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 王子は白雪姫を「捨てる」と言いましたが、それは直ぐのことではありませんでした。


「焦らすのがお上手ね」


 白雪姫の嫌味を、王子は軽く笑って流します。


「君に惹かれていると言っただろう?好きな人と話したいというのはおかしなことかな」


 白雪姫は確かにそうだとも思いましたが、しかしこの少しおかしな王子に関して言えば、むしろ好きな人と話す方がおかしいのではないかと考え直しました。


 何せ、王子は死体しか愛せない性質なのです。


 死体は話せない。それが普通。

 好きな人と話したい。それも普通。


 白雪姫は何がおかしくてそうでないのか分からなくなって、ついにそれについて考えることを投げ出しました。



「あなたはどうして死体を愛するの?」


「どうしてと言われてもね。……白雪姫、君の好きな色は?」


「え?ええと……白、かしら」


「君はどうして白が好きなの?」


「どうして……自分の名前に入っているし、なんとなく、綺麗な気がして」


「どうして自分の名前に入っていて、綺麗な気がすると好きなの?」


「そ、そう言われても……。好きだから、じゃだめかしら」


「そういうことだよ」


 王子はにっこり笑いました。



「結局のところ、突き詰めて考えたら『ただ好きだから』としか言えないんだ。ただ、どうしようもなく、理由なく惹かれてしまう。反対に、いくら努力しても好きになれないものはなれない、そんなこともある」



 でもね、白雪姫。王子は歌うように(ささや)きます。



「気づかないうちに大嫌いなふりをしているだけで、実は大好き、そういうことだって、またあるんだよ」



 どきり、と白雪姫の心臓が跳ねます。



「どんなに嫌な部分が目についても、りんごの甘さを楽しんでいた頃の記憶があれば、また好きになれるかもしれないんだ」




 それは、それは、白雪姫にとって、ぐらりとするほど魅力的な言葉でした。




 ―――



 王子と白雪姫は森の隅で会っては、お互いのことを喋り合いました。


 王子は『少しおかしい』趣味のほかは、むしろ『普通の人』よりもずっと楽しく話せて、また心優しい人でもありました。白雪姫と好みも合って、夫としては最高の人だと思いました。



「ねえ王子様。私、捨てられるためだけじゃなく、心からあなたの妻になりたくなったみたいなの」


 白雪姫の言葉に、王子は嬉しそうに笑いました。


「それは嬉しいな。僕も、君と話していてますます君を妻にしたくなった。こんなことは生まれてはじめてだよ」


「なら、ねえ早く、私を妻にしてくれないかしら」



 白雪姫が急かすと、王子はそっとポケットから小さなビンを取り出します。

 不思議そうに首を傾げる白雪姫の頬に指をすべらせ、王子は優しく説明しました。



「これはね、君を美しく眠らせてくれる薬だよ。……やっと手に入ったんだ」


 ビンの中には、透明な赤と白の液体が、絡み合って、けれど混じり合うことなく泳いでいます。

 どこか幻想的な魅力を持つその液体に、白雪姫はうっとりと見惚れます。



「白雪姫。僕のプロポーズを受け入れてくれるね」



 考えるべくもありません。

 きっとこの人は、白雪姫を妻として生涯大切にしてくれるでしょう。

 まぶたの裏に、義母(はは)の顔がちらつきましたが、白雪姫が迷うことはありませんでした。



 うやうやしくそのビンを捧げ持ち、一息に、



 赤く白いその薬を飲み干しました。









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