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ブレ伝世界、三日目2。

何度か振り返ったけれどやっぱり追い掛けてくる様子はなく、速度を落として息を整えた。


「来てない、よね」


しばらく歩くこともままならなさそうだ。壁に手を着いて荒く呼吸する私の背中を、ミノタウロスが擦ってくれた。優しい。

ばくばくとうるさかった心臓が段々落ち着いてきて、そろそろ行こうかと背筋を伸ばした。


怪しい行動を取るつもりはない。体は鍛えたいし、でもずっと部屋に居るのは嫌だし。新鮮な空気を吸いながらちょっと走ってみようかなと健康的な事を考えたのに、四天王に邪魔されてあっという間に追い出されてしまった。


「あ。あー…」


貫頭衣を忘れてしまった。別に気に入っている訳ではない。訳ではないけれど、置いていく訳にもいかないだろう。

ミノタウロスを盾にするように先に行かせて、そうっと来た道を戻った。恐る恐る覗いた中庭には誰も居らず、どんよりとした空気が漂っていた。

あいつ何しに来たんだろう。通り掛かったら見慣れない人間が居たからちょっかいだしに来ただけ?


「さっきの。カエンって」


畳んで置かれたままの貫頭衣を拾い、がばりと被りながらミノタウロスに問い掛ける。


「強いの?」


迷う事なくミノタウロスは頷いた。━━ハヤテより? 訊こうとして、やめた。ハヤテが四天王最弱なのはきっと周知の事実で、けれど何だか、それを再確認はしたくなかった。


城と言えばメイドとかそんなイメージだけれど、ぶらぶら歩く私たちとすれ違う者はいない。人気のないところをリクエストしたせいか、ミノタウロスがそういう場所を選んで先導してくれているのかもしれない。

ケンガの執務室や取調室、ハヤテの部屋なんかがあるのは、今日降りた階段から察するに恐らく五階で、今居るこの場所は一階。マップもなく一人で歩かされたらものの数分で迷ってしまいそうだ。知らないマンモス校に潜入したらきっとこんな気持ちになる。そんな機会は一生訪れないだろうけれど。


窓から外の様子を窺う。話し声の一つも聞こえない。歩けども歩けども廊下の端には行き着かなくて、ちゃんとどこかに繋がっているのかと不安を覚えてきた。


「どこに向かってるの?」

「ぶもう?」


何のこと? と言うようにミノタウロスが首を傾げた。どうやら目的もなしに歩いていたらしい、脱力する。

まあ良い。散歩だ散歩。気を取り直して足を進めると、微かにワアア、と遠くから声が聞こえてきた。

歓声だろうか。何か起きている?


「今のは何の声?」


訊かれたミノタウロスは瞬時にファイティングポーズを取った。喧嘩だろうか。城で?

行ってみよう、覗くだけ。声の方を指で示すと、ミノタウロスは頷いてまたかっぽかっぽと歩き始めた。














ここから覗け、とミノタウロスが窓を指差す。

歩く程に歓声の大きさは増して、その中に金属のぶつかる音も混ざっているのが聞こえ始めた。

時折静かになって、またわあわあと一斉に騒ぎだす。喧嘩にしては妙に統率の取れたそれに疑問を覚えた頃に騒ぎの傍に到着した。

そっと顔を出すと、さっきの中庭とは違う、開けた明るい広場が見える。大勢居るのは様々な種族で、今私の隣に居るミノタウロスも、私の腰ほどしか身長がない髭だらけの何かも、全身毛むくじゃらの何かも。皆二人ずつ向かい合って武器を構えていた。


「始め!」


集団から少し離れたところから男が声を出し、それに合わせて皆気合いを入れながら武器をぶつけ合っている。剣だったり斧だったり、得意な得物はそれぞれ違うのだろう。組み合った相手はみんな体格や武器がバラバラで、やめ、の声が掛かるとまた相手を変えて組み合っている。


「…ハヤテだ」


監督しているのはハヤテだった。防御がうまくいかずに怪我をしてしまった者を下がらせて、残った者でまた闘わせる。

ぴりぴりした顔で見渡していて、一人一人見ては何事か話し掛けている。表情から怒っているのかと思ったけれど、アドバイスだったのか言われた者は奮起して相手にぶつかっていくようだった。


一旦休憩だ、とハヤテが叫ぶ。集団はハヤテにぺこぺこと頭を下げて、口々に何か言い合っている。ハヤテは少し笑ってそれに答えて、何だか和気藹々とした訓練のようだった。

武器の扱い方を教えているのか、内容までは聞こえないけれどハヤテは休憩の間も休まず動き続けている。


気付かれないように気を付けて窓から離れた私は、部屋に戻ろうと声を掛けた。もう良いのかと言うようにミノタウロスが見てきたけれど、頷いて踵を返す。


魔王軍は着々と戦闘準備をしている。いつ勇者が現れても良いように、魔王を守れるように。

その勇者が消えてしまっているのを知っているのは私だけで、どこに隠れているのかと疑ってはいるようだけれど、まさかこんな小娘に吸収されたようなものだと思ってもいないだろう。

各々持った武器で腕を磨いている魔族達に立ち向かわなくてはならないのは、私一人。

魔王だけ倒して、それで済むならばそれで良い。けれど、もしそれがうまくいかなかったら? 私は、ああして鍛えている魔族たち全てを倒さなければならないのだろうか?


このところのサンドバッグへの殴打のせいで腕や足は筋肉痛で、体がだるい。こんなもので勝てるのか。握った拳は大きくもない、年相応の普通の十代女子のそれだ。

筋力もなければ武術の心得もない、魔法は勿論使えない。━━勇者の証は何を以て私を選んだの?

その疑問に答えるように、頭の中に声が響いた。


『━━チナツさん』

「!!」


驚いて立ち止まった私を心配するようにミノタウロスが見下ろしてきて、ぶんぶんと首を振る。あなたにしか聞こえていません。また響いた声に、何事もない振りを装って帰りを促した。


(何で、起きてるのに聞こえるの? 夢の中でしか話せないと思ってた)

『あなたが魔王を倒すべく鍛練を積んでいるのに感銘を受けた神が、回路を繋げてくれました』


ついでに必殺技でも授けてくれたら良いのに。そう思ったそれには答えずに、勇者の証は更に続けた。


『魔王軍全員を倒す必要はありません。あなたがすべきは、魔王一人を倒すこと』

(でも、私に出来るの)

『一撃で構いません。魔王にただ一度、攻撃を与えていただければそれで良いのです。それで全てが終わります。あなた自身が思う、一番強い攻撃を』


他でもないあなた自身が。

いやに静かになった私を何度もミノタウロスが確認してくる。大丈夫、と口に出して階段を昇る。


『魔王は玉座の間に居ます。そこから動くことはないようです。夢の中で行う鍛練は、対峙した時に躊躇わずに体を動かす為のもの。だからあまり心配せずに立ち向かって下さい』


そう言われても心配は尽きない。そもそも玉座の間がどこにあるのかも分からないし、ハヤテやミノタウロスに訊いたら怪しまれるだろう。その上部屋を見付けたところで、見張りや何かが居てきっと簡単には魔王に近付く事は叶わないはずだ。どんな存在なのか知らないけれど魔王軍の象徴で、彼らのヒエラルキーの頂点に立つ者なのだから。

そう問えば、何とかしてみせます、の声を最後に勇者の証はまた沈黙してしまった。神がどんなものなのか知らないがその神とやらと交渉を始めたのか、勇者の証そのものの力でどうにかしてくれるのか。


戻ってきた部屋の扉をミノタウロスが開けてくれて、私はソファーに雪崩れ込んだ。

ただちょっと歩こうと、あわよくば運動しようと思っただけなのに、何だか妙に疲れてしまった。

何だかミノタウロス祭りが続いてしまった

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