祖父母宅にて。と、自宅での回想。
新連載です。よろしくお願いします!
じーわじーわとセミの声が鳴り響き、負けるものかと山鳩もででっぽででっぽ何かを訴え続けている。
通る車は少しだけ。軽トラか何か、軽いエンジン音が砂利道を鳴らした。風がさわさわと木々を揺らしている。
居間で祖父が見ているテレビの音が遠くに聞こえる。夕方になって涼しくなったらきっとまた畑に行くだろうから、たまには手伝いに付き合おうかな。なんてぼんやりと考える。
「あー…あっつーい…」
私、木戸千夏は自宅から新幹線で二時間ほどの距離にある祖父母宅で、退屈な夏休みを過ごしていた。
やることと言えば宿題とかテレビを見る位。だけど暇をもて余した結果、なんともお利口さんな事に宿題は三日で終わってしまって、テレビと言えばこの家では祖父に優先権がある。…別に、見たいのがあるって言えば譲ってくれるだろうけど、私だって遠慮位はする。
そうして昼間はだらだらと与えられた部屋(畳って気持ち良いよね)で過ごし、夜は電波を探しながらスマホを弄って適当に寝る。
これはそんな、高校生らしいときめきや冒険なんかから程遠かった私に起きた、私の生き方をがらりと変えたたった二週間の間のお話。
異世界召喚された私が四天王最弱の男と出会って色々する話。
「はー!? エアコン壊れたぁ!?」
「そうなのよお。修理してもらおうと思って電話したんだけど、なんだか混んでるみたいで早くても四日後にしか来られないんですって」
汗だくで帰宅した私を出迎えたのは、さして困っていなさそうに見える涼やかな母の声だった。
玄関を開けた途端に期待外れのむわっとした空気が出迎えたために驚いて何事か訊ねると、おっとりと片頬に手を添えて、困ったわねえ、なんてエプロンを外しながら母がそう言ったのだ。
「今日ゆかりちゃんと遊んできたんでしょう? 夕方になるまでもう少し、どこかに付き合ってもらったら?」
「ゆかり、明日から旅行だから準備しなきゃって言って解散したんだもん。もう無理だよー」
鞄を下ろし、洗面所に向かって手を洗う。肘まで洗えば少しさっぱりしたけど、暑いのには変わりがない。どうせまたすぐにべたついて気持ち悪くなってしまうだろう。いっそシャワーを浴びてしまおうか、まだ夕方にもなっていないけれど。
我が家には、父がケチったのか知らないけれどリビングにしかエアコンがない。自室に帰ったってそこにあるのは扇風機と、二階に籠った暑い空気だけ。
いくら夜は少し涼しくなるとは言え、寝るギリギリまでリビングで涼まないととてもじゃないが家には居られない。その生命線のエアコンが壊れてしまったなんて!
「ね~~、お母さあん。エアコン無いとか無理い。修理の人が来るまでホテル住まいでもしない? それか、うちも旅行行こうよ! お父さんは仕事あるから無理だろうけど」
断られると分かってはいたが、無理を承知で母にそう投げ掛ける。案の定、お父さんを置いて行ったら可哀想でしょう、なんてすぐに却下されてしまった。
だって暑いもん、と唇を尖らせながらソファに座り込む。革のそれは張り付いてくるようで、だから母は立ったままなのかとすら思えてくる。
不快不快不快、不快!!
「…ああ、そうだ。そういえばもうすぐお盆ね」
「うん?」
「お盆に入ったらおじいちゃんちに泊まりに行く予定だったでしょう、みんなで。お母さんとお父さんは後から行くから、千夏だけ先に行っておくのはどう? ここよりは涼しいと思うわよ」
名案を閃いた、とぱあっと笑顔を見せた母に、ええ…と少し渋る。
確かに祖父母宅にはお盆に入って父が休みになったら、家族三人連れ立って行く予定だった。母の実家である田舎までは車で数時間。正月にはここより南の父の実家に向かい、お盆にはここより北にある母の実家に行く。それが我が家の約束のようになっていた。
大体どちらも二泊三日で、この夏は来週行くはずだった。まだ十日以上もある。
どちらの祖父母も優しいし、私にとても甘い。けれど一人で行った事はないし、大量のお土産やお小遣いを貰う度に何だか不安になってしまうのだ。年金生活なのに大丈夫なのかしら、なんて。余計なお世話なのだろうけども。
「私一人で行くのー?」
「行きだけよ。帰りはみんなで帰りましょう。それとも他に良い考え、ある? 四日間も我慢出来る?」
「うーん…」
汗が滲んだ顔に髪が張り付き、大変気分が悪い。
今はもうすぐ日が傾く時間、目一杯換気した上でのこの不快指数。日中ならばもっと暑くなる事であろう。明日からの天気予報を思い出す。太陽マークが並んでいたそれにげんなりとしたのは今朝の事だった。晴れたって行楽日和とは程遠い気温。ファンデは流れ落ちるし日焼けもしたくない。幾ら昼間はどこかクーラーの利いた室内で過ごしたって、休まるはずの自宅がこれじゃあ寝ることだって難しいかもしれない。熱中症との戦いだ、冗談じゃなく。
母に返事はせずにグループトークを開く。友人たちは皆バイトや部活、彼氏とのデートに精を出すとの予定を報告していた。
唯一暇だった今日遊んだ友人、ゆかりですらも明日からは家族旅行に赴くとバタバタと帰って行った。必要な物を買いに行くからと誘われたので、暇をもて余した私がホイホイ着いていっただけなのだ。
彼氏もいない、バイトは勿論部活もしていない。友人たちは多忙。残された私は一人ぼっち。…なんて寂しい夏休みなのか! 思わず愕然としてしまった。
「…い、行く! おじいちゃんち!」
慌てて立ち上がりながらそう言った私に、じゃあお父さんに聞いて、そのあとおじいちゃんに電話しておくわね。と母がにこりと笑う。
予定を埋めなければ。そしてこの暑さからも逃れなければ。その一心で田舎行きを決めたその瞬間こそが、思えば全ての始まりだったのだとその時の私は気付かなかったのだった。