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ブレ伝世界、一日目、夜。

さっさと食べ終わって名残惜しそうに瓶を逆さにしていたハヤテを横目に、私はゆっくりと食事を進めた。

四天王の一人、ケンガ。まだ私はハヤテのプロフィールしか見ていなかったから、他の四天王の詳しい情報は知らない。属性とか、その性格であるとか。


ハヤテは「優しいのは見た目だけだ」と言っていた。それに該当する四天王は、私が思い立つのは一人しか居ない。

魔王の右腕にして、四天王最強の魔族。立派な角を蓄えた彼は、ぞっとする程の美形で一見物腰穏やかな優しそうな青年だった、と思う。しかし魔族流の価値観が私と違うものだった場合はそれはひっくり返る。

他の二人は何か真っ赤な鬼みたいな奴と、岩のような丸くごつごつした巨体を携えた魔族だった。魔族流の見た目は優しそう、人と同じであるのだろうか。名前を覚えていたのはハヤテだけで、ケンガと言われても一体どれの名前だったか見当も付かない。


嫌だなあ、会いたくないなあ。

このままここに閉じ籠っていても何も進まない。それは分かっているけれど、ハヤテがそこまで嫌そうにする相手なのだ。仲良くしましょう、で終わるとは思えなかった。

気持ちが乗らないから食べる手も遅くなり、このまま食べ終わらなければ行かなくても良いかなあ、と先延ばしにしたい気持ちになってくる。ほら、四天王、忙しいだろうし。しかも予想が当たっていれば魔王の右腕だし。


そんな私の胸中を察したのか、ハヤテは早く食えと急かす事もなく暗くなりつつある窓の外を見上げていた。

こいつ、魔族の割りに空気読めるよね。結構優しいんだろうな。

やっと捕まえたミニトマトを、私はぱくりと口に入れた。













「入りなさい」


やたらに時間をかけて食べ終えると、皿を片す時間も惜しかったのかすぐにハヤテは私の案内を始めた。

食事の間、急げ、早く行くぞとは一言も言われなかった。ただ肉の皿に残ったソースをパンでさらっていた時はドン引きしたような顔はされてしまったけれど。意地汚えな、みたいな表情だった。美味しかったんだもん。

そうして着いた廊下の先の扉は、何だか空気がひんやりしていて重苦しい。ハヤテがノックをすると、待ち構えていたのかすぐに応えが返ってきた。低くてよく通る声。これは、イケボだ。


がちゃりと開いた扉の向こうは、廊下よりもやはり冷えていて、密度の濃い空気が漂っていた。

足を踏み込みづらくて躊躇う。そんな私を一瞥して、ハヤテは先に入って行った。

入りしなに背中をポンと叩かれる。…頑張れよってこと?


「連れてきたぞ。チナツ、入れ。ケンガだ」


振り向いたハヤテの背中越しに、青い瞳と視線がぶつかった。

本棚に囲まれた中央、立派な机には書類が沢山乗っている。それに肘を付いて薄く微笑む、銀色の髪をさらりと伸ばした長髪の男が座っていた。

顔よりも真っ先に目が行くのは、羊のようにとぐろを巻いた重そうな二本の角。

ああ、やっぱり予想が当たった。四天王最強の、魔王の右腕。


「あなたがチナツですか。ふうん…」


にんまりと笑った口元は綺麗な形をしていて、その素敵な声で話さない限りモデルも顔負けな美女にしか見えない。少々肩幅はあるけれど、外国人女性でなおかつがっちりしたタイプですと言えばバレないんじゃないか、私はそんな感想を抱いた。


「親睦は深まったようですね? ハヤテ」

「…仕事だろ」


本人の前でも嫌々来ました感を隠さないハヤテは、ケンガが怖くないのだろうか。

私は、怖い。

ハヤテを初めて見た時も怖かった。しかし比べ物にならない何かがケンガの身体から溢れ出ているようで、軽口を利くなどとんでもない。幾ら飲み物や食べ物を出されようとも、とても口には出来ないような緊張感。

これが四天王最強と最弱の違いなのだろうか。これに比べればずっと親しみやすいハヤテの横に並ぶように、私はそっと足を進めた。


「ええと、…はじめ、まして」

「こんばんは。先程そこのハヤテにご紹介に与りました、四天王が一人ケンガと申します。はじめまして、人間のお嬢さん」


にっこり笑って見えるけれど、これが目が笑っていないという状態か。なまじ綺麗な顔をしているだけに不気味さは拭いきれず、私は頷いてどうにか返事を返した。


「勇者が消えた、それは聞きましたか?」


ゆっくりと立ち上がりながらケンガが私とハヤテに、いや、私に近付いてくる。その優雅な仕草は、見たことがないけれどまるで貴族のそれだった。音一つ立てずにその距離を詰めてくる。

とうとう正面まで来たケンガの顔はずっと上にあって、ハヤテも父や祖父より高そうではあったけれど、こうして囲まれるとまるで自分が幼い子供にでも戻ったような気分になってきた。


「は、い」

「代わりに現れたのがあなた。ふふ、どういうことでしょうね」


そういう属性なのか、いやに白くて冷たい指が私の首をするりと撫でた。髪を後ろに流されて、剥き出しになったそこにピリピリと静電気のような気持ちの悪い感覚が走る。

幽霊に触られたらきっとこういう感じなのかな。動けず、話せもしなくなった私はケンガの机の上をただ見詰めていた。

どことなく見覚えのある紙が机の端、一番上にある。今日ハヤテが書いていた私の調書だろうか。


「分かりま、せん」

「あなたが分からないのなら、他に誰が知っているというのでしょう? 嘘はいけませんよ」


不意に顎を掴まれ、強引に上を向かせられる。

覗き込むようにしていたケンガと目が合った。変わらず笑顔だったけれど今はさっきとは違う、どこか面白そうな目。青い瞳の奥がぎらぎらと煌めいて、 掴まれているから痛いのかその指先の冷たさが増したから痛く感じるのか、段々分からなくなってくる。


「あなたは何か知っているでしょう? ここに何か抱えている」


反対の手が、トンと私の胸元を突く。セクハラだ。言ってやりたいけれどもそんな雰囲気ではない。

ぐいぐいと顔を持ち上げられて、これもう頬っぺた相当潰されてるんじゃないかなと思えてきた。金魚のようになっている気がする、プレッシャーのせいだけではなく物理的にも話す事が出来なくなってきた。


「…おい、あまり追い詰めるなよ。書いただろう。読まなかったか」

「これ位で危機を覚えるとでも? なんと脆弱な生き物だろう」


大袈裟に、呆れた、という風にケンガが手のひらを上に向けてアメリカンなポーズをする。その拍子に解放された私の頬は、ぶるりと一往復してから定位置へと戻った。

擦りながら見上げた先ではハヤテとケンガが向き合っていた。

庇ってくれた、のだろうか。


「こいつは俺の管轄に入っている。俺が保護して見張る、俺の仕事だ。他ならないお前の指示だろう」

「だから傷一つ付けないように守ると? 人間を。ずいぶん命令に忠実な事ですね。それともやはり人間が大好きなのでしょうか」

「俺は、職務に忠実なだけだ。余計な仕事は増やしたくない」


ぶっすりとした声でそう返したハヤテは、私の肩を勢いよく引いた。

結構な勢いだったためによろけた私はたたらを踏んでしまったけれど、それをもろともせずにハヤテは腕一本で支えてみせる。


「面会だけの予定だったろう、もう良いか。こいつに体調を崩されては敵わん。明日に差し支える」

「ではあなたがしっかり守ってみせれば良い。良かったですね、お嬢さん。忠実なナイトが傍にいるなんて」


私を見下ろした目は冷たくて、氷みたいな、夜の海みたいな。飲み込んで全て無かった事にしてしまいそうな、そんな印象を抱かせた。

きっとこの男は容赦をしない。私に潜む勇者の証の気配に気付いていて、一瞬でもそれが表に出てこようものならその瞬間に私を始末してしまうのだろう。

緊張によるものなのか、それともケンガから放たれ続ける冷気によるものなのか。その両方かもしれない、鳥肌が立って震える私の肩にハヤテの手の熱がじんわりと伝わってくる。


「俺はまだ仕事が残っているんだ。この位にしてくれ。チナツ、行くぞ」


有無を言わさずにハヤテが私を引っ張って、部屋を出ようとする。

恐る恐る振り向いたそこには、やはり薄く笑みを浮かべた美丈夫が、幽鬼のように私たちを見送っていたのだった。

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