無実の罪で殺された私が他者に憑りつき復讐を果たすまでの回想録
ツイッターの
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で出た結果に刺激を受けて二時間くらいで何とはなしに書いた短編です。
これってジャンルは何になるんでしょうか??
展開に無理があったらごめんなさい。
ハッピーエンドというわけではないですが、まぁ短編ですし、ご容赦ください。
なお、WEB的見栄えは今回無視しています。
何が起こったのか、私はわからなかった。
目を覚ませば、目に飛び込むは見知らぬ天井。どうにか体を起こし周囲を窺うが、やはり、見覚えのない場所だ。まるで座敷牢を思わせる狭くじめっとした小部屋。肌にねっとりと張り付く空気に、私は顔をしかめる。分厚い木材を格子状に組んで作られた扉が、やはり、ここは牢屋ではないだろうかと私に警鐘を鳴らす。
だが、私には官憲に捕らわれる理由がない。まったく思い当たらなかった。そもそも、なぜ私は気を失い、このような場所に連れてこられたのか。
うずく頭の痛みを何とか振り払い、今日の出来事を脳裏に浮かべる。
いつもどおり、街へ行商に行った私は、用を済ませて村へと戻る途中だったはずだ。いつもの街道をいつもの服装で、いつもの荷物を背負い、いつもの歩調を保ちながら、いつも通り歩いていた……はずだった。不意に後頭部に衝撃が走り、眼前にまばゆいばかりの星々が瞬きだしたと思ったら、一気に暗転した。それ以後の記憶はない。どうやら、誰かに背後から襲われたのだろう。
私が物思いにふけっていると、不意に脇からしわがれた声が漏れ聞こえてきた。私は慌てて起き上がり、壁に耳をつける。隣人がいるようだ。
気が付く直前まで私はうめき声をあげていたのか、そのしわがれ声は私の身を案じていた。どうやら好意的なその声に、私は状況を確認すべく、疑問をぶつけた。ここはどこなのか、なぜ私は連れてこられたのか、そして、あなたは何者なのか、と。
声は答えた。ここは「残陽の監獄」だと。
私は背筋にうすら寒いものを感じた。まさか、悪名高い「残陽の監獄」とは……。
この地方に住んでいる人間ならだれもが知る、忌まわしき名。一度入れば二度と出られない、永久の鎖。虜囚の命運は、その名の通り、あとは暮れゆくのみ。すなわち、待つのはただ「死」のみ。
声は続ける。街で貴族に詐欺を働いた極悪人を捕まえたと看守は言っていたと。
信じられなかった。私はなじみの取引先で、村の工芸品を売り払っただけだ。貴族から詐欺を疑われるような行為に、手を染めてはいない。そもそも、取引相手に貴族の関係者はいなかったはずだ。
人違いで無実の罪を着せられたのだろう、と声は笑った。笑い事ではない。人違いで死刑にされてはたまったものではない。……村には愛する妻と子供が待っているのだ。こんな場所で朽ち果てるわけにはいかなかった。
声は最後に口にした。自分は三日後に処刑される囚人だと。
囚人は締めくくりに、私にひとつの貴重な情報をもたらした。脱獄のために掘られた抜け穴だ。
囚人は言う。家族に会いたい一念で、命を削って抜け穴を作ってきた。自分は間に合わなかったが、このまま看守に見つけられ、埋められるのも悔しい。残り一週間もあれば掘り終えられるはずだから、何としても監獄を脱して、看守たちの鼻を明かしてほしい、と。
翌日、私は看守からの厳しい取り調べを受けた。人違いだ、無実だと訴えたところで、相手は聞く耳を持たない。看守の言葉の節々から、私は嵌められたのではないかと疑い始めた。有力者が働いた詐欺事件を、私に都合よく押し付けようとしている、そう感じた。いよいよもって、私は脱獄を胸に刻みこんだ。
取り調べを終え、庭で三十分の運動時間が与えられた。監視の中、私は隣人を見つけ出し、抜け穴の詳細を確認した。確かに抜け穴はあった。見事に看守の死角に入っている。私はさっそく、隣人指導の下抜け穴堀りに精を出した。確かにこれならば、もう間もなく監獄外に達しそうだった。
薄く靄のかかっていた視界が、一気に晴れ渡った。
隣人は七十過ぎの老人だった。私と同様、無実の罪で捕らわれ、すでに五年が経過したと老人は語った。
私は老人から一つの言伝を預かった。脱獄後に家族に伝えてほしい、と老人は頬を濡らしながら懇願する。私は老人の手を掴み、うなずいた。老人の家族は私の隣村に住んでいる。言伝程度、今回の恩返しにもなりはしない。
二日後、隣人は逝った。私は泣いた。
さらに四日後、私はついに抜け穴を完成させた。私は一目散に外へと走り抜ける。まだ、看守は気付いていなかった。いける、いける、このまま逃げ切れる。
私は余計なことは何も考えず、ただ足を動かし、獣道を進んだ。山頂にある監獄から麓の私の村まで、立ち止まるわけにはいかない。私の脱獄が悟られる前に、村に戻り家族を連れて旅に出るのだ。待っていてくれ、妻よ、息子よ。
陽が沈みかけ、周囲は薄暗くなる。視界が遮られ、足元の木の根に足を取られ始める。だが、私はわき目も振らずに坂道を転がり落ちた。時間がない……。
とその時、私は不意に何者かの気配を感じ、足を止めた。
前方の藪から物音がする。すでに陽は沈み、周囲は漆黒の墨汁がまき散らされ、何も見えない。吐き気を催す黒の中から、現れたのは一人の中年猟師だった。手には猟銃を握り締めている。
私は身構えた。ここで猟銃の餌食はごめんだった。死ぬわけにはいかない。今の私は、私の想いだけではなく、老人の願いをも背負っている。
私の胸をえぐり、貫く猟師の視線に、私は精いっぱいの虚勢を張る。さて、どうやってこの場を切り抜けるべきか。
私が思案に暮れていると、猟師は口を開いた。誰何の声だった。
逡巡する私に、猟師は猟銃を構えて急かす。脱獄者であるならば、一切の容赦はしないと。
私は、ままよ、と正直に状況を語った。地の利のあるこの男から逃れるのは、もはや不可能に近い。であるならば、ただ男の良心に訴えるのみだった。
私は必死に弁明した。
無実の罪で捕らわれたこと。このままでは処刑されること。同じく無実の罪にとらわれ死んだ恩人の、最期の言葉を家族に伝えること。そして、村に愛する妻と子供を置いてきたことを。
脳裏によみがえるは、妻の言葉。私はただひたすら、妻の言葉を心の支えに、がむしゃらに死の檻から逃げだしてきた。このまま家族を置いて逝けるものか。
猟師は構えていた猟銃を下ろした。険しくこわばらせていた表情は、すでに緩んでいた。
猟師は何も語らず、顎で行き先を示す。道中の案内と護衛を請け負うと言いたげに。
願ったりかなったりだった。すでに闇に包まれたこの状況で、私はすでにどちらが麓でどちらが監獄なのかがわからなくなっていた。猟師の申し出は、まさに神が与えたもうた一つの奇蹟だった。
猟師の誘導の下、私は麓を目指してひた走った。
時折周囲から物音が聞こえた。夜行性の獣が徘徊しているのだろう。だが、今の私は丸腰ではない。猟師の猟銃がある。たとえ襲われようとも、恐ろしくはなかった。
猟師は変わらず、何も語らない。だが、その背は何物にも代えがたい心強さを、安心感を私に抱かせる。
どれくらいの時が経っただろうか。闇夜の行軍で、時間の感覚はあいまいになっていた。
私は直感する。獣道の傾斜も弱まり、麓が近づいてきたと。であるならば、間もなく朝焼けを迎えるのではないか。
緊切な状況は脱した。自然と足取りも軽くなる。
と、やにわに猟師は立ち止まった。私はたたらを踏み、転げそうになる身体を懸命に押しとどめる。何事かあったのだろうか。
振り返る猟師を見て、私は瞬間、凍り付いて動けなくなった。下卑た笑みには、先ほど見せた私への同情心など、欠片も張り付いてはいない。
騙された――。私が呆然と立ち尽くす間に、猟師は得物を構え、私の胸元へ向けた。
猟師は言う。脱走者に容赦はしないといったはずだと。私は猟師のどす黒い言葉に眩暈を覚えた。確かに、猟師はその一言しか発していなかった。あとは私の勝手な思い込みだ。
猟師は続ける。脱走者の死体を容易に看守に引き渡せるよう、わざとふもとまで誘導をしたと。頬を打つ猟師のぬめった笑い声に、私は自身の愚かさを呪った。
再び構えられた猟銃……。
私はもう、無我夢中だった。
私が地を蹴り猟師に飛び掛かるや、大きな銃声が周囲にとどろいた。と同時に、顔にかかる熱い液体。錆びた味が、男の血だと私に悟らせる。
人を手にかけた。私は本当の罪人になったのだ。
だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。私はその場を駆けだした。後ろは振り返らず、獣道を転がり落ちる。
そして陽が昇りはじめた時分、とうとう、私は愛する家族の待つ村へと戻ってきた。
村の門前に立つは、愛する妻と息子。私は目から熱いものが零れ落ちるのを、止めることはできなかった。ゆっくり一歩、また一歩と私は歩を進めた。
わが子が叫ぶ。よくは聞こえなかったが、私を呼ぶ声に違いない。
私はたまらず、駆けだした。
だが、その時、妻と子供は唐突に顔を歪め、地面に崩れ落ちた。後ろに立つは、いつか見た監獄の看守長。その手には赤く染め上げられたサーベルが握られている。
一気に眼前から色彩が消え、鉛色に染め上げられた世界。愛する家族の背から流れ出る液体だけが、鮮やかに赤く染まっていた。
私は足を止めた。
いったい何が起こったのか。あの男の手に持つ者は何だ。妻や子供の背から吹き出るあの赤はいったい何なのだ。
私は千々に乱れる心を静めるべく、天を仰ぎ、吠えた。
銃声が聞こえる。……胸が、熱い。
私は全身から力が抜けてゆくのを感じた。たまらず膝をつく。
再びの銃声。世界が、暗転していった……。
私は眼下に転がる肉の塊を踏みつけながら、自分の中に眠る『もう一人の私』に問いかけた。これで満足したか、と。
『もう一人の私』は諾を返す。
かつて、悪名高い監獄の看守長を務めたという男。すでにこと切れ、物言わぬ肉塊となったその男を、『もう一人の私』はひどく憎んでいた。
『もう一人の私』は言った。この男は、愛する妻と息子を無残にも切り殺したと。
私は、『もう一人の私』のどす黒くもねばついた執念の深さを想い、涙を禁じえなかった。無念激しく漂う魂となってでも、恨みを晴らすべくこの世への執着を失わなかった『もう一人の私』。偶然通りかかった私にとりつき、ついにはこうして、宿願を果たした。
『もう一人の私』の記憶を垣間見た私は、あまりの境遇の哀れさに、復讐劇への協力に同意した。だが、こうして悲願を果たした今、『もう一人の私』は何を想うのか。
変わらずねばつきながら、私の心の臓を這う『もう一人の私』の恨みつらみが、まだ事は終わっていないと私に告げる。『もう一人の私』へ無実の罪をかぶせる元凶となった、いまだ何者かも知れない有力者。野放しにしていては、妻と息子の無念を晴らせないと。
そのいまだ正体を掴めぬ男を屠るまでは、私を覆う漆黒の闇は晴れない。『もう一人の私』が、復讐をあきらめ立ち止まるような真似を、決して私に許しはしない。
私は肉塊から剣を引き抜き、血糊をぬぐい去る。誰かに見つかる前に、この場を離れなければ。私はまだ、ここで捕まるわけにはいかない。
『もう一人の私』の満願成就が叶わなければ、私は決して歩みを止められない。どす赤く染まった道が、そして、破滅へと至る道が、ひっそりと眼前に続いていた――。




