1.dress(ドレス)
わたしの曾祖母にもう一人妹がいることを知ったのは、つい最近のことだ。
いわゆる旧家であるわたしの家には、古いものがいくらでもあった。大は建物から、小はこまごました装飾品まで。無論、一番古くて大きいものはわたしにまで連なる「家系」というものであったのだけれど。
余談だが、そういう環境で育ったせいか、わたしは古いものが好きだった。小さい頃から祖父にねだって、よく蔵──そんなものがあるのだ、うちには──の中で、昔から伝わる骨董品などを見せてもらっていたものだ。我ながら、変わった子供ではあったと思う。
「それ」を見つけたのは、やはり蔵の中だった。
蔵と言っても昔からあるものとは違い、十何年か前に新しく建てた倉庫に毛の生えたようなもので、古着など生活の中で不用になった品物が収まっていた。蔵と言うより、物置と言った方が正しいかも知れない。高校で演劇部に所属しているわたしは、ここにある古着の数々をリフォームして舞台衣装に使うことも多かった。その時も、衣装に使えそうな古着を探していた最中だった。
以前からある蔵に比べ、こちらにあるものは遥かに新しいものばかりだが、それでも年月をへた「もの」達はどれも独特の気配を放っている。
──古いものには想いが宿る。
そう教えてくれたのは、誰だったか。
「それ」をわたしが見つけたのではなく、「それ」に宿った想いがわたしを呼んだのかも知れない。
衣装箱の奥にひっそりとしまい込まれていた「それ」は、秘密の匂いをさせてわたしを誘った。つややかな純白のシルク。丹念に編まれたレース。品のいい仕立ては、年月を経てもなおその形を崩してはいない。
それは、一着のウエディングドレスだった。
「あら、そんなものが出て来たのね」
母はおっとりと言った。
「これはね、あなたのひいお祖母様の妹に当たる方のものなの」
「ひいお祖母様の……妹?」
「ええ。小夜子さんと言って、たいそう美しい方だったのだけれどね……」
母は妙に口篭もった言い方をした。
「その方のドレスが、どうしてここに?」
ウエディングドレスは結婚式に着るものだ。これが小夜子という女性のために用意されたものだと言うなら、そのひとは既に何処かへ嫁いでいるはずである。
わたしの問いに、母は悲しげに首を振った。
「嫁げなかったのよ、その方は」
──それは、日本がまだ戦争をしている頃。
曾祖母の妹・小夜子には将来を誓い合った婚約者がいた。道隆というその青年は親同士の決めた許婚だったが、本人達はそういったことを抜きにして愛を育んでいたようだ。美男美女の、傍目から見ても仲睦まじいカップルだったそうである。
結婚を前に、小夜子の母──つまりわたしの高祖母だ──は、彼女にウエディングドレスを贈った。高祖母自身が嫁いで来た時に着ていたものを仕立て直したのだという。小夜子はそれを着て、道隆と結婚式を挙げることを夢見ていた。
だが、時代がそれを許さなかった。
結婚式を間近に控えたある日、道隆に召集礼状が届けられた。せめて戦地へ向かう前に祝言を挙げておこうという声も出たそうだが、彼はそれを断った。
──自分は必ず生きて帰る。
彼は、小夜子と約束したのだ。
──だから、自分が帰るまで待っていて欲しい。
それは、ある意味残酷な約束だった。何故なら……彼は、ついに戻らなかったからだ。
戦死の報が届いても、小夜子は信じなかったという。彼女は道隆を待ちつづけた。このドレスを着る日を夢見て。待っている間に戦況はますます悪化し、広島と長崎に原子爆弾が落とされ、日本が敗戦し──そして、彼女は病に倒れた。
見る見るうちに小夜子は弱って行った。終戦直後ということで、やはり栄養状態が多少悪かったのかも知れないが、わたしにははっきりしたことは判らない。ただ一つ言えるのは、どんなに衰弱しても小夜子は道隆を待つのを止めなかったということだ。最後の最後まで、彼女は許婚を待ちつづけていた。
小夜子が亡くなった時、皆はウエディングドレスも一緒に柩に入れようとした。しかし、高祖母はこれを小夜子の形見として取っておくことを主張した。結局高祖母の言い分が通り、このドレスは衣装箱の奥深く仕舞われることとなったわけである。
「これが小夜子さんと道隆さんよ」
母は古い写真を出して来た。色あせたその写真の中には、軍服を着た凛々しい青年と、まだ少女と言ってもいい若い娘の姿があった。彼女の顔は何処かで見たことがある。何処だったろう?
「あら、やっぱり血がつながってるからかしら。小夜子さん、何となくあなたに似てるわね」
母の言葉でわたしは気付いた。写真の中に見えていたのは、わたし自身の顔だった。