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王子は深い深い眠りに落ちてしまった白雪姫のまぶたに、そっと口付けを落とします。
それから、美しい意匠が凝らされ、花々を敷き詰めた棺に丁寧に横たわらせました。
すると、異変に気付いた7人の小人が駆けつけて来ました。
その場には仄かに甘いりんごの香りが漂っています。
王子が白雪姫に飲ませた薬は、白雪姫の大嫌いで大好きなりんごを使って作らせた特注品でした。
7人の小人は、白雪姫の美しく静かな顔を見て、おいおいと泣き始めます。
「王子様。これは一体どういうことですか」
王子は答えません。
「君たち、彼女を運ぶのを手伝ってくれ。僕の城に連れ帰る」
小人たちは大変驚き、慌てましたが、隣国とはいえ王子の命令には逆らえません。
仕方なく王子に従い、白雪姫の棺を担ぎました。
小人たちと同じように駆けつけ、影から様子を伺っていた狩人は、それを見て急いで城へ報告に戻りました。
「王妃様、大変です」
報告を聞いた王妃は衝撃をうけました。
しかし、どうしたことでしょう。あれほど白雪姫を憎んでいた王妃。何度も何度も白雪姫を殺そうとした王妃。
それなのに、白雪姫が王子にめとられたことへの嫉妬も、白雪姫が命を落としたことへの喜びも湧きません。
王妃はぼろぼろと涙を零しました。自分でも何故泣いているのか分からないまま、ぼろぼろ、ぼろぼろと涙が頬をすべり落ちていきます。
王妃はわけもわからず泣いたまま、はじかれたように走り出しました。
「王妃様!」
家来も慌ててそれを追いかけます。
報告にあった隣国の王子は、死体しか愛せないおかしな王子として有名でした。
そんな王子に、大事な娘をやるなんて。大事な娘を、殺されてしまうなんて。
王妃の頭によぎったそんな言葉に、王妃は首をかしげます。
白雪姫は、大事な娘?
頭のはしがぴりぴりと痛んで、心臓がどくどくと苦しくて、何故だか涙も止まりません。
それでも王妃は走り続けました。
息を切らせて追いついたそこで、白雪姫の入った棺をかついだ7人と、隣国の王子が静かに立っていました。
そこはちょうど国の境でした。
「これは、王妃様。そんなに急いでどうかしましたか?」
王子はにっこり微笑んで首を傾げます。
「どうしたもこうしたも。あなた、白雪姫をどこへ連れて行くつもり?」
「もちろん、我が国へ。彼女は僕の妻になってくれたのです」
王子のなんの臆面もない物言いに、王妃の頭にかっと血が上ります。
「私の断りもなく、勝手なことを!」
「どうして断りが必要なのですか?」
王子はまた首を傾げます。よく見ると、その瞳は笑っていませんでした。
王妃はその迫力に、思わず一歩、後ずさります。
「あなたは白雪姫を憎んでいるのでしょう。殺したいのでしょう。いなくなってしまえば良いと思っているのでしょう。だったら、僕が頂いても良いはずです。彼女の母親でもないあなたに、僕を止める権利はありません」
それは違う、と王妃は言おうとしました。けれど、何が違うのが、どこから違うのか分からず、結局口を閉じてしまいました。
それでも納得行かない顔の王妃に、王子は冷たく言い放ちます。
「白雪姫を愛す覚悟のない今のあなたには、僕は止められない」
その言葉は、王妃の心臓を強く刺しました。頭の隅で麻痺していた正気がわずか、戻ってきます。
王妃の瞳に宿る狂気がほんの少し弱まったのを見てとり、王子は口調を緩めました。
「……もし、あなたにその覚悟が出来たら、その自信が生まれたら、彼女に会いにいらっしゃってください。いつでも歓迎しますよ」
王子の言葉に、王妃は目を見開きます。
「それって……」
王妃が言葉を紡ごうとしたとき、隣国から迎えの馬車がやって来ました。
王子は一礼すると、棺から白雪姫を抱き上げ、馬車に乗って帰って行きました。
その場には、王妃と家来と小人たちが、呆然と立ち尽くしていました。