「誰にでも起こる事じゃない」
あれ? 投稿できていなかった? ゴメン……
何か月たっても、魔姫の被害は報告される。主に戦場跡だ。
ブッファローも1人では武姫を造ることが間に合わず、多くの弟子を持つ身になった。
免許皆伝となった弟子が勝つこともあれば負けることもある。それでも、彼は新たな武姫造りの魔導士を教育させ続けなければならないのだ。
それに、自分の寿命が永遠ではないことも理解していた。
1日2日で才能を開花するような天才はおらず、大抵は月単位で修行させていく。
修行を終えたものは任地へと向かい、魔姫と戦う。
ブッファローの元で修行し、武姫を造ることができる者は人々から敬愛を込めて『マイスター』と呼ばれた。
マイスターとなった者は各地に国家予算で砦を作ってもらえる。
ここで、武姫と共同生活を行うのである。
このリーザンスの兵士は戦士であると同時に優れた建築家でもあり、砦の建造は早かった。
マイスターの一人であり、免許皆伝したての若者・レキシントンは砦の中に建てられている召還の儀式専用の建物の中にいた。
レキシントンはブッファローの元での成績は中の下、まあまあであった。貴族の一員であり、何不自由なく暮らせる立場であるが、名を残したいという功名欲はある。容姿にしても、極、普通の若者にすぎない。肖像画を描かせても歴史の七に埋もれてしまうだろう。
そんな平凡に近い若者である。
そんな若者が一つの覚悟をしていた。
武姫は造るのではない。
ある意味、召還するのである。彼自身も何人か武姫を召還している。
召還するのは多くの重なり合った次元の人格・情報。その肉体を具現化するために供物を捧げる。武姫は多次元情報生命体といえるだろう。
供物はワインとパンと鋼鉄、それと東方の国から輸入される絹である。どの供物も今回は高品質なものを揃えた。ワインもパンも材料が他とは違う老舗の品であるし、鋼鉄は隕石を生成して作られたものであり、絹も東方の大商人秘蔵の品と呼ばれたものだ。
レキシントンは信じている。それらが本物であると。国の法律でも制定され、自分自身も選定眼を持っている。だから! 特別な武姫を召還する!
供物を魔方陣の四隅に設置し、特殊なインクで書かれた巻物を読み上げる。
これが武姫の召還方法だ。
簡単ではあるが、失敗例の方がはるかに多い。
その文字もリーザンスでは使われていない別次元のものだとブッファローは教えていた。故に発音も違っている。それを正確にできたのであれば、武姫が魔方陣に召還される。
その代償として、供物と巻物は無くなってしまうのであるが……
レキシントンは魔方陣にゆっくりと、丁寧に正しい方向へ供物を置いていく。
ひとつひとつの行動が神経をつかう。
いくら、国家から予算を供与されるといっても無限ではない。
失敗すれば、国家の損失につながるのである。それは国民の血税、国民の命にもつながっていく。これだけあれば、10の家族を1年は養うことができるだろう。
慎重にならざるを得ないのだ。
この砦には彼だけではない。見張りの兵士に厨房の兵士、その他にも身の回りの世話をする雑役の者たちが何人も詰めている。
ただ、この召還の部屋に入ることが許されているのはレキシントンただ一人である。
誰にも見られず、誰にも知られず、武姫を召還する。
準備が整うと、レキシントンは深く静かに息を吸い込み、吐き出した。
高揚する自分の心を落ち着けるためだ。
巻物をゆっくりと広げる。この巻物は特別性である。成績上位の者に与えられるものである。インクや紙に希少な材料を加えており、普通の巻物よりも金もかかっている。
巻物に書かれている異世界の言葉を読み上げていく。
今回はありったけのワイン、パン、鋼鉄、絹を捧げている。
どんな武姫が召還できるのか? レキシントンには予想不能だった。だが、特別な武姫を召還するという意気込みはあった。
『……アランコトトウホウヨリノケンジャキタリテカタリツクスユエニカミハコウリンスカミハスベテノモノヲスクウ……』
異界の言葉で『世界を救う勇者を現れよ』という意味合いらしい。
魔方陣に意識を集中させているレキシントンの額に汗が玉のように生じ、頬を流れる。
巻物の文字が薄くなっていき、消える。それと同時に魔方陣が回り始める。4つの供物はその回転に巻き込まれる。
魔方陣の上は小さな竜巻のようになっていた。雷光が迸る。多次元の情報を取り込んでいるのだ。
レキシントンは目を閉じないで、その光景をじっと見ている。見逃してはならない、世紀の一瞬なのだから。
やがて、竜巻は回転を止め、魔方陣からエネルギーが吹き上げられた。
吹き上げられたエネルギーの光が薄れるころ、魔方陣の中に1人の少女が立っていた。
長い金髪にアイスブルーの瞳、すらりとした肢体に細く長い手足。腰に下げた剣はロングソードなのだが鞘に今までに見たことのない意匠が凝らしてあった。
彼女が伏し目がちにしているのは、意識が戻っていないのだろう。
だが、すぐに彼女はレキシントンを見据えた。
レキシントンは彼女の美しさにどきりとした。
「私は……エクスカリバー……また、戦いの場に赴くのですね……」
少し寂し気な言葉だった。
「エクスカリバー? ロングソードじゃないのか?」
レキシントンは半ば驚きながら訪ねた。
「はい。私の名はエクスカリバー。アーサー王と共にあり、その後は湖の妖精の国に帰ったはずなのですが……それに、この姿は?……」
レキシントンは困惑した。コロネッサスに『エクスカリバー』という種類の剣はないのだ。もしかしたら、多次元の別世界の記憶の武器そのものの魂を呼び出してしまったのかもしれない。
これは奇跡だ!
レキシントンはそう考えることにした。
「エクスカリバー……僕はレキシントン……君を呼び出したマイスターだ」
「……私を呼び出した? なぜ?」
「今、この世界は魔姫という未知の輩が現れている。それを倒すことができるのが、君たちだけなんだ。その力を僕たちに貸してほしい」
「……よくはわかりませんが、その魔姫という者と戦えというわけですね」
「そうだ。物分かりが早くて助かる」
「わかりました。では、早速……」
言いかけて、エクスカリバーは少しよろけてレキシントンの腕の中に倒れこむ。
「そんなに早々に動くものじゃないよ。まずはその体に慣れてもらわなくっちゃ」
レキシントンはエクスカリバーを立たせる。
「そうか……私は使われることに慣れすぎていたようです……しばらくは使うことに専念しましょう……」
彼女は歩くことから始めたが、呑み込みは早かった。
「しかし、肉体というのは不便でありますね」
一通りの動きを短時間でマスターできたのは肉体に染み付いた元の使い手の情報からだろう。
エクスカリバーは腰の剣~こちらこそ本体のエクスカリバーなのだが、を抜き放った。
虹色に輝く未知の文字が彫られた刀身は他の剣とは全く異質であった。
彼女が振ると、虹色の光跡が見える。神秘的なそれはレキシントンを虜にした。
しばらく、召還専用の建物に居て、剣を振っていたが、一通りの型を思い出すと、本体を鞘にしまった。
ふう、と息を吐きだすエクスカリバーにレキシントンは声をかけた。
「君たちは『武姫』と僕たちの間では呼ばれている。その身体は君の持つ剣をこの世界で使いやすくする最適な姿なんだそうだ」
「最適ですか?」
「ああ。それよりも、エクスカリバー、外へ行こう。この世界を……ほんの少しだけど紹介するよ」
「……外の世界ですか? 興味はあります」
「じゃあ、さっそく」
レキシントンは自然とエクスカリバーの手を握っていた。これが敵対者であればエクスカリバーは投げ飛ばしていただろうが、レキシントンの澄んだ瞳をみると悪人ではなさそうだと感じ、手を握らせた。
しかし、手を握られるというのは、こんなに高揚するモノなのだろうか?
エクスカリバーは自分がドキドキしていることに気付いていた。
レキシントンが案内したのは砦の中だった。
エクスカリバーの住む場所であるから、教えておかねばならない。
彼女のプライベートルームも早急に用意させた。
2~3日は床でシーツにくるまって眠ることになるだろうが、レキシントンは最上級のベッドを注文していた。
そのほかにも家具を一式。これも貴族が使うような高級なものである。
彼の予算は地方領主のそれと変わりがない。だから、こういった高価なものが買えるのだ。
レキシントンは食堂にも案内した。
食堂ではシチューやパン・豆が主な食事であったが、時として豚や羊、牛の切り肉を焼いたものが出されることもある。ウナギや魚、小動物の干し肉なども出る。香料として色々なスパイスもあった。
何人かの同じ武姫とも顔合わせをし、駐屯している兵士や、非戦闘員たちにも紹介した。
砦の中を案内し終わると、レキシントンは近隣の町を案内することとした。歩いてすぐの場所にある。
町の名はゴスッペロ。石の城という意味合いがある。
ゴスッペロは中規模の城塞都市で周りを石の壁に囲まれている。ここに領民の多くは住んでいる。もう少し南北へと2日進むと村があり、魔姫のような危急なものに遭遇した時はここへ避難する。領主の執政も滞りなく行われ悪い話は聞かない。善政であると言えるだろう。
その証拠に町の人々の顔に陰鬱なものがなかった。
子供は駆け回り、男たちは与えられた仕事に従事している。女たちも微笑みながら炊事・洗濯をこなしている。多くの市民が汗を流していた。
そんな町であるが、エクスカリバーは不思議な顔をした。
「この町に豚はいないのですか?」
レキシントンは少しだけ驚いたが、エクスカリバーの記憶では豚が町にいるものだということを一瞬にして理解した。
「豚はね、養豚場というところで飼われているんだ」
「え? そんな場所があるというのですか?」
エクスカリバーは心の底から驚いた。彼女の記憶では豚は町に放たれ、糞尿を喰っている生物なのだ。そういえば、この町は糞尿を道に捨ててはいない。
それに町の道は石畳だ。区画も整理されており、清潔な街である。鼻孔をくすぐる空気の匂いはどこか木の匂いを感じさせた。それもそのはずで、街路樹が何本も植えてあるのだ。非常時にはこの木になる木の実をとって食べることができる。また、燃料にもなる。
彼女にとって、このリーザンス帝国は驚きばかりの世界だった。
「ちょっと、のどが渇いたね。なにか飲もう」
レキシントンは一軒の酒場へと入っていった。
「いらっしゃいませ~」
まだ、少女とも言える年代のウェイトレスが挨拶をする。
「奥の席が空いてますよ~どうぞ~」
レキシントンは軽く会釈して奥の席へと向かう。
酒場の中には酒を浴びるように呑む男達が何人もいる。仕事にあぶれたというわけではなく、仕事が早く終わったという感じで、上機嫌だった。
エクスカリバーにとっては酒場自体が初めてであった。思わず、きょろきょろと見まわしてしまう。
それだけ不思議な場所なのだ。
席に着くと、レキシントンは果実のしぼり汁とチーズ、それと鶏肉を煮込んだシチューを注文した。当然、エクスカリバーの分も。
「どう? 不思議?」
レキシントンが微笑みながら訪ねる。
「はい。こんなトコロは初めてです」
目を丸くしてエクスカリバーは答えた。
注文の品が置かれる。どうやって食べるものなのか、エクスカリバーは悩んだ。
特に木製のスプーンとにらめっこしている姿は滑稽であった。
「これはね、こう使うんだ」
レキシントンは子供に教えるようにスプーンの使い方を教える。
納得したかのようにエクスカリバーはそのまねをする。
「うん! おいしい!」
エクスカリバーが目を輝かせた。それは年相応にも見える表情だった。
レキシントンが彼女の情報に鶏肉を煮込んだシチューがなかったのだろうかと思ったが、口にはしなかった。
酒場で雑談をしていると、外が騒がしくなってくる。
酒場にも槍を持った兵士が慌てた様子で飛び込んで来る。
「早く、店を閉めろ! 魔姫が現れた!」
その言葉にレキシントンとエクスカリバーは同時に立ち上がった。
「私は召喚士レキシントンだ。魔姫の出現場所と数は?」
いつになく真剣な声で兵士に尋ねる。
「は! 西門の外より1ジューム(約2キロメートル)の地点、数は2体であります! 発見したのは旅の商人です!」
兵士が素直に答えたのはレキシントンの胸に召喚士を意味する階級章があったからだ。
縦割り社会の軍隊であることが幸運になった。
「エクスカリバー、行くよ!」
「はい! マイスター!」
2人は駆け出した。
町の構造は把握している。レキシントンは近道で西門へと向かった。
10分もしないうちに2人は西門にたどり着いた。
「あ~~~~~! マイスター、おっそーーーーーーーーーーい!」
ふくれっ面をした目の大きいショートカットの少女が2人を迎える。この少女も武姫であり、スティレットと呼ばれている。エクスカリバーと並べば姉妹に見えそうな金髪が美しい少女である。
このスティレットは砦からゴスッペロに出向している武姫である。緊急事態では彼女が魔姫から町を守ることになる。
「ごめん! スティレット。魔姫は?」
「あ、見張りさーん! 魔姫はなにしてる~~~?」
スティレットは門の上部に向かって叫ぶ。
「ゆっくり、こちらに向かってきます! タイプAです!」
門の兵士の言葉にレキシントンは顎に手をやり、考え込んだ。
魔姫タイプAとは大型の斧を獲物にしている攻撃力の高い魔姫である。魔姫の力なら、こんな門は容易く破壊されてしまうだろう。しかも御あつらえ向きに斧なのだ。
「打って出るしかないか……」
深呼吸すると、彼は指示を出す。ここでエクスカリバーの戦力も見ておかねばならない。万が一のことがあったとしても幾度となく魔姫を撃退しているスティレットがいるなら心配はないだろう。
「開門! エクスカリバーとスティレットは打って出て、魔姫を駆逐せよ!」
「わかりました」
「りょ~~~~かい!」
鉄製の門がゆっくりと開かれる。
禍々しい形の斧を両手で持った魔姫は門から出てくるエクスカリバーとスティレットを睨み付ける。
彼女らはお互い『敵』という名で指を差し合う立場なのだ。
「あれが魔姫……」
「そう、あたしたちの敵……って言っても、ほんの一部だけどね」
スティレットは魔姫から目をそらさずに言った。
魔姫タイプAは大型の斧を振り上げる。その肩は逞しく、木こりのようだった。
魔姫はライオンの雄叫びにも似た咆哮をあげながら駆け出す。
エクスカリバーは冷静に剣を鞘から引き抜く。少し息を吸い吐き出す。
スティレットも細い、刃の突いていない尖った短剣を構える。
「おでこに『肉』って落書きしてやるんだからね~」
「それは相手への敬意なのですか?」
「んなコトあるわけないじゃない!」
エクスカリバーとスティレットの2人も魔姫に向かって駆け出す。
「右は任せるからね!」
「わかりました!」
魔姫と武姫の最大の違いは言葉によるコミュニケーションがとれるというところだろう。
連携することによって1の力を5にも10にもすることができる。
エクスカリバーが斧魔姫と接触した。
ここで、この闘いを見ていたすべての者が驚く事態が起こった。
振り下ろした魔姫の斧をエクスカリバーは一瞬にして真っ二つに斬ってしまったのだ。
魔姫が現れてから初めてのことであった。
そのまま、エクスカリバーは戦場の掟に従い、容赦なく魔姫を唐竹割に斬り捨てた。
魔姫は目を見開き光の粒子となって消えていった。
スティレットは鈍重な斧魔姫の攻撃を躱しながら、肩や手頸を狙い傷つけていく。
攻撃を与えたなら、素早く後ろへ飛びすさび、相手の攻撃範囲内から出る。
ヒット&アウェイ戦法。
スティレットが得意としている戦法だ。
重い大振りの斧を使う魔姫にとっては天敵とも言える相手だった。
エクスカリバーはこの闘いをじっと見ていた。
今のところスティレットは有利に戦いを進めている。
万が一のことを考え、介入する機会を探っているのだ。
その心配は杞憂だった。
「あらよっと!」
スティレットの短剣が魔姫の額に深々と突き刺さった。致命傷である。
この魔姫もやはり光の粒子となって消えていった。
「こんなもんね!」
スティレットは得意満面の顔をした。
「他に魔姫の姿は?」
エクスカリバーは周りを警戒する。
「いないみたいだね。まあ、あいつら大抵このくらいの数で来るし」
2人は城門へと帰っていく。その姿に見守っていた兵士たちの歓声が迎える。
「おつかれ、2人とも」
レキシントンがほっとしたような穏やかな顔で言った。
「へっへ~このあたしにかかれば、あんなのお茶の子さいさいよ!」
「もったいなきお言葉です」
「君って、固いなあ~……もっと、柔らかくなれない?」
「え? 固いですか?」
「そうそう、こういう時はみんなにピースサインくらいしなきゃ」
「ピース……サイン?」
「こうだよ、こう」
スティレットは右腕を天高く振り上げ、握りこぶしから人差し指と中指を立てた。
「いえーーーーーーい!」
目を丸くしながらエクスカリバーも頬を赤くし、恥じらいながらも同じ動作をした。
「い、いえーーーーい……」
兵士たちが歓声をあげる。
こういった冗談めかした行為をレキシントンは許容していた。
これこそがスティレットの個性なのだ。個性は大事にしなければならない。
「あ、そういや、自己紹介がまだだったね。あたし、スティレット! よろしく」
にこやかで明るく屈託のない笑顔。天真爛漫とは彼女のことを言うのかもしれない。
「わたしはエクスカリバー。戦うしか能のない……武姫だ」
スティレットの笑顔に影響されたのか、柔らかい表情でエクスカリバーは言葉を紡いだ。
一応、全4話ですんで、気楽に読み流してください。