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ブレ伝世界、一日目6。

さて、尋問が終わって牛頭と二人きりで過ごしている私だが、ハヤテが退室してからかれこれ三十分が経った。

ここにきて私は一番の敵に襲われてしまった。

尿意だ。

いっぱい泣いて喉が渇いて、その上空腹で与えられたのはパッサパサの焼き菓子。結構大きかったポットの中身をほとんど私一人で空にしてから、どれだけ経っただろう。どれだけも経っていない。そういえば、ターニャの家でもお茶をご馳走になった。

私、今日、トイレ行ってないな。

自覚した途端に急激に汗が噴き出してくる。え、この部屋、トイレあるの?

勢いよく顔を上げた私は、びくりと肩を揺らした牛頭と目が合った。やーいビビってやんの、言っている余裕すらない。


「ああああ、あの、お手洗いはどちらですかっ」


深く座り込んだまま牛頭に問い掛ける。これまでずっと黙っていたのに突然話し掛けられて驚いたのか、そのでかい頭を傾げてみせる。

全然可愛くない。


「お願い、その、トイレ、トイレの場所、教えて下さい」


人が切羽詰まっているのにぽりぽりと長い爪で頬を掻く牛頭。早く教えてよ、血管が沸騰しそうになってくる。このままでは、一大事だ。


「何か話してよっ! 漏れそうなの、危ないの! 今にもヤバいの!!」


涙目になってきた。また泣くのか、私は。しかしこれは泣ける、本当に大変な事態だった。

困ったように、牛頭がやっとその口を開いた。出てきた言葉は、ぶもう、それだけ。

話さないんじゃなくて話せないパターンの魔族だったのか。そりゃそうだ、牛だもの。頭だけだけど。

納得した私は、けれどそれで食い下がる事は出来なかった。もうそこまで迫ってきているのだ、波が。


「トイレ、分かる? お手洗い。便所。ご不浄。バスルーム。何でも良いよ、連れてって! 歩ける内に早く!」


机にかじりつきながら牛頭に吼える。しかし私は、ふと思い出してしまった。

ブレ伝のプレイ中、トイレやお風呂を見たことはあっただろうか?

ぞっとするその考えに行き着いた時、血の気が引くのを感じた。

宿屋にあって然るべき大浴場や、個室ないし共同トイレ。一軒家にもあるはずのその水回り。なかったんじゃないか? …もしかしてこの世界の住人は、その容姿や魔法だけでなく「排泄しない」「汚れないから入浴の必要がない」とか、そこまでファンタジー要素が行き届いていたりする…?


「どうしよう…」


この世界でただ一人、排泄をするのが私だけだったらどうしよう。何だかとても、汚がられそう。

波打ち際のように、寄せては返し、寄せては返し、尿意が主張を強くする。どんどん感覚が狭まってきて、陣痛ってこんな感じかしらとトリップしてみる。

している場合では、ない。


「ないの? ねえ、ないの!?」

「何がだ」


喚く私、宥めようとしてくれていたのか両手を挙げておろおろとする牛頭。

そこに扉が開いて救世主が帰って来た。ハヤテだった。行く前もくたびれていたが、より萎びたように見える。何だこの人一日でだいぶ老けたな。だとすると昨日はもっと若かったのだろうか。


「おおおお帰りなさい! 待ってました! トイレ!!」

「はあ?」

「トイレ! 漏れそうなのお願い、早く連れてって! ないとか言うのっ!?」


私だってまだ十代で、女子高生で、恥じらいだってある。ここが異世界だろうと相手が魔族だろうと、異性に尿意を告げるなんて何のプレイだよと思わないではない。

けれど本当に、それどころではなかったのだ。


「何でそんなになるまで我慢したんだ」


医師のようなセリフをハヤテが吐く。私の膀胱に対して言っているので、全く格好よくはない。


「気付いたら、ふうっ、ねえもう無理、後で怒って、トイレ、トイレが先」


とうとうじっとしても居られなくなり、もう私はくねくねと気色の悪い横揺れを始める。

呆れられようと気味悪がられようと、漏らすよりはよっぽどマシだ。


「…歩けるのか?」

「歩かないと行けないでしょっ! トイレあるのね!?」

「あるだろう、それは」


ハヤテがムッとしたような返事をしてきた。私はファンタジーだから無かったらどうしようと思っていたんだけど、どうやら魔族だから無いんじゃないか的な勘違いをされているようなそんな事は今はどうでもいい! 早くトイレの場所を教えろ!!


「私が、漏らしたら、責任取ってくれるの」


浅く息を繰り返す。深く吸ったら膀胱が押される。少しでも負荷を軽くするためになるべく肩を上げるように呼吸を繰り返した。

ハヤテが私の限界に近い状況をやっと理解したのか、着いてこい、と踵を返す。私はよろよろと壁に凭れながら、その後ろを鴨の親子のように着いていくのだった。













お城に入った経験のない私は、広い施設で一番馴染みのある学校を想像していた。トイレは平等に中央とか、東西に長いとしたらその両端にも二つあるとか、男女別に別れて中に個室が幾らかあって。そういうものを思い浮かべていた。


だから、連れてこられたのがちょっと広いワンルームマンションのような個室であり、ベッドやテーブルを横目に、そっちのドアだ、と示された場所に向かうと洗面台があってドアが二つあって…トイレはばっちり洋式の水洗トイレで。やっと一息ついて落ち着いてからもう一つのドアを開けてみると、予想通りバスルームがお出迎えしてくれて。

そんな空間が信じがたくて、行儀が悪いと知りつつもきょろきょろと見回してしまった。

何この部屋。魔王城ってこんな感じなの?

もしかして廊下にトイレは存在しないのだろうか。だからわざわざこの個室に?

シンプルながらこざっぱりと纏まって落ち着く雰囲気の内装を見て、悪くないじゃん、と思っていた私はふと視線を感じた。

いつの間に座ったのか━━十中八九私がトイレに入っている間だろう━━ハヤテが三人掛けソファーの中央に深く座り込み、どこか険しい顔で私を見ている。

私、何かした?

思い付くのは先程、はちゃめちゃに焦っていた時の言葉使いだ。

相当失礼だったな。

うん、と頷き、ハヤテの右側に位置する一人掛けソファーに近付いた。さすがに、隣はちょっと。


「ええと、トイレまでご案内いただいてありがとうございました。座って良いですか」

「座れ。ここはお前の部屋になった」

「…んっ?」


訊いてもいない事を返されて、思わず勢いよく座ってしまう。尻が痛い、事もなかった。ソファーはふわりと私を受け止めてくれていた。


「お前…チナツ、は、俺の預りになった。何かあれば俺の名前を出せ。そうすれば傷付ける者はいない」

「ちょっと待って、どういう事? 私、まだここに居ないといけないの?」

「さっきも言ったが、勇者の所在が分からない以上、お前をここから出す事は出来ない。そもそもお前、城を出たところで行くところはあるのか?」

「…あー。ええとー…」

「自力で帰るんだぞ」

「そんな!!」


良い感じのところまで来た時のように送って貰う気満々だった私は、驚いて声を荒げてしまった。なんてアフターフォローのなっていない組織なんだろう、勝手に連れてきたくせに!

そもそも勇者の所在が分からないから私を出せないとは何事だ。ユウマが来たら私は解放されるということ? 魔族の思考が読めない。


「魔王城なんて、やだ。怖い」

「…飯は出る。昼寝も散歩も自由だ。妙な真似をしないのならな」


テーブルに頬杖を付きながら、見るからに嫌そうにハヤテがそう言う。

そんなに嫌なら、ここから出してくれれば良いのに。


「三食昼寝付き?」

「そうだ。見張りは付くがな。俺か、ミノタウロスだ」

「ミノタウロスってさっきの牛頭? …魔王軍って、暇なの?」

「…暇ではない」


振り向くと、牛頭がまたさっきの部屋のように扉のところに立っているのが見えた。いつの間に。

衣食住は確保されたようだけど、軟禁に近くない、これ。

異世界から来た、何かに連れてこられただけの私にそこまでする意味はあるのだろうか。

命令だからやるしかない、みたいな顔でげんなりするハヤテを見て、何だか中間管理職の人みたいだなと思った。こいつ、苦労してそう。

トイレの話が長すぎた。

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