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Waltz(ワルツ)  作者: 水沢ながる
4/6

4.messenger(使者)

「河村さん」

 声をかけられ、私は顔を上げた。眼鏡をかけた見上げるほど背の高い青年が、こちらに向かってにこにこと笑いかけている。誰だったろう。確かに知っている顔なのだけれど。……私を知っているということは、多分「あのひと」の知り合いなのだろう。

「何でしょう?」

 私は努めて明るく応えた。相手は少し意外そうな反応を見せた。きっと「あのひと」を待っている私が、思いがけず平然としているからだろう。

「大丈夫……ですか?」

「何がです?」

「いえ……気に病んでいないかと心配だったものですから」

「ありがとうございます。でも、ご心配には及びませんわ」

 私は微笑んだ。待ち続けるのは確かに辛いけれど、だからと言って沈んでばかりいるわけには行かない。気丈にしていなければ、「あのひと」にも申し訳ない。

「そうですか? それならいいんですが」

 と、青年はふと何事かに思い当たったように、わずかに目を見開いた。続いて記憶を手繰り寄せるべく、額に手を当てる。

「……つかぬことをお訊きしますが、河村さん。あなたの下のお名前は何でしたっけ?」

 最近物忘れがひどくて、と青年は付け加え、あはは、と笑った。つられて私も少しだけ笑った。相手の名前を忘れていることに関しては、私も他人のことは言えない。

「私は──」

 私は、私自身の名前を口にした。

「──小夜子(・・・)。河村小夜子です」


     ☆


「よお、戸田。作業進んでっかぁ?」

「なんだよ、てめえまた邪魔しに来たのか?」

「別に邪魔しねえよ。おまえの大事なお仕事中に」

「どうだか」

「いや、マジで頼りにしてんだぜ、俺は。大道具の魔術師、戸田基樹。おまえがいるからうちの芝居は引き立つってもんだ」

「その厨二っぽい二つ名はやめろ。ていうか気色悪ィな。おだてたって何も出ねえぞ」

「別に出してもらおうとは思ってねえよ。ただもーちょい作業スピードアップさせてくれりゃ、なーんも言うことありません」

「結局それか。なんかやたら急かせてねえか?」

「んー……早いうちに済ましときたいことがあってな」

「なんだそりゃ。……ところでおまえ、どうする気だよ」

「何を?」

「河村のことだよ」

「……たは。賢とおんなじことを言ってくれるね、おまえは」

「あったりめーだろ」

「俺は俺にやれることをやるだけさ。そのために今おまえに働いてもらっている」

「あん?」

「ま、うまく行くかどうか判らねえがな」

「……自分で信じてもねえこと言ってんじゃねぇよ」

「──ああ、ここにいたんですね、木野君。探しましたよ」

「あ、あっしー。どうだった?」

「冬季公演の予行演習ってことで借りることが出来ました。それと、これ。『小夜子』という女性について、河村さんのお母さんに色々訊いてみました」

「どーも。──なんかすっかりパシリにしちまったな」

「いえ、いいんですよ。こちらも君のお手並みを拝見したいですから」

「……おい、何の話してんだ?」

「ま、それは後でのお楽しみってことで」


     ☆


 夕方。黄昏時だ。道往く人の姿を見ていると、その中からふいっと「あのひと」が現れそうな気がする。「あのひと」の姿を探してしまう。こんな所にいるわけがないと判っていても。

「もし」

 誰かに呼ばれた気がして、私は振り返った。

 黄昏の薄暮の中からにじみ出るように、黒い服をまとった人物が現れた。闇を切り取ったような黒づくめの人物は、目深に被っていた帽子を上げて顔を見せた。少年のような少女のような、白く整った顔。その人物は私を見て、わずかに微笑んだように見えた。

「河村──小夜子さんですね?」

「はい」

 私は少年──なのだろう、声からすると──に答えた。彼の言葉には不思議な強制力があった。

「あなたに会いたいと言われる方から、ご伝言を承っております」

「伝言……ですか?」

「今夜零時、誰にも知られずご自宅の前でお待ちください。こちらからお迎えに参ります。なお……」

 少年はしばらく言葉を切った。

「あなたの想い出の──ウエディングドレスをご着用ください。それが条件です」

 その言葉は私を驚かせるのに充分だった。ウエディングドレスのことを知っているのは、私の家族と「あのひと」だけだ。それを着て来いということは……。

「それでは、私はこれで」

 黒の少年は再び帽子を目深に被り、宵闇の中へ消えようとする。私は少年を呼び止めた。

「待ってください。……私に会いたいとおっしゃる方は、何処のどなたなのです」

「──それは……今は申し上げられません。ただ、私の伝言を聞くとお判りになるだろう、と」

 そのまま、黒の少年は宵闇の中に紛れて行った。現れた時と同じように、黄昏の中にかき消えるように。私は彼の後ろ姿を探そうとしたが、もはや夜の帳の向こうにその姿を見付けることは出来なかった。

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