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ブレ伝世界、一日目、夢の中。

その後は特に何もなかった。食べ終えた食器はどうすれば良いのか訊けば、その辺に置いておけと言われる。今から午後の仕事に向かうんだそうだ。

そうして出て行った二人を見送った。ミノタウロスさんは扉の外での待機らしい。その扉はハヤテの私室に至る扉と同じく、二人が出た後に姿を消してしまった。

これは軟禁ではない、実質監禁である。

用があるならノックすれば外のミノタウロスが開けるからと言われたけれど、初めて訪れた場所の上にトイレやお風呂やベッドもあるこの部屋に捨て置かれた私に、外に何の用事を見出だせと言うのか。


テレビは勿論本もない。見上げてみた窓の景色はどんよりと暗くて、ああ魔界だったな、と妙に納得してしまう。家具は何だか木目調で穏やかな色彩で纏められていたから、うっかり忘れそうになっていた。

まだ昼間なのに空は曇天レベル八十位の暗さで、魔王の影響なのかな、なんて考える。田舎のすっきりとした青空が恋しい。

爪先立ちで下を覗いてみると、意外なほど高さがあった。そういえば、ヘリポートのような場所に降りたってから階段を利用した記憶はない。もっと高い棟があったから屋上という訳ではないのだろうけれど、少なくとも見晴らしのいい眺めなのは確かだ。


豆粒ほどの誰かが沢山地上を行き交っているのが見えて、あれが全部魔族なのかなと考える。ユウマとしてここに訪れていたら、あれを全員相手にしなくてはならなかったのだろうか。きっとユウマは奇襲なんてしない、勇者なのだから。正々堂々と正門から踏み行って、一人ずつ捩じ伏せていくのだろう。


ドットで構成されていたそれを自分の目で見て、認識して。私は怖くなった。

ハヤテは両親が居ると言っていた。きっと全員、そうなのだ。あの紳士なミノタウロスさんも、他の四天王も、ハヤテが倒してきた小さなモンスターも竜も何もかも。

家族が居て、守るべき相手が居て、自分たちの種族のために人間と戦おうとしている。


人間は襲い掛かる魔族たちを敵と認識して、みんな勇者を応援してくれていた。だって、故郷が消されるのも、家族や友人を喪うのも嫌だから。魔王が勇者に勝ってしまえば人間領はきっと奪われ、世界は魔族のものとなってしまうから。


でも、━━何が違うんだろう?


両親が揃って子供が産まれる。子供のために、老いた両親のために奪われてはならないと敵を滅ぼそうと戦う。

魔王ももしかしたら、自分を慕う魔族たちのためにそんな世界を作ろうとしていて。

人間の王様も、そんな魔族に対抗するべく打倒魔王を掲げていて。


嫌だな。


ゲームならば簡単だった。だって道筋があって、魔王を倒せば勇者の勝ち。世界はハッピーエンド、そんな結末が待っていると信じてやっていたのだから。

でも、血の通っているであろう魔族を実際目にして思うのは、これは今の私にとって現実だと言うこと。

実際勇者一行が現れた時、流れる血を見て私は「がんばれがんばれ」なんて呑気に応援出来るのだろうか。転んだりして怪我をした時とは比べ物にならないほど、きっと重い怪我を負う。みんな命を懸けているのだから。


ぶるりと鳥肌が立って、そんな思考を振り払うように私はベッドにダイブした。

もさりと私を受け止めてくれたそれは想像したより柔らかくて、全身で味わうようにそっと目を閉じた。













━━聞こえていますか。


ふと気付くと、私は昨夜と同じ、真っ白いところに居た。

相変わらず何もなくて、目がおかしくなりそうなほどにただただ、白い。

上下の感覚も分からなくなって座り込んだ私に、誰かが話し掛けていた。


「だ、誰?」

『ああ、聞こえていたのですね』


ぼんやりと青い光が目の前に出て来て、ちかちかと存在を主張している。

瞬きする度に増えていくような気がしたけれど、多分これは残像だ。


「夢…?」

『ええ、今は、あなたの夢の中にいます』


何とも殺風景な夢だ。それよりも我ながら寝付きの早さに感心してしまう。いつの間に寝たのだろうか。


『わたしに応えてくれて、ありがとう、勇者よ。時間がありません。魔王を倒せるのはあなただけなのです』


これが明晰夢ってやつかあ。呑気に手を見てグーパーしていた私はそんな声を掛けられて、慌てて立ち上がる。


「待ってよ、勇者って何? 魔王を倒せるのは私だけっ? ユウマは、ユウマはどこに居るの!?」


青い光に掴みかかる勢いで近付いたのに、ふんわりと避けられてしまう。

追いかけっこをする気はないので立ち止まり、光を睨み付けた。


『勇者ユウマは、あなたの中に』

「はあ?」

『あなたしか魔王を倒せるものは居ません。勇者ユウマでは力が足りない。その者を依り代として、あなたをここに喚んだのです』


開いた口が塞がらないとはこの事だ。

ユウマでは力が足りない? だってゲームだよ、これからレベルを上げて、勇者なら無事に倒せるはずなのだ。そうでなければユーザーも納得しないし、幾ら頑張っても倒せない魔王なんてクレームどころの騒ぎではない。こんなにシリーズ化するほど、人気も出なかったはずだ。


『神の━━』

「え?」

『神の用意した道筋から、この世界はずれ始めています』


子供を宥めるように、優しく話し掛けてきていたその声が、雰囲気を変えてぴりっとした声を出す。

真剣味を帯びた声。


『それが顕著なのは、魔王。あの魔王では、どれだけ勇者ユウマが腕を磨こうとも、太刀打ち出来ないでしょう』


まるで天気予報でもするような口調で、ゆっくりとそれは話し始めた。


「神はあなたじゃないの?」

『わたしより上位の存在。わたしはただ、勇者を導くだけ。世界の秩序を守る存在を、魔王の許へ導くだけ』

「…あなたは勇者の証?」

『そう呼ばれております。神から勇者を守り導く力を与えられた宝具。それがわたしです』

「私は、帰れるの?」


ただの夢かもしれない、これが現実なのか分からない。

けれど一番聞きたかったのはその答えで、私はその光の返答を待った。


『時間がないと言いましたね。一番の理由はそこにあります』

「どういうこと?」

『長くても一週間。それ以上この世界に居れば、あなたは帰り道を失ってしまう。一週間以内に何としても魔王を倒して下さい。そうすればわたしは勇者の証としての力でもって、あなたを元の世界に送り届けると約束します』


ここに来て初めて、帰れる可能性を示唆された私はほっとへたりこんでしまった。帰れる!

けれど、魔王? 魔王を倒すのが条件ってこと?


「私に、倒せるの?」

『あなたにしか出来ません。一週間です、どうかその力で━━』


魔王の目を醒まして下さい。


無理だって!

掴もうとした手は空振りして、ぐしゃりと手応えがあってはっと目を覚ました時には、私の手のひらには布団が握り込まれていた。


「嘘でしょー…」


ただの夢である。そう思うのは簡単だ。ゲームの世界に来たのも、今見たものも、全部夢。

けれど私のざわつく胸は、それを否定するようにドクドクと騒ぎ続けていたのだった。


「ユウマが、私の中に…?」


言われてしまえば納得のいく答えだった。勇者の剣を手に入れたあと、進むはずのストーリーがあったのにユウマは消えてしまった。多分その時、私がこの世界に現れたのだ。依り代となったユウマが消えて、私があの村に出現した。

全く実感はないけれど、ユウマの力を使えるのだろうか? …それを察知して、ハヤテは私を警戒していた?


「…出来る訳ないじゃん」


ぼすりと枕を殴り付ける。ユウマが全力で叩いたなら、枕どころかきっとこのベッドを真っ二つに出来てしまうだろう。しかし私の力では、拳の形に凹ませる事が精一杯。

ユウマだって故郷を旅立つ時はぼろとは言え剣を持って旅立った。それに引き換え私の装備ときたら、寝間着一択だ。それで魔王城にいきなり放り込まれて何が出来ると言うのか。


「…あの剣、どこに行ったんだろうね」


伝説の勇者の剣。家の手伝いをほとんどしない、包丁もまともに握った事のない私には扱えないだろうが、それさえあれば勇気も何万倍にもなっただろうに。

ハヤテ、魔王について教えてくれるかな。世界がおかしくなってきてるから、この小娘こと私が勇者の鉄槌で正さねばならないから魔王の弱点を教えてくれ、なんて。


「…無理だろうなあ~…」


四天王だもんな。

見上げた窓の向こうは何だか毒々しさを増していて、魔界の夕焼けかな、と私はぼんやりとそれを眺めた。

この世界に居られるリミットは、あとたったの一週間。

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