涙の溢れる世界
眩い日差しで世界を照らし出す朝日に不安で押し潰されそうな心境では眩しくて辛いものだ。
キョクビが心身共に深い傷を負いながらも、辛うじて帰宅出来た奇跡から数日の月日が経過している。
未だ目覚める気配の無かった愛息子の姿にサンミャは、もしかしたら目覚めない可能性もあると思考が過ぎり心が潰れそうな心境で過ごしてきた。
いつ目覚めても良い様にと、必要以外はキョクビの傍からは離れずにずっと様子を眺めていたのだ。
「……んん…?……ッ!?」
ゆっくりと瞳を開いたキョクビは、視界に映し出されるぼやけた世界からくっきりとした世界へと移り変わった所で辺りを見渡す。
今は自室に居る状況を理解して起き上がろうと体を動かすが、動かしたと同時に激痛が全身を走り思わず顔を歪める。
体力の限界により疲労困憊であった体は未だに疲労が残り怠くて動かせにくい。
脇腹の傷はサンミャの処置により傷は塞がっていても、動けば開くであろう。
脇腹以外にも様々な傷がキョクビの身体にはあり、動けば激痛が走る。
まだまだ絶対安静状態だ。
動けない体に鞭を打ち、無理やり動かす気力も無いキョクビは呆然と思い更けていた。
「キョクビ…!」
母の声を聴覚で捉えれば視線だけを声の元へ向ける。
心配そうに、今にも泣きそうな表情からは驚きと安易も感じ取れた。
母上と声を出したつもりが声は出ず、喉がカラカラで生唾を飲み込む仕草を無意識に行う。
すると、サンミャは用意していたであろう水飲み容器をキョクビの体を起こして口へと運ぶ。
口に入って行く水分に喉を枯らしたキョクビは必死で飲み込んでいく。
途中、勢い余って咽せたりしたが気にせずに飲み続いていた。
喉は潤い満足したキョクビはゆっくりと口を開いて精一杯の言葉を呟いていく。
「母…上、ごめん…な、さい」
こんなにも母に心配掛けたのは初めてで、罪悪感が心に募っていたのだ。
キョクビの謝罪にサンミャは首を振り愛しの我が子を抱きしめた。
抱きしめる母の手は震えていて背中からは微かなすすり泣き声が聞こえる。
こんなにも心配掛けてしまった、とサンミャから伝わる心地よい体温に包まれながらキョクビも自然と泣いていた。
「お帰り…なさい」
震える声に反応して頷いて抱きしめ返す。
互いに強く抱きしめ合えば少し息苦しいが、生きている幸せを実感して再び涙が溢れてしまう。
先に泣き止んだサンミャはキョクビが泣き止むまで背中を優しく擦りながら、ただ、胸の中で泣き続ける子が泣き止むのを無言で優しく待っていた。
泣き止んだキョクビの顔は泣き腫らして痛々しい。
痛む心を余所にサンミャは母として、理解者としてキョクビに問いかける。
「何があったの…?」
優しくも真のある言葉にキョクビは口篭もり俯いていた。
学校へ行ってなかった後ろめたさもあり話しづらかったのだ。
俯く顔に影を感じたサンミャはいつしかの恐れを抱いた我が子を思い起こし、今度は逃げないと意気込み答えを待つ。
今、言いづらいなら言える時で良いと微笑む母を視界に捉えたキョクビは首を振り、言葉を出していった。
まずは学校へ行ってなかったという点から始まり、その理由を続ける。
次にその時間帯では冒険を楽しみ、お気に入りの場所を見つけて通っていた点。
そのお気に入り場所、草原で本当の友と呼べる人物と出会えた喜びと楽しさ、そして共に過ごした時の思い出を語った。
最後にその友が自分の代わりに学校の生徒達によって傷付けられ、自我を失い、目覚めたら殺風景な景色と変わり果てた草原と当時の身体状況を伝える。
泣きながらも、ゆっくりとゆっくりと語るキョクビは最後に、証拠は無いが友は自分が手に掛けたかもしれないと憶測を語り悔しさで握り拳を作っていた。
サンミャは静かにキョクビの話を最後まで聞き入れ、悲しみと絶望と怒りと複雑な心境ながらも想像を絶する状態であった息子を抱きしめる。
「頑張ったね、頑張ったよ…」
母子の瞳から溢れる涙の原因は違えど、今は互いの存在を確認しながら心に癒しを与え与えられていく。
朝日は静かに世界を照らし出す。