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ブレ伝世界、一日目、夜2。

廊下に出てもハヤテは私の肩を掴んだままだった。コンパスの違いを大いに感じる、ほぼ小走りになって私は着いていった。


「待って、待って」

「あ? ああ」


話し掛けた瞬間に気付いたのだろう、あっさりと離された手。

ケンガと対峙した事による緊張と、少しばかり走ったせいか動悸はなかなか治まらなかった。運動しよう。密かに思う。


「あの人、何がしたかったの」

「お前を実際に見て確認したかったんだろう。報告書だけじゃ分からない事もあるからな」


あの調書には何を書かれていたのか。一般人のプロフィールを見たって別に面白くないだろう、波瀾万丈な人生を歩んできた訳でなし。いや、異世界から来たなんて凄い経験はしているけれど、それはまだ誰にも話していない。

でも、勇者の証が、ユウマが私の中に居ることが知られているような気はした。何か抱えている、そう言われながら触れられた胸に手を伸ばす。

嘘だろう、私ノーブラじゃん、そういえば。


「飲み直すかー…」


ぼそりとハヤテが呟いた。一瓶開けたくせにまだ飲むの? いやでも、面会に行く前と比べてゆったりした雰囲気。緊張で酔わなかったってやつ? 同じ四天王だろうに。

ノーブラに気付いた瞬間に恥ずかしくなって、気持ち猫背になって歩く。何か着けたい。というか着替えとかあるのだろうか。これから先私はこの寝間着を着続けるのか。罰ゲームにも程があるし、友達の一人も出来ないと思う。


「ねえ、ハヤテ」

「何だ」

「服貸して」


ちょうど到着した、私の部屋だと言われた扉の前。隣にあると言っていたハヤテの私室。

この際趣味が合わなかろうがサイズが合わなかろうが何でも良い。シャワーを浴びて着替えたい。

もじもじとTシャツを引っ張る私に返事をする事なく、ハヤテは私室へと引っ込んで行った。


「ちょ、待って。私これしか服無いの。着替え無いの。ハヤテしか頼れないの!」

「馬鹿、入るな!」


閉まりかけた扉に思わずすがり付いた私に鋭い声が掛かった。しかし時既に遅く、私はその隙間を広げてしまった後で。


「…おお…」


間取りは私の部屋と大差ない。しかし黒っぽい家具やカーテンが置かれて、雰囲気は全く別物だ。

存外片付いた部屋は一点を除いて綺麗なものだった。その一点、例外であるテーブルの周りには上にも下にも無造作に瓶が転がっている。全部中身はお酒だったのだろうか、こいつ相当酒が好きだな。

どことなく甘い香りが漂う。少しスパイシーなのは何だろう。香水か何かだろうか。まさか芳香剤? こんなファンタジー世界に芳香剤あるの?


「…お前なあ」


勝手に人の部屋に入るな。

不機嫌そうにそう言ったハヤテが何かを投げ付けてきた。顔に掛かって前が見えずにもがくと、鼻息のような音が布の向こう側から聞こえる。

こいつ笑ってやがる。


「ちょっと! …あ。服?」


ばさりと落としたそれは、ゆったりした五分丈のシャツとハーフパンツだった。今とあまり変わらない格好、レディースからメンズにレベルアップしただけだ。ベージュのシャツに黒いパンツ、かなり落ち着いた格好になりそう。

さすがに下着は貸してくれないようだ。これは困る。しかしひらひらふりふりのブラとパンツが出てきたらそれはそれで、困る。どんな顔で接すれば良いのだ。


「今着ているのは洗濯しちまえ。明日にはまた着られるだろ。悪いがそれでしばらく済ませてくれ、女物なんて持ってない」


四天王のくせにシンプルな服は、人間領に潜入する時に着るものなのか、それともこれも単に寝間着なのか。

ごわついた布は着心地があまり良くなさそうではあるけれど、贅沢は言えない。


「…ありがと」

「聞こえねえ」

「ありがとっ!」


にやにや笑って私を見下ろすハヤテはやっぱり意地悪な顔をしていた。けれどケンガとは全然違う、温度のある笑顔。からかっているのか、何だか近所のお兄ちゃんみたいな立ち位置に思えてきた。実際部屋は隣だしめちゃめちゃ近所。


「洗濯って部屋で出来るの?」

「…あー。もう一回そっちの部屋に行く」


部屋の入り口、ドアを開け放したそこにもたれ掛かっていたハヤテはだるそうに立ち上がった。

この男、何だか今朝最初に見たときは威圧感たっぷりだったのに、今は何をするにも面倒そうだ。さっさと飲みたいのか寝たいのか、お仕事オフモードになっているのかもしれない。切り替えが凄い。

村で見たとき、禍々しいものを背負っていると感じたあれは何だったのだろう。魔法を使っていたから何か、魔力的なものが漏れ出ていたのだろうか。今は何もない、平凡なお兄ちゃんだ。


「なにで洗うの?」

「見たことないか? これまではどうやって洗ってたんだ、お前」

「せんた……たらい?」

「そりゃお前…レトロだな」


哀れなものを見るように見下ろされ、思わず目を逸らした。これで洗濯板が出てきたら正直困る。使い方が分からない。擦れば良いの?


「ほら、これだ。魔力を流せば動く」

「嘘でしょ」


私の部屋に連れられて入り、洗面所、浴室の手前で示されたのはどう見ても見覚えのあるフォルム。これは、家の物とは違うけれども、縦型の洗濯機だ。

小型でスペースは取らないそれからコンセントは延びていなくて、先程洗面所に来た時には気付かなかった。何か箱があるなとは思ったけど、まさか洗濯機があるなんて。ここがどこだと思ってんの。ゲームの中、異世界だよ。

しかしトイレが綺麗な洋式で水洗だった辺り、もしかするとゲームで描写されていなかっただけで日本と同じような水準の生活が営まれているのかもしれない。


…いや、どうなんだろう? 伝説の勇者の墓があったターニャの居た村。結構原始的な生活をしていた。何というか、自給自足。単純に田舎だったから? そういえばあそこは隔離されている、と言われたような気がする。電気が通らない山奥の村のような感じだろうか。


「魔力ってどうやって流すの。ていうか私、魔力なんて無いよ」


ここに服を入れてこれを押して、そんな風に使い方を説明してくれていたハヤテが怪訝そうに私を見た。

少しばかりの沈黙が落ちて、そうか、と頷かれる。


「風呂入ってくれば。脱いだ服入れて蓋しておいてくれれば俺が動かしておいてやる。干すのは風呂場に自分でやれよ」


いやに親切なその声に、今度は眉をひそめたのは私の方だった。

よくよく思えば今日この男とは出会ったばかりだ。幾ら他に知り合いが皆無とは言え━━知り合いとは言い難いけれど━━、こんなに頼って大丈夫なのか。そもそも、夜に部屋に二人きり、これはありなの?


「何で、ハヤテ、私に優しいの?」


ぱたりと蓋を閉めたハヤテと目が合った。背中を汗が伝って、くすぐったい。


「…お前、本当に髪凄いな。直らないのかこれ」


返事をする事なく、はぐらかすようにハヤテが私の頭を触った。くしゃくしゃとかき回すように撫でられて、余計に絡まったのを感じる。


「やめ、やめて。ちょっと!」

「髪細いのか? この辺鳥の巣みたいになってる」

「あのね! ハヤテのせいだからねこれ!」


暴風に次ぐ暴風を浴びて、私自身見たことがないほど絡まりきった髪の毛はどう足掻こうともほどけなかったのだ。

洗髪すればどうにかなるかも、その思い一つでお風呂に入りたかったのもある。


「何で俺のせいなんだよ」

「風だよ、風が凄かったの! 魔法でどうにかならないの?」


このままどうにもならないで切ることになったらどうしてくれる。ばっさりどころかじょりじょりだ。

ハヤテは無言で私の髪を撫で続ける。ぎしり、引っ張られて思わず頭が傾いた。


「…ふ」


笑ってやがる。泣きたくなってきた。

右に傾きながら見上げたハヤテはにやにやと指先を動かし続けている。髪をほどく魔法、ないのかな。ないかそんなピンポイントな魔法。一体誰が使うと言うのか。


「ハヤテは全然絡んでないね」

「短いからな」


お前も切れば良いのに。あっさりと言われて、思わず目の前の腹部をぼすりと殴った。

四天王ハヤテは村人以下の私の拳に怒った様子もなく、早く入れば、と言って洗面所から出ていった。

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