プロローグ
冬童話2018提出予定作品のもう一作、こぶとり爺さんのこぶの話が我ながらはっちゃけ過ぎたので、童話を意識して書いてみました。子供向けではない気もしますが、心臓を持ってこいとか言うグリム童話よりはましだと思います。
「りんごを食べるくらいなら、いっそ死んでしまった方がいいわ」
そう白雪姫は、深い深い闇色に染まった瞳で言いました。
魔女の頭の中に、いつまでもその時の言葉と表情が居座っています。
白雪姫は一体いつ、りんごを嫌うようになったのだろう。魔女は考えました。
透き通るほど白い肌。艶やかでどんな夜更けよりも黒い髪と瞳。そして、りんごのように赤く、潤んだ唇。
魔女の―――王妃の持っていない美しさ。『一番』を手に入れている白雪姫。
王妃がどんなに命令しても、自ら骨を折ってすら、彼女を傷つけることは叶いませんでした。いつも彼女の周りには人がいて、いつも彼女を助けて温めるのです。
王妃にはもう、寒々しい鏡すら残っていません。あの無機質な言葉で語られる『一番』だけが、王妃の価値であったのに。
けれど……けれど、白雪姫は何故、どうして王妃と同じように独りで震えているのでしょう。
あんな、冷たく凍りついた表情をしているのでしょう。
王妃にはわかりません。
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魔女は帰って行きました。
白雪姫はがっかりしました。
死ぬか、食べるか。その二択を強く迫ってくれたら、きっと迷わず命を投げ捨てられたのに。
結局のところ、あのりんごにも大した毒は入っていないのだろうと、白雪姫はあたりをつけます。
魔女―――白雪姫の義母はそういう人です。
弱いからこそ、白雪姫を傷つけようとし、弱いからこそ、白雪姫を殺すことなど出来ないのです。
そしてそれは白雪姫も同じ。
弱いから死にたい。弱いから、何か強烈なきっかけでもなければ死ねないのです。
ずっと昔、世界で一番幸せだった時代、白雪姫はりんごが一番好きでした。
けれどあるとき、りんごに虫がついていて。
たったそれだけで、白雪姫はりんごが嫌いになりました。
小さな小さな、ほんの小さな虫でした。
白雪姫はりんごです。
あの時白雪姫が捨てた、綺麗な、虫食いのりんごです。