し休んでまたサンドバッグの前に立つ。

音が良くなって来ましたね。嬉しそうに言った青い光は、ではレベルを上げましょうかとサンドバッグを引き下げた。


「…何するの?」

『対象を動かしましょう。魔王がじっとして待ってくれているとは限りませんから』


次の瞬間現れたのは同じサンドバッグで、でも違う、…うねうねと跳ねて動き回っている。これは、気持ち悪い!


『チナツさん、頑張りましょうね』


早く帰りたい一心で、私は涙目になりながら動く袋に狙いを定めた。

明日はお出かけ。明日はお出かけ! だから頑張る!

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