1
白雪姫は相変わらず、魔女に化けた王妃に命を狙われています。それでも最後には、決して死ぬことはありません。
その理由に気付いている白雪姫は、この毎日を平和に退屈に揺蕩っています。
「捨てるなら、ちゃんと捨ててくれれば良いのに」
気の良い7人の目を離れ、白雪姫は森の中の小さな切り株に腰を下ろしています。
ぽつり、と落とした言葉はこれまで拾われることはなく、これからもないと。そう、白雪姫は思っていました。
「僕が捨ててあげようか」
突然の声に驚いて振り返ると、そこには見目の良い金の髪の青年が、微笑んで佇んでいました。
「……どなた?」
白雪姫は慎重に質問しました。
言葉の意味を計り兼ね、警戒心も露にじっと青年を見つめます。
突然現れた青年は身なりも立ち振る舞いも上等で、とてもならず者のたぐいには見えませんでしたが、かといって人畜無害な人であるはずもありません。
ここは王妃の森。勝手に入っていい場所でないことは分かっているはずだからです。
青年はにっこり笑って白雪姫に近づきました。
「僕は隣国で王子として生まれただけの、単なる一般人だよ。……周りからは、『少しおかしい』と噂されているようだけれどね」
隣国の王子。白雪姫の頭によぎるものがありました。確か、特殊な趣味を持った変人だと、隣国では恐れられていたように思います。
「君も聞いたことがあるかな。……僕は、死体しか愛せない」
白雪姫は静かに瞬きをしました。
「変な人ね」
そう言うと、王子はくすくすと楽しそうに笑います。
「さっぱりした返事だ。思ったとおり、君も『少しおかしい』ようだね」
「心外だわ」
白雪姫は軽く眉をあげましたが、実際のところ、それほど嫌な気分になったわけではありませんでした。
少しおかしい。なるほど全くその通りです。
「あなたは私を知っているのね。捨ててくれるって、どういう意味かしら」
白雪姫がたずねると、王子は柔らかく目を細めました。
「君が思う通りの意味だと思うよ。僕はね、白雪姫。君に惹かれてしまった。君を僕の妻にしたいんだ」
白雪姫はその言葉に納得しました。
死体しか愛せない王子の妻。
「そう。じゃあ私はあなたの望む死体になれば良いのね」
「君の望みでもあるだろう?」
王子の言葉に、白雪姫はひどく美しく微笑みました。