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18/40

ブレ伝世界、一日目、夜4。と夢の中。

汗をかいたとは言え一度シャワーは浴びていたから、今度は短い時間でさっさと済ませた。いわゆる烏の行水だ。石鹸を泡立てるコツも掴めてきて、床に落とす回数も二回に留めた。明日は一回で済ませられそうな気がしてくる。


また借り直した服を着る。やはり酷くごわついたそれに、もし繊細な肌の持ち主だったなら明日辺り荒れていたかもしれないと思いながら袖を通した。

シャワーの前に外していた服の紐を浴室にかけ直す。こちらも二回目だからか、最初よりは少し早く結べたと思う。それでもやはり腕は重くなっていた。


透け感はない、よし、OK。鏡で確認してから私はドアを静かに開けた。


「随分早かったな。ちゃんと洗ったのか」

「洗いましたー」


ソファーにどっかりと座ったハヤテが、一人寛ぎながら上機嫌に笑う。グラスを使うのも面倒になったのか瓶から直接飲んでいるところだった。さほど大きくない瓶だし、そういうものなのかもしれない。

とろんとした目は相変わらずで、今にも寝てしまいそうに見えるけれど私が浴室に向かう前も同じ顔をしていた。酔ってからが長いのだろうか。

テーブルにはさっきまでなかった空瓶が二つ増えていて、私の部屋まで酒臭くするつもりかとげんなりする。


「ほら、座れ。ここ」


靴を脱ぎ捨ててソファーに対して横向きに座ったハヤテが、自分の前を指で示す。少し躊躇っていると、ハヤテは催促するようにソファーをばしばしと叩き始めた。どうやらこの男は酔っ払うと幼くなるのかもしれない。


「うるさい」

「早くしろ」


誘導されてハヤテに背中を向けるように渋々と座る。

ハヤテが何事か呟くと、私の髪がびゅうびゅうと風に吹かれて前に流れてきた。

この男は親切にも、ドライヤーの役を買って出てくれたのだった。

背中を預けるのは少し、不安。何と言っても今日会ったばかりなのだから。

風邪でもひかれたら面倒だからなと待っていてくれたのは有難いのだけれど、何か目的があるのかと疑ってしまう。

まさか、私の体を?

そう思って問い質してみると、心底呆れたような顔をされた。俺はもっと大人が好きだ、そう言って視線を下げてきたのはとてもとても憎たらしかった。

私はまだ成長過程!


「髪、何とかなったんだな」

「え? 聞こえない!」


ほんのり温かい風は勢いが凄い。風に阻まれ、また後ろから声を掛けられても聞き取りにくい。

聞き返した私に返事はなく、ハヤテはそれから髪を乾かすのに集中しているようだった。ただの一人言だったのかもしれない。


「終わったぞ」


その声と同時に風は止んだ。

ボブ程度だから元々そこまで長くないけれど、それにしても早かったと思い自分で髪を撫でる。

固形石鹸で洗っただけにしては軋んでおらず、意外なほど指通りが良かった。

魔法ドライヤーのお陰だろうか、何それ私も欲しい。


「…うわ、本当に乾いてる。ありがとう」

「どういたしまして」


振り向いてお礼を言うと、ハヤテは少しだけ首を傾げながらそう返してきた。

食事の用意をさせて、服も借りて、髪まで乾かして貰って。

これは相当、迷惑をかけているのでは? いやでも私をここに連れてきたのはこの男本人だし。

何を言うべきかぐるぐる考えていた私の頭に触れるものがあった。大きくて暖かい、これは手のひらだ。


「水は一本で足りるか?」

「…多分」

「明日、朝にまた飯を持ってくる。ミノタウロスと食え。俺は仕事に行くから」

「うん」

「それから夕の鐘まではミノタウロスと居ろ。言えば部屋からは出してやるが、ケンガには近付かない方が良いだろう、面倒だ」

「うん」

「夕の鐘が鳴ったら俺の仕事も終わる。それまで、」

「なに?」

「…いや」


見上げたハヤテはそっぽを向くようにテーブルに目を落としていた。ミノタウロスに迷惑かけるなよ、だとか大人しくしていろ、とか続くのかと思ったその続きはなかなか紡がれない。

何を言いかけたの。そう訊こうとした瞬間に頭をかき回されて、私は思わず手を払い除けた。


「ちょっと! またぐちゃぐちゃになっちゃうじゃん!」


慌てて髪に手を伸ばすと、思ったより乱れていなくてほっと指で整える。

言おうと思った文句は口から出ずに飲み込まれて消えた。ハヤテは背もたれに伸びてずいぶんとぐったりして見えて、…まさか寝てないよね?


「ち、ちょっと。起きてる?」

「…あー…」

「飲み過ぎじゃないの? …もしかして、私が髪乾かして貰ったせい?」


疲れちゃった? 思わずハヤテの肩を掴んで揺さぶると、かもなあ、と小さい返事が返ってきた。

本当に、朝見た時とは別人のようだ。これが四天王、これで四天王? 最弱は伊達じゃないみたいだ、お酒一つでここまで駄目になってしまうなんて。


「ご、ごめん…部屋まで運ぶ?」

「どうやって」

「肩くらいなら貸せるよ」


さすがにおんぶも抱っこも無理。そう思って覗き込むと、思いの外しっかりとした目と視線がぶつかる。

酔い潰れた訳ではないようだ。疲れただけなのだろうか。


「そりゃ有難いな。今度頼む」


くすりと笑ったハヤテは、もう一度私の頭をくしゃりと撫でて立ち上がり、よろめく事もなく部屋に戻ってぱたりとドアを閉めた。離れ際にもう寝ろよ、と呟いた声は掠れていて、あの人明日起きられるのかな、ととりとめもない事を考える。


「…早く起きられたら、ノック位してあげようかな」


酔っても用心はやめないようだ。きちんと壁に戻された場所を見て、私は盛大にあくびを一つする。

今なら寝られそうな気がした。













『━━チナツさん』

「っ、うわ、びっくりした」


気付くとまたあの真っ白い空間にいた。先程まで夢を見ていて、随分前に行った遊園地で友人とはしゃいでいたと思ったのに。場面展開が急なところもまた夢感が凄い。

予想通り、私は寝るとここに来られるようだ。ふわふわ浮かぶ青い光を見ながら頷く。


「ねえ、訊きたい事が沢山あるんだけど」

『わたしに答えられる事であれば』

「魔王だよ。魔王の倒し方。私、何も出来ないんだけどどうやって倒せば良いの?」


ぺたりと座ってみる。見上げるのは結構辛い角度だなと思ったけれど、気を利かせたのか光も私に合わせてふよふよと目線位まで下がってきた。


「レベルって私にもあるの?」

『ございます。あなたのレベルはまだ一です』

「…ユウマ、私の中に居るんでしょう? ユウマのレベルは関係ないの?」

『依り代となった勇者ユウマは、あなたの中に居るとも言えますが、今は消滅したとも言えます。あなたにその勇者ユウマのレベルは適応されません』

「…っ、ユウマ、消えちゃったの!?」


驚いて声を荒げた私を宥めるように青い光はその範囲を広げた。

炎のようにちらちらと揺れている。


『世界の歪みが修正されて、チナツさんが元の世界に戻れば依り代の役目を終えた勇者ユウマは存在する事が出来ます』

「ああ、そういう事…私と入れ替わりなんだ」


少し残念に思う。寡黙な勇者、ユウマ。一度はこの目にしてみたかった。


『ですからチナツさんには、是非とも期限内に魔王を倒していただきたいと思っております。勇者の居ない世界は破綻が生じてしまいますから』

「私だって元の世界に戻りたいし、やるつもりではあるけど…何か武器とか、ないの」

『拳で』

「え?」

『あなたにはその拳が、ございます』


あんぐりと口が開く。

拳? 私の?

この白魚のような手が何を出来るって?


『先程鍛練を積まれておりましたね? いたく感激致しました。ですから、わたしは』


ぶおん。光が揺らめいて、次の瞬間私と光のその間に、突如現れたものがあった。

真っ赤な筒状、つやつやのボディ。どこからぶら下がっているのか、ゆらゆら揺れている。━━これは、サンドバッグだ。


『お手伝い致します。さあ、頑張りましょう』


どこかうきうきとした声でそう言われ、顔がひきつったのが分かった。

スポ根展開は望んでない!

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