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ブレ伝世界、二日目2。

このゲームの世界に来て二日目となった今日は、結局一日中部屋の主となって過ごした。空間とやらからちゃちゃっと靴を出して持ってきてくれるだろうといった読みは外れて、ハヤテはなかなか姿を見せなかったのだ。

午前中の筋トレで疲れてしまった私は、午後はミノタウロスと二人でみかんの早剥き対決をして時間を潰した。サンドバッグを作ったら精神面を心配されそうな気もしたし、あらゆる面で「こいつ危ないな」と思われるリスクを避けたとも言う。

みかんの早剥き対決は私の圧勝に終わった。ミノタウロスの接待などではなく、細かい動きは苦手なのか彼はとにかくみかんジュースを生成してしまっていたので、もったいなかった為に二つ目でストップをかけたのだ。


魔王城に居ることを忘れそうになるほどに私が寛ぎ始めた頃、ハヤテはやっと隣の部屋に帰ってきたようだった。夕の鐘はとっくに鳴って、みかんを剥くのに集中していた私は気付かなかった。ソファーに座っていたミノタウロスがふと立ち上がったので何かと思っていたら、コンコンとノックされてそれに思い当たる。


「昼ぶり。お帰り。私はよいこにしてました」

「何も訊いてねえよ」


相変わらずかったるそうにそうハヤテが言う。ただいまくらい言ってくれても罰は当たらないと思うのだが。

ごきごきと首を鳴らしたハヤテは、どさりと私に布の袋を放ってきた。

何これ、何か入ってる。


「サイズ合うか」


開けてみると、靴のようなサンダルのような、何となく見覚えのある形状の涼しげな履き物が入っていた。

これはグラディエーターサンダルではないだろうか、随分前に友人の姉が履いていたような気がする。

流行はとうに過ぎ去っているけれど、ファンタジー世界に於いてはスニーカーやパンプスなどよりずっと溶け込めると思う。裸足は論外、そう、それは今の私。


「…ちょっと大きいけど、履けそう」


いそいそと足を入れてみると、残念ながらぴったりフィットとはいかなかった。しかし私のランクは上がったことだろう、履き物! 文化的な生活、万歳!


「あれ、他にも何か入ってるよ」

「ああ、着てみろ」


まさか女物の服を用意してくれたのか。嬉しくなって引き出してみると、思ってもみなかった服が二着ほど入っていた。

嘘だろうハヤテさん、これはないよ。


「…ねえ、これ」

「気に入ったか? フリーサイズだから大丈夫だろう」

「私の知識ではこれ、貫頭衣って名前が付いてるんだけど」

「そうか。素敵な服で良かったな」

「本気で言ってる?」


一応告げたありがとうの言葉が棒読みになってしまったのも仕方がないと思う。

気持ち程度にあしらわれた蔦の装飾は可愛い。可愛いけれど、貫頭衣。私は古代ローマにでもタイムスリップしてしまったのだろうか。それとも私は日本人だし弥生時代とか?

お腹の辺りで結ぶ為だろう、付いていた紐には先端にとんぼ玉のような青いつるつるとした球体がちょこんと結ばれている。なけなしのおしゃれ感が何とも言えない。一体この男はこの服とサンダルをどこで手に入れたのだろうか。


ファンタジーと言えばドレスとか、そういう服じゃないのか。せめてこの目の前の男が着こなしているかっこわらいかっことじ、のようなゴシックな服でも良い。ずっと動きやすいに違いない。もしくはユウマ一行のような冒険者スタイル。何か、なかったのか。


「…言っとくが、そんなもんしか売ってなかったんだよ」

「…え。まさかわざわざ買いに行ってくれたの?」

「わざわざ、ついさっきな」


壁に寄りかかりこちらを見下ろすハヤテ。夕の鐘が鳴ったら戻ると言っていたけれど、遅れた理由はもしかして、私が靴が欲しいと言ったからだったのか。

ついでに服まで見繕ってくれたのだろう。センスは今一つだけど、申し訳ない気持ちが押し寄せてきた。


「…ありがとう」

「おう。お前に似合うようなのはそれしかなかったから、諦めろ」


似合う、のか、貫頭衣が。この男の私のイメージが気になってくる。

見上げた顔は少し困ったような表情で、どういう感情? と首を傾げる。


「…ここは魔王城だろう」

「うん」

「つまりここからすぐ傍にあるのは城下町だ」

「うん」

「住んでいるのは貴族が多い。貴族はドレスをよく着るが、それがお前に似合うとは思えなかった」

「まあ、うん」


着なれないしね。七五三のようになってしまうだろう。


「庶民の服は、背中が開いているものが多い。そっちが良かったのか?」

「え、何で? セクシーが流行してるの?」

「この界隈に住む魔族は八割羽根が生えている。人間のように背中が平坦じゃない。それを出す為に背中ががっぱりだ」

「がっぱり」


それは、着られない。自信が無さすぎる。綺麗なお姉さま方が背中を出して街を闊歩するのを想像したけれど、眼福ではない。老若男女問わずそれなのだ、体型も問わず。


「着たかったか?」

「わたし貫頭衣だーいすき」


早速シャツの上からがばりと被ると、まあ思った通りの着心地であった。地肌に着るものではなさそうだ、サイドが心許ない。


「これで街、歩ける?」

「お前街まで行くつもりか?」


それを着て? という言葉は飲み込んだようだがばっちり伝わってしまった。やっぱりお前、貫頭衣はちょっとって思っているんじゃないか。

あわよくばもっと可愛いデザインのものが良かった。何かこう、山岳民族の若い子のおしゃれ着みたいな。似合う似合わないは別として。

ハヤテが選んだこの服は、山岳民族のおじさんおばさんスタイルみたいだ。どこからどう見ても、地味。


「…まあ、城の中を歩く位にしておけ」

「……はーい」


もう一度ありがとうと告げると、飯持ってくるから、とハヤテは颯爽と部屋に戻ってしまった。話題を変えられたというか誤魔化された気がしないでもない。

とりあえずせっかく新しい服だし、その場でひらりと一回転してみる。はみ出したステテコがあまりにも合わない。ミノタウロスはただ無言でその場に立って、そんな私を見詰めていた。

何か言ってよ。













明日着る服は決まった。すてきなかんとうい。

今朝も回して貰った洗濯機の調子はよく、借りているパジャマも乾いている。これからお風呂に入る時にもう一度洗濯機を回して貰えば、明日の下着もばっちりだ。

あとは布団を丸めて特訓をして、汗を流してから寝たあとにまた特訓を受けるという簡単な作業が残っている。


「簡単とは」


お腹は今日も四天王様のおかげで満腹で、今動いたら気持ち悪くなっちゃうんじゃないかなあ、と逃げる気持ちが湧いてくる。

サボると怖そうだから、少しだけ休憩してからでも良いだろうか。

私の視線の先には、ハヤテから貰ったばかりのサンダルがある。


「…履き心地チェックとか、ほら。ね」


誰に言うでもなく言い訳をする。少しくらい、外に出たい。明日でも良いけれど、一日ここに居た私は部屋から出たいと一度思った瞬間に爆発的にそれが膨れ上がるのを感じた。


外はやっぱり月も星も見えないけれど、夕の鐘が鳴るのが午後五時だとしたら、今は八時くらいだろうか。幹部であるハヤテが仕事を終えて自室に戻るくらいだから、城の中には人もあまり居ない、かもしれない。

出てみたい。


そうっとサンダルに足を入れて、辺りを窺う。人の声も物音もない。行ける気がする。

そうして立ち上がった私は、ふと気付いてまたソファーにお尻を落ち着かせた。


「出られないのでした」


扉がないのがここで効いてくるとは思わなかった。思わず口を尖らせる。母が居たら「なあに子供みたいな顔して」とやんわり注意されるだろうけれど、今は私一人。一人!


「出たいなあ…」


吸い寄せられるように、私はハヤテとの部屋の間、扉にもなる壁をじっと見詰めた。

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