いつかの僕へ
タイムカプセル。
今では未来からの手紙が届くようになったそれは、過度な未来変性を防ぐため検閲を条件に人生でたった一度だけ送ることが出来る。
一五歳になった僕にも遂に一通の手紙が届いた。
どんな内容だろうか。
何年後の僕だろうか。
心を躍らせながら自室へと軽やかに足を進める。
「大した内容は書けないし、来ないかもしれないのよ」
小さい頃、両親は苦笑いをしながらタイムカプセルの話を教えてくれた。
その後すぐ、交通事故で亡くなった両親との最後の会話だった。
今いる児童養護施設の、整っているが無機質な部屋が嫌いだった。
だからこそ固執したのかもしれない。
未来の自分は絶対自分を裏切らないから。
この籠から飛び立った僕はどんな世界を見るのだろうか。
未来の僕はどう生きているのだろうか。
そんな期待をしながら、タイムカプセル管理局の検閲テープを剥がし開封した。
胸がバクバクと高鳴り、手元が少しぶれる。
抑えきれぬ興奮の勢いのまま、僕は手紙を読み始めた。
「十五歳、いつかの僕へ」から始まる手紙は一枚のみで構成されていた。
何歳の頃に書いたかは書かれていない。
拍子抜けするほど短い手紙で、拍子抜けするほど簡潔な内容で、拍子抜けするほど聞き飽きた言葉だった。
僕は未来の僕にも見捨てられてしまったのだろうか。
悲しくて、つらくて、僕は手紙をぐしゃぐしゃに丸めゴミ箱に投げつけ外へと飛び出した。
夕焼け空はもうどこかへ去ってしまって真っ暗な空が続いていた。
それでも街灯は眩しくて、誰かに泣いているのを見られる気がして、遠くを目指してずっと走った。
どれくらい走っただろうか。
どれくらい泣いただろうか。
街の明かりが見えなくなるまで走った。
環境保全のために作られた管理林だろうか。
新月の今日は星明かりしか見えない。
木に寄りかかり、背を預けたまま体は崩れていく。
普段そこまで運動しない僕の足は限界だったのかガクガクを震えている。
そのまま深い深い闇に溶けてしまいたくて、ずっと泣いていた。
そうして一晩中闇の底に居たような気がする。
泣き腫らした目を開くと、僕は病院にいた。
今やすべての人間にGPSチップが埋め込まれており、行方不明になれば即時調査が行われすぐ発見される。
そのことをようやく思い出した僕は自分の行動が急に恥ずかしくなり顔を覆ってしまった。
「うん、健康状態は問題なし。 明日にも帰れるよ」
眼鏡をかけた先生が優しい笑顔でそういってくれた。
「今はすごい時代だよね。 どんな病気でも事前に調べればかかる前に対処できるんだもの」
「そうですよね、ほとんど予防医療なんですよね?」
「うん、そうだよ。 ここ十年でここの手術室を使ったことなんて二桁らしいからね、ほとんどが毒だったり事故だったり」
「そんなに少ないんですか?」
僕は驚きながらそう尋ねると先生は笑顔で答える。
「そうだよ、ここ最近では手術が必要な病気になる人なんてまず出ないから。 そのせいで手術室を軽視する子が若い医師に増えてきているのは考え物だけどね」
「頻度が少ないからって言っても……」
お父さんとお母さんみたいな人には必要な場所だから。
そう思いつつ先生を見ると目を細めた。
「君みたいな子が増えるといいんだけどね」
そういうと先生は僕の頭を軽くポンと叩いた。
「先生、手術特化のお医者さんってなるのは難しいですか?」
「今は逆風が吹いている状態だね。 でも、絶対にいつか認めてもらえるときが来る。 そう僕は思っているよ」
「……先生、お医者さんになるにはどうしたらいいんですか? 手術ができるお医者さんになりたいです」
それから何十年経っただろうか。
必死に努力して、いろんな人の手を借りて、自分の足で欲しい情報を集めて。
僕は医者になった。
はじめは手術専門の医師として穀潰しだの雑用係だの同期からさんざん言われた。
それでも既存のマニュアルの改良をしたり、実際の手術のための訓練は欠かさなかった。
いつか、それが役立つと信じて。
そんな中、災害管理局の計算から大きくずれた大地震が起きた。
手術が出来る医師の不足や、現地での実務ができる医師の不足から僕は現地へと駆り出された。
今、この国で起きる手術の要因といえば事故、毒、出産、そして災害だ。
ここまで大きくなるとは想定外だったけど、僕は災害の時のための対応や周囲への気配りの仕方を過去の災害の記録から学んでいた。
何が足りなくなるか、どのような設備が必要になるか、患者たちは何を不安に思うか。
もちろん全く同じ状況が起きたわけじゃないけど、状況打開をするためにとても役立った。
電力制限された中、セントラルセンターへのアクセスが困難になり病状を正しく判断できなくなった医師たちもいた。
水や食料の問題はなくなっても、家がなくなったことで不安になった子たちのカウンセリングも、答えがないからうまくできた保証もない。
五十年近い年月完璧に計算されつくしていたからだろうか、大人も正気を失ったように錯乱したり精神を病んでしまう人も多かった。
当然、治療が間に合わなかった人も多かった。
それでも、ほぼ毎日僕にできることに全力を出す。
そんな日々は過ぎていき、仮設住宅や水道電気などが整いだしたら被災者たちも、他の医師たちにも余裕が出来てきた。
まともに対応できていたのが僕だけだったからか、頼られることが多くなっていった。
最初は泣いていた子供たちがようやく見せてくれた笑顔がとても眩しくて、頑張った甲斐があったって自分を褒めたくなる。
そして、僕の任務はなんとか終了した。
また穀潰しといわれるような日々に戻るのかと、不謹慎な心を持ってしまった自分に嫌悪感を覚えつつも病院に戻ると人だかりに囲まれる。
何事かと尋ねると今回の災害が原因で僕の仕事の在り方がニュースになったらしく、報道や学会から注目され僕個人の会見を開いてほしいという想定外の事態になった。
でも、これから生まれる手術が出来る医師たちは僕みたいなつらい思いをせず済む。
もしかしてあの時の手紙をくれた僕は知っていたのかもしれない。
今、僕は病院のベッドで優しいけど少し冷たくなってきた秋風を受けながらくしゃくしゃになった紙を手に持って佇んでいる。
余命あと四日。
病気もなく、推定老衰。
完全に管理された体調で人体の限界も完全に計算できる社会。
体はまだいつも通り動くのに本当に後四日で亡くなるのか、その立場になると何度も正しいことを確認してきた僕自身も自信がなくなってくる。
「ダメじゃないですか、窓を開けて風なんて浴びたらすぐに飛んでしまうような状態なのですよ」
「ははは、ごめんなさい。 手紙の内容が思いつかなくて」
「あっ、タイムカプセルですか?」
「はい、僕が貰った手紙を見て僕になんて送ろうかなって。 ふふふ、なんて書こうかなぁ」
僕は笑顔でサイドテーブルに置いている真新しい紙を手に取り、ペンでまずはこう書いた。
「十五歳、いつかの僕へ」