月明かりが照らす世界
月明かりが闇夜を優しく、太陽より控えめな光で照らしている。
照らし出される視界は必要最小限にしか人の手が加えられていない大自然が広がる森。
木々から覗く月明かりは太陽光とは別物で、木陰の黒が色濃い。
夜行性動物の目を持っていなければ暗黒の世界となる森。
父の愛を求めて追いかけてきた深緑髪の少年が森奥地にポツンと建つ建物に視線を送り続けていた。
建物の中には父と美しい女性と子供が久しぶりの家族団らんに、和気あいあいと過ごしているが中の様子は窓のカーテンが閉まっていて外に居る少年には見えていない。
空腹と森奥地という慣れない環境に加え、昼間でさえ辿り着くのに困難なこの場だ。
更に現時刻は深夜の森で、ただ後を付けていただけの少年には帰るすでが無かった。
とてつもない孤独と恐怖を少年を襲う。
「……なんでオレが…!」
少年リオリは孤独と恐怖の中、自分をこの環境に置いた者達を酷く憎み憎しみを募らせ無意識に唇を噛んでいた。
作りすぎたと心配していた料理の数々は、空腹状態であった薄水色の長髪をした少年キョクビと、先程到着したキョクビの父親の大蛇、大蛇の妻でキョクビの母であるサンミャによって完食していた。
キョクビとサンミャは細身で、あまり食べれなさそうな見た目に反してかなり大食いである。
サンミャの手料理に胃袋を掴まれている大蛇も、久しぶりのサンミャの手料理に結構の量を平らげた。
「やっぱりサンミャの料理は世界一だ」
はち切れんとばかりに腹が膨らんでいる大蛇は満腹による幸せと、恋いこがれていた世界で一番愛する者達に会えた幸せ、久しぶりに大好物を食べれた幸せと様々な思いを噛みしめながら感想を口にする。
「ぼ……俺も手伝いましたよ!父上!」
自分も褒めて貰いたいと手を挙げてアピールするキョクビ。
自身を僕と言わずに俺と名乗った事に、戸惑いと驚きの反応を見せる大蛇に対してサンミャは学校の友達の影響みたいです、と耳打ちする。
子供が早く大人になろうと格好つける姿は微笑ましく、つい優しい笑顔になって見守ってしまうものだ。
「そうかキョクビ。美味しい夕飯をありがとうね」
父からの言葉を瞳をキラキラと輝かせて待っていたキョクビに、大蛇は微笑み手招きをする。
頭を近づけたキョクビに手を伸ばし撫でると、キョクビは幸せそうに目を瞑り大蛇の撫でる手にすり寄る姿は甘えてくる猫のようだ。
猫族の者全てとは限らないが、猫族は甘えるとすり寄る性質を持つ者が多かったりしている。
山猫族のサンミャも甘えるとすり寄る性質を持っていたりするが、大蛇と二人っきりにならないとすり寄る仕草は表に出さない。
大蛇はそんなサンミャの態度の変わり具合に心臓を握り潰されそうな程に萌え悶えそうになるのは秘密だ。
「今日ね、昼休みに新入生くらいの子と砂遊びしたのです!」
キョクビは学校であったこと、夕飯の材料調達でのことと今日の出来事を両親へ楽しそうに語る。
毎日のようにキョクビからその日の出来事を聞かされているサンミャだが、内容がいつも違って飽きなく、成長していくキョクビの姿を話から想像したりと、キョクビからの報告が毎日の楽しみになっている。
毎日が楽しくて仕方ないと語る姿はつい微笑ましく、禁忌の子供でも普通の生活を楽しんでいる事に安心もする。
大蛇はキョクビの生きている世界は毎日輝いているんだなと和やかに、嬉しさで涙が溢れそうなのを堪え笑顔で誤魔化して話を聞いていた。
キョクビを学校へ入れたのは正解だったのかと不安になる日がある。
ショーヒからの情報で楽しそうと知らせを受けてはホッとするが、ショーヒが気を遣った報告をしているのではいかという考えも少しだがあった。
こうして目の前で楽しそうに語るキョクビの姿を目の当たりにし、学校へ入れたことは正確だったと不安は解けて消えていく。
大蛇が森奥地に到着してから時は大分過ぎ、深夜の森は一層に不気味さを増す。
木陰に隠れて建物を監視していたリオリは身も心も弱り、自分はこのままこの場で死ぬのでは無いかと思考をよぎらせる。
父の大蛇が居るが子である自分に全く興味を示さない冷酷な大蛇と、大蛇を惑わす魔女の住み家に助けを求めた所で逆に殺されてしまうのでは無いかと脅え一歩も動けずにいた。
ガサッ、ガサッ、ガサッ
草を踏む音が近寄る。
ふと、音が止まり離れて行くんだな、と油断していたリオリの元へ猛スピード向かってくる音に変化した。
思えばここは森奥地で、いつ魔獣に襲われてもおかしくない現実を思い出したリオリは今までとは非にならない程に脅え絶望へ落ちていく。
「リオリ…くん…!!やっと見つけた……!」
絶望の奈落に死を覚悟していたリオリに優しく語りかける男の声が降りかかる。
聞き覚えのあるその声に直ぐさま反応し、声のする方向に視線を向けた。
月光を背景に茶色の長髪をポニーテールに結ばれ、額には金属の装備品、紅の瞳は妖しく光り左下には涙ホクロのあって色っぽい。
その人物は汗だくで息を切らして探していた少年の姿を捉えていた。
「ショーヒぃぃ~……」
リオリはショーヒの姿を確認すると駆け寄り不安で震えていた手でショーヒを抱きつく。
行方不明だったリオリを発見出来た喜びと、この場に居たことへの驚き、予想がハズレて欲しかったという悲しみの感情がショーヒの中で巡り回る。
「大蛇を追いかけて来たの?」
息が整ったショーヒはリオリを抱き抱えて、安心させるために背中を優しく撫でていた。
うん、と申し訳なさそうに頷く姿に元々怒る気は無かったが、更に怒る気力は消えていく。
そっか、とそれ以上何も言わず、大蛇の目的地であるこの地にリオリが居たという光景で大蛇は無事にサンミャとキョクビの元へ辿り着いたのを確認する。
今頃は楽しく過ごしているだろう、と邪魔しないように大蛇達には挨拶をしないでショーヒはリオリを抱き抱えたまま元来た道へ戻っていった。
ショーヒの腕の中でリオリは、ショーヒの温もりに安心し襲って来た睡魔に身を委ね意識は現実から離れていく。
ショーヒがカヨリの元へ、心地良さそうに寝息をたてて眠っているリオリを送り届けた時には深夜の半ばを過ぎていた。
さすが寝ているか、と自宅にをそのまま1泊させていこうか悩みながらカヨリ宅へ様子見へ向かう。
すると室内の一部に明かりが灯っているのを確認する。
カヨリが起きていると確信したショーヒは静かに戸を叩いて、リオリを送り届けたのだ。
リオリを寝室の布団に寝かせたカヨリがショーヒを呼び止める。
首にはショーヒが贈った宝石のネックレスが月明かりに反射して輝いていた。
「色々ありがとう、ごめんね。プレゼントね、今までで一番最高だよ」
闇夜の人里も照らしているのは月明かりのみだ。
動物から進化した人型が住むこの世界には電気は通ってない。
強い光が必要な時は火を灯して明かりを強くする。
森とは違う静寂な闇夜の人里に一組の男女の影が口元を紡いでいた。