秘密の存在
蛇族特有の横に細い耳で求めている声を逃さぬ様に耳を澄ますが、声の主を求め走り回った体では息が上がって自分の呼吸が煩い。
息を整えようと深呼吸を繰り返している深緑の髪をしたこの少年の名をリオリと言う。
慌てて探している人物は族長であり父親である大蛇。
つまりキョクビの弟になる人物だが、キョクビとは生まれてから一度も接点も無ければ互いに存在を教えられてない。
キョクビが幼子の時に大蛇は族長を継いだのだが、継いでからの数年間の頑張りで信頼を取り戻し頼もしい族長として周りの蛇族から評価されていた。
頼もしい大蛇の事だ、と過去の禁忌であるサンミャという存在は既に処刑されたと疑いもしない周りの蛇族。
大蛇の年齢的にもそろそろ身を固めろと余計な世話をかけてくる始末だったが、次期族長となる跡取りが居なかったのも事実であった。
流石にも大蛇一族最大級の秘密でもある、禁忌の子キョクビを族長にさせる訳にいくわけもない。
大蛇とサンミャとショーヒとカヨリとで会議を重ねた結果、同じ蛇族の者と大蛇で婚姻と子を成させると結論づけた。
しかし、婚姻するにも大蛇一族ではサンミャという恐怖の後ろ盾が付いてる大蛇と結婚しようとする物好きは居る筈も無く、更にはサンミャとキョクビという大切な家庭を優先したい大蛇の意見もあり、事実を知らせる訳にもいかない他蛇族の女性との婚姻はあり得ないと大蛇が意地を張る始末であった。
結果的に表向きはカヨリと婚姻・人工授精によって大蛇とカヨリの子を授かり、リオリを出産した。
この時、既にショーヒとカヨリの間には子供が3人居たのだが、上の子達は物事を理解出来る程に大きく誤魔化しが効かないと判断したショーヒとカヨリから事情を説明されていた。
まだ小さかった下の子には弟が出来たよ~と誤魔化し、自分の父親は大蛇であると仕込んだのである。
事情を聞いた上の子供は、本当の父親がショーヒであると知りながら大蛇が実の父であると装う自信が無いと素直に伝え、外ではショーヒを父と呼べないが供に暮らす道を選択をした。
ショーヒの仕事柄、大蛇の元に行く毎日だが、表向きでも夫婦として大蛇の元いるカヨリとは頻繁に会うことが出来る環境でもあり良い選択だとショーヒは思っている。
サンミャも辛いものがあるが、この世界での禁忌と大蛇の立場を考え素直に受け入れた。
何よりカヨリを信頼しているのも大きく、他の女と婚姻させるならカヨリが良いと案を出したのは他でもないサンミャなのだ。
表向きでは大蛇の身が固まり、子供も生まれて言うことが無くなった周りの蛇族は狙い通り大人しくなった。
キョクビの身とリオリの身と双方守るため、互いに存在を知らせずに今まで来たのだが、リオリがこの年からキョクビと同じ学校へ就学した。
実は何度かすれ違っているが今はまだ互いに気付く気配も無いと安心している大蛇とカヨリである。
母親の鮮やかな黄緑と父親の黒の両方を合わせた色、深緑の髪が乱れているがお構いなしに父親の大蛇を探走り回るリオリ。
「とーちゃーん!!!とーちゃーん!!!」
走り回りながら大きな声で叫ぶ威勢の良さはカヨリ譲りである。
先程からリオリが走り回っている子供には広過ぎるこの大きな建物は、族長でもある大蛇の仕事場だ。
木造建築で寒さの苦手な蛇族には有難い建物となっている。
やっとの思いで大蛇を見つけたリオリは、再び叫び大蛇の元にたどり着く。
「とーちゃーん、たまには遊ぼーよ、遊ぼーよ」
遊びたい歳頃であるリオリは少し年上の異父兄弟の兄やカヨリといつも遊ぶのだが、学校の友達が父親と遊んだ事を自慢するのを度々聞いては羨ましがり、滅多に帰って来ず中々話せない父親である大蛇に甘えてみたい一心で遊ぼうと誘う様になっていた。
子供好きなショーヒが度々遊び相手になる時もあるが、遊びという名の戦闘の練習稽古で最初は格好いいと食いついていたリオリだが流石にいつも稽古だと飽きてつまらないものとなったのだ。
「悪い、今は仕事が立て込んでて余裕無いんだ」
いつも仕事仕事と同じ台詞でリオリを遠ざける大蛇。
また今度な、という言葉も無く自分の子供に興味すら起こさない冷たい空気を纏って冷酷な父親だとリオリにはそう見えて仕方なかった。
毎度毎度断られても挫けずに遊ぼうと誘う健気な姿を、大蛇の傍で見ているショーヒは落ち込んで帰って行くリオリの小さな後ろ姿を辛そうな顔で見送った。
「なぁ、少しは相手してやれよ…」
呆れ半分、リオリへの同情半分で大蛇に言葉を投げる。
「リオリくんはお前の子供でもあって、次期族長なんだからな」
サンミャとキョクビへの愛情は深過ぎてむしろ吐き気がする程だが、リオリへの愛情は微動だに感じ無い大蛇の酷い態度にそろそろ堪忍袋の緒が切れそうなショーヒは口調が強くなっていた。
「解ってる、頭では解ってる…」
ショーヒに背を向けている大蛇の表情は読めないものの、弱々しく小さな声は震えていた。
大蛇自身でも自覚していた事だが、頭と心は別々でどう対処したら良いかわからないでいたのだ。
最近になって頻繁に会いにくるリオリの心境は父親に甘えたい、というものを大蛇は理解している。
自分の姿を捉えた瞬間の自分と同じ瞳をした、リオリの瞳は期待が籠もり嬉しそうに駆け寄る姿は愛おしいものがある。
しかし、そこでキョクビ姿が重なり罪悪感が大蛇を襲う。
罪悪感から逃げたい一心でリオリに冷たく当たってしまう自分が嫌になっていた大蛇だ。
「……とりあえず、本当の家族と過ごしてこい。
そこでキョクビ君と接してる自然体のお前を見つめ直して、リオリくんに同じ事をするってことで」
長い付き合いである大蛇の大きな不安や戸惑いを感じ先程までの怒りは消え、この友の頼りない背中に活を入れる。
友として、相棒として、第三者としてショーヒは大蛇にアドバイスを授けた。
「……そうだな」
いざという時は頼りになる相棒の言葉に一言返し、眉を下げた苦笑いを浮かべてショーヒを見る。
ありがとう、と今度は笑ってみせた。