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ブレ伝世界、一日目5。

その後は特に弾む会話もなく、ほとんどの質問に知りませーん分かりませーんで返した。

だって知らないものは仕方がない。魔王について何か知っているかとか、勇者の弱点だとか。両者共に会ったこともないのに分かる訳がない。

逆に私からも質問をした。私ここに居る意味ある? 帰してくれない? そんな質問だ。

家まで帰せとは言わない。無理に決まっている。四天王最弱が異世界への繋ぎを持っているならば、それはもう四天王どころか魔王だ。逆にそれの上を行く存在って何よ。私の貧困な想像力ではそれ以上強そうな魔法は思い付かなかった。


この女、本当に何も知らねえな。しばらく話してやっとそれを理解してくれたようで、何だか疲れたようにハヤテは椅子にもたれ掛かって背伸びをした。そんな仕草は本当に人間のようだ。


「お前をここから出す事は出来ない。勇者の存在が不確かな今、一番怪しいのはチナツ、お前だ」


そう言うと今度こそ立ち上がり、ハヤテは出て行ってしまった。何事かを牛頭に囁いて、扉は閉ざされた。

私、私にも指示をちょうだいよ!

またどうしたら良いか分からなくなった私は一人、私と同じく残された牛頭の睫毛を数える作業に入る羽目になった。

牛頭は心なしかぐったりとした表情で、私をただ見張り続けていた。












ハヤテはブーツの踵を鳴らしながら、今作成したばかりの調書を見返していた。

チナツ、人間、女。ゲイル村にて発見、確保。

本人は何も知らないと言い張っている━━


(…疲れた)


首の後ろをかりかりと掻く。すれ違った魔族が表情から何か察したのか、ハヤテ様お疲れ様です、と労ってきて、片手を挙げてそれに返事をした。

今回言われた任務は、勇者の剣を奪い取る、若しくは叩き壊してくること。ただそれだけだった。

勇者以外には扱えないそれは、前回の魔王と勇者との戦いで敗北を喫する事になった一番の原因だった。魔王は魔法耐性に優れ、通常の剣やただの拳では致命傷にはならない。神の加護が施された剣、それだけが脅威であったのだ。

しかしそれの場所は人間たちにより秘められていて、魔王不在の間も探し続けたがとうとう見付けられなかった。


しかし、昨夜。聖なる波動が一瞬、世界を覆った。

今代の勇者があれを手にした。魔族の誰もがそれを理解した。

勇者の剣は魔王にとっての、魔族にとっての脅威となるが、諸刃の剣でもある。その聖気で、手にした勇者の場所が筒抜けにもなる代物でもあるのだ。

だから、手にしてすぐ。まだ勇者が育ちきる前に、その剣を使用不可能にする必要があった。


厄介なのは場所だった。前回の勇者が眠る村。そこは谷や険しい山々に阻まれ、また結界によって守られた村。勇者と共に過ごした大魔法使いが施したとされるそれは、ただの人間には感知出来ないが魔物の認識を歪め、そこに何もないと見せ掛けて侵入を防ぎ村人と墓を守り続けている。

やっと辿り着いた時には夜が明けていて、苛立ち紛れに勇者の墓だったらしき石碑を破壊した。肝心の剣は無く、あれだけ派手に存在を主張していた筈の今代の勇者の気配はどこにもない。

察知して逃げられたのか。そう思って村人の口を割らせようとした時、ハヤテは女━━チナツを見付けた。


震えながらこちらを見る姿は頼りなく、どう見てもただの娘。人間領に幾らでもいる、吹けば飛ぶような一般人。

しかし、目を凝らすでもなく感じ取れたのは、石碑が割れた時に世界に広がったのと同じ聖なる気配だった。それが女の内側から漏れだし、これは危険なものだと本能がハヤテに告げる。


勇者は男だと調べがついているし、多少なりと鍛えてあるはずだ。このところ人間領に潜んでいた魔族たちが手酷くやられたと報告が上がってきていた。剣や魔法を使う男の勇者、拳だけで戦う男の武闘家、人間には扱い難い全体回復魔法も使えるらしい女の僧侶。最近では男の魔法使いも加わったと聞いた。

あのような小娘が、勇者一行に居たとは耳にしていない。そもそもあの気配を放つのは、勇者でないとおかしい。誰もが扱える訳ではない勇者の剣、その気配。

山越えを出来るとも思えない軽装の女は、勇者の剣を隠し持っているようにも見えなかった。━━勇者の変装とも、思えなかった。これまで化けていたにせよ今化けているにせよ、あまりにも情報と違いすぎる。


勇者が見当たらない以上、村を探してもハヤテに出来る事は何もなかった。しかしどうにも怪しい女が居るならば捨て置く訳にもいかない。連れて帰ろうと掴んだ腕は柔く、魔法どころかその身を動かすのが精一杯と思える程度の筋肉しかないようだった。


見慣れないけれども豪華であるとは言い難い、どちらかと言えばみすぼらしい格好の女をつぶさに観察する。

少なくとも一般の、小さな村に住む子供でさえもう少し力強い体つきをしている。その容姿から人間領に潜入する事の多かったハヤテは、女がどんな生活を送っているのか疑問に思い始めた。

王族や貴族か何かか。

問い掛けようと見下ろしたハヤテは衝撃を覚えた。見たことのない顔で泣いている女がいたのだ。

これは貴族などではなさそうだ。瞬時に切り替える。あまりにも汚い泣き顔にそう思った。

構わずに話し掛ければ、更に汚い顔を至近距離で見せ付けられる。人の口って、こんなに開くんだな。感心するほど波打っていた。

ハヤテは脱力し、死んだ目で魔王城の方角を見やった。こんなにも早く着きますようにと願ったのは、初陣以来の事だった。


剣は見付かりませんでした、代わりに怪しい女を連れてきました。

それだけでは魔王の右腕、宰相として魔王に仕えている魔族に小言の一つも食らいそうだったので、女の素性を明らかにしようとハヤテは思い立った。

どうしても口を割らないようなら最終的には聞き出すのが得意な魔族を連れてこようかと思ったが、まずは自分自身で聞き出す事にする。勇者が不在だった為に予定より早く戻ってきたのもあったし、あわよくば手柄を一人占めにしたい。そんな魂胆からだった。


そうして迎えたのは、さっきとは比べ物にならない程の号泣であった。

人間領に潜入した時にも覚えがあるそれ。母親を見失って、辺り構わず泣き喚く幼児と同じ姿。

━━お前、幾つだよ。

至極全うな疑問が頭を駆け巡る。しかし聞いてみれば、気付いた時にはゲイル村にいて、故郷がどこにあるかも分からないと言う。

━━奴隷商に拐われて、魔物に襲われたか何かで逃げ出して、さ迷う内に村に辿り着いたか?

その線が正しいように思えて、急に哀れに見えてくる。少なくともハヤテの両親はまだ健在で、男であり成人しているハヤテは恋しくなる事こそないが会おうと思えばいつでも会える。

体力もなさそうで魔法も使えなさそうなこの娘では、遠く離れた故郷に戻る事は難しいのかもしれない。


そう、魔法だ。

分析の魔法は得意ではないが、号泣して周りの見えていない娘にそっと施してみた。

聖なる気配は確かにそこにあるが、籠に押し込められているような感覚。通常魔法を使える者は、身の内に魔法を使う際のエネルギー、魔力が血管の如く張り巡らされていつでも使用出来るようになっている。

今の娘は、本人が言うとおり確かに「娘自身の意思では魔法を使えない」という状態だった。籠を開ける事が出来れば脅威と成りうるだろう。しかし自分に魔法は使えないと言い張るそれは、ちぐはぐな存在だった。そこに勇者の力と同じようなものが眠っているのを、自覚もしていないような。

言葉こそ話せないが忠実な部下で、信頼を置いているミノタウロスと頷きあう。

何でも良いから黙らせよう、うるさい。

アイコンタクトが成立した瞬間だった。


ただの人間にしか見えないチナツはやはり、現時点ではただの人間だった。

本人が知覚していない勇者の力を、こちらが口を滑らせて覚醒させるという事態は避けたい。

危険因子ではあるが、気付いていない以上まだ警戒する程度に留めておくべきだとハヤテは考えを纏めた。

殺してしまうのは簡単だが、その身に危険が迫った時に力に目覚めるという可能性がある。前回の勇者は、死の淵に立つ度に力を増して蘇ったという。同じものであると思っていた方が良いだろう、気配は似通っているのだから。


長い廊下を渡りきり、ハヤテは一つ、二つ。着いた扉にノックをした。

四天王の一人、魔王の右腕。水使いのケンガの執務室だった。

入りなさい、と低い声が返り、ハヤテは一つ覚悟を決めてため息を吐いた。

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