表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

敗北

『さぁいよいよ始まりました、2052年夏のオリンピック男子ランドローリング決勝戦! 実況はわたくし、タナカがお送りしてまいります。

 解説は元ランドロー選手のタムラさんです。タムラさん、今日は宜しくお願いします』

『よっしくおぇあいしゃーす』

『タムラさん、いよいよ男子ランドローも決勝ですが、注目の選手は誰でしょう?』

『しょーでしゅねー、んー。やっぱあの人でしょ、中国のチュウ・テンチー選手ねー』

『あー……彼は今大会、ドーピング疑惑が浮上している選手ですからね。この舞台に立っているところを見ると、オリンピック委員会の審査などは通過した様ですが……』

『しょういえば、しゃかのがチュウ選手について何か言ってましゅたよ。誰が何しようと、自分がしゅっかりやるだけだって』

『しゅっかり?』

『そ、しゅっかり』

『……あぁ、しっかりね。自分がしっかりやるだけだ、と坂野が言っていたと……ってタムラさん! 坂野の話なんてしないで下さい、視聴率下がるでしょ!?』

『あ、しょうでした。いやー、しゃいきんどうもしゃかのが憎めなくなってきて、ちゅい』

『何言ってんですか。ただでさえ滑舌悪いんだからちゃんと喋ってくれます?』

『ひゃ、はい、しゅみましぇん』

『……さて、間もなく試合が始まりますね』

『うん、皆頑張れ!!』




 坂野は自分の目が信じられなかった。

 オリンピック決勝戦、終了直後。その結果を伝える液晶画面は、優勝者がチュウ・テンチーである事をこれでもかという程強調していた。

「あ……あ……」

 体が震え、立っていられなかった。たまらず膝から崩れ落ちる。

「そんな……違う、これは違うんだ……」

 灼熱の太陽の下、会場にいる誰もがチュウを讃え、その場が歓喜で埋め尽くされていく。

 次の瞬間、坂野が抱いた感情は――憎しみだった。

「お……おい!! そんな事があって、たまるかよ!」

 ふらつく足取りで審判の元へ歩み寄る。

「あいつは、チュウはドーピングしてたんだろ!? だったら失格にして然るべきじゃないか、お前も審判ならちゃんと判断しろよ!」

 審判の男は汚い物でも見る様な目で、坂野を睨んだ。

「あたしゃ知らないね。チュウ選手はそのまま出してよしってのがお上の判断だったのさ」

「でもちゃんと検査した訳じゃないんだろ? 俺は知ってるからな!」

「そうかもね。今更何言ったって遅いよ」

「そんな言い訳でズルした奴を金メダリストにするのか!? そんな理由で、本来なら無かったオリンピックレコードを作っていいのか!?」

 審判は今にもその場を立ち去りたいという様に足を揺すっている。

「ちゃんと聴け! 奴の不祥事なんかで、ランドローという神聖な競技を汚していい訳無いだろ! いい加減に――」

「あーもっ、うるさいっ!! こんなマイナースポーツどうだっていいだろっ!!」

 自分よりハリのある怒鳴り声に、坂野は思わず身を縮こまらせた。

「あんたはいいよな、クズのくせにただ転がってるだけで飯食って。世の中の善良な人間はあんたに構ってる程暇じゃないんだよ。覚えとけ不細工」

 吐き捨てる様に言うと、審判は忙しそうにその場を去った。

 坂野は黙ってその場に立ち尽くした。一筋の涙が、頬を伝う。

 それを拭う力さえ、彼には残されていなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ