現実の世界
どんよりと重たく黒い雲から再び水の雫が落ちていく。
雫の数はやがて大量になり地へと大雨として降り注いでいた。
傘を忘れ慌てて帰宅を急ぎ駆けていく生徒達、傘を持ってきていた生徒達は傘を開いて雨の音を楽しみながら帰宅する。
禁忌の子供の存在を知らしめようと叫び訴えていた少年も、深緑の髪を濡らしてその場を走り出す。
作戦行動が一生懸命で傘を忘れてきたようだ。
雨が好きな蛇族でも、長時間雨に打たれては風邪を引いてしまう。
頭上から降り注ぐ無数の強い刺激は頭部を直撃していき、体温と合わさって温い温度の水滴となり額から頬や鼻を流れる。
最後は顎から雫として再び地へと振り落とす。
瞳から流れる涙とも合わさり落ちて行く。
泣いているのを誤魔化すには丁度良いタイミングで大雨が降ってくれている。
今日の空や雲や雨は自分の心と同調していると思えて仕方ない。
キョクビは手に持つ傘を空に向かって広げず、ただただ雨に打たれ続け森の中で孤独に立ち尽くす。
学校での友人達の態度やクラスメイト達からの視線、接点すら無い生徒達も上級下級生関係なしにキョクビを疑心暗鬼していた。
両親が禁忌を犯して自分を生み育てている事実は誰にも話たことは無い。
入学の際も両親の種族が違う事は禁句として教え込まれ、その約束をずっと守ってきた。
母のサンミャも滅多に人里へ降りない理由も、禁忌の重罪さも、自身が他の子供と違い過ぎるのも痛感していたが、ひた隠してきたのだ。
キョクビは急変した周りの態度に深く動揺したと共に、深く傷付いてもいた。
禁忌という事実を周りが知らないままとして、なら何故態度が変わったのかを考えたが思いつかない。
試しに友人達に聞いてもみたが、答え知っているはずだが知らないと返された事で味方は居なくなったと察してしまった。
何年も親しくしてくれた友人達の控えめな拒絶はキョクビの心に傷をつける。
最後の友情として、キョクビは友人達にこれ以上深く干渉することを諦めたのだ。
「どうして……なのかな……っ」
呆然と立ち尽くしていた場に座り込む。
震える声で自分へ、友人達へ、周りへ問うが誰も答えてくれない。
自分が悪い事をしたなら全力で謝ろう、しかし禁忌の子供というものは両親を責める訳でも無いが、キョクビ自身は何も悪くない。
多少片親の特徴を持つも蛇族の容姿に産まれ、両親の血が上手い具合に混ざり、何よりここまで普通に育ってきた。
むしろ奇跡の存在だが世界はその奇跡を認めないのが現実だ。
奇跡を認め尊重してくれるのは両親と父の幼なじみのショーヒとカヨリの二名だけである。
親に与えられた場所だが自力で作り上げてきた友情と、普通の生活をたった一瞬で失っていた事態。
自分の何が悪かったのか判明させられない悔しさで涙は溢れて止まる気配を起こさない。
嗚咽しながら泣き続けるキョクビに、冷たくも優しく感じる雨粒が熱くなる目頭を冷ましている。
先程まで大雨だったが小雨へ落ち着いた。
森奥地の建物でサンミャはキョクビの帰宅を待機しながら窓の外を眺める。
ガチャ。
静かに落ち着いたドアの音が響いて帰宅を知らせを耳にして出迎えに向かう。
入ってきたものの、ずぶ濡れで立ち尽くす我が子の姿にサンミャは驚愕した。
手に持つ傘を差さないで帰宅してきたのは一目瞭然だが、今までそんな事が無かっただけに子の異常事態を感じた。
大丈夫では無いのは分かりきっている状態で大丈夫?と声をかけるのは違う。
無闇に突っ込まないで普通に接して様子を伺う選択を選び、何事よりも最優先するべき行動をさせるために風呂場へ向かった。
「お帰りなさい。お湯入れたから温めてきなさい」
風呂場から戻ってきても、同じ場所にずぶ濡れのまま俯いていたキョクビに指示を出す。
すると、ゆっくりだが頷き風呂場へ重い足取りで向かっていく。
学校で何かあったのは間違いない。
顔を見せないようにしていたのか、ずっと俯いたままであったが確実に泣いた痕跡があった。
しかし隠そうとしている行動から、無理に聞きだした所で素直に吐き出す様子では無さそうである。
キョクビ自身が話をしてくれるまで待とうとサンミャは決めるのであった。
「夕飯はシチューよ」
風呂から上がり全身が温まった証拠として顔が火照ているキョクビに、作っていた夕飯の献立を伝えれば表情が明るくなったように感じる。
キョクビの大好物は母の作るシチューで、自分でも作れるようになりたいと進んで手伝ったりする程だ。
シチューを食べる姿は幸せそうだが、相変わらず学校での事を話そうとしないキョクビの様子にサンミャは優しく微笑んでいた。
「美味しいでしょ?今日のシチューには採れたての野菜がいっぱい入ってるのよ」
口いっぱいにシチューを入れて食べるキョクビは母の言葉に激しく上下に首を振る。
口に入れ過ぎて喋れず、代わりに態度の大きさで激しく同意しているのだ。
山猫族で猫舌でもあるサンミャの作るシチューは温い。
蛇族は熱い物を好んで食べる者も多いが、キョクビにとって産まれてからずっと食べてきた料理は、作り手のサンミャに合わせて全て温いのだ。
熱々の料理を食べさせればフーフーと息を必死に吐いて冷まさせ、冷え冷えの料理はある程度溶かしてから食べる。
この行動も猫舌を持つ猫科種族の特有行動でもある。
「母上、僕は……」
泣き腫らした瞼が赤く腫れて尚も瞳は潤い、今にも泣きそうな顔で言葉を詰まらせる。
無理に焦らさせず、ゆっくりと続きの言葉を待つサンミャの優しい微笑みに視界が潤いを増してしまい瞼を閉じてしまう。
視界は暗闇に呑み込まれたが、頭を温かく優しい手つきで撫でられて安らぎを与えて貰えば涙が溢れてしまった。
「無理に言わなくてもいいから、話せる時がきたら教えてね?」
思いっ切り泣き出し、涙を払う手は瞼や頬を擦り続ける。
擦り続けた箇所の肌は赤くなり元々赤く腫れていた瞼は更に赤みを増す。
我が子の泣き続ける姿に心は辛く握り潰されてしまいそうだ。
禁忌でも、私達は後悔しない。
この言葉に嘘も無ければ信念を曲げる気もない。
この先も永遠に曲げる気も無いが、子の苦しみ泣く姿には後悔が押し寄せる。
サンミャはそっとキョクビを抱き寄せ、優しく抱き締めた。
翌日もキョクビは学校へ向かっていった。
予想通りといえば予想通りで、周りの態度が辛さを増していた。
友人だった子達でさえ、キョクビとあからさまに距離を取り陰口を叩く。
リオリの訴えは噂という形により全生徒へ伝わった。
昨日キョクビの存在を探りを入れていた者達によって、ネコ目や猫科種族の行動を目撃した事で禁忌が事実と噂が更に広げられ拡散が早まったのだ。
噂を聞いた生徒の中には直接親に質問した者もおり、サンミャという山猫がこの里の何処かに潜んでいるという情報も一部で流れてる。
山猫族はサンミャを除けば絶滅しており情報が少ないのもあり、その情報はデタラメの可能性あるというのも噂で流れてはいた。
「お前、禁忌の重さって授業で教わってるだろ?何で居んの?」
「いちゃいけない人でしょー!知ってるよ!」
「消えろよ」
上級同級下級生、すれ違う生徒達から吐かれる暴言
孤立したキョクビを面白半分で笑って眺めている者達
ワザと足を引っ掛けて転ばせようとすれば、無意識に避ける。
そうすれば楽しく無いと後ろから押し倒させた。
子供達だけの学校という小さな世界で、一人の標的に一斉攻撃を繰り広げる。
教師という大人にはまだ気づかれていない、と背徳感で新たな面白さを味わっていく。
吐かれる暴言から禁忌の子供という事実が知られてしまったという事が分かった。
それだけでも収穫があったと開き直りそうだったが、打開策は無い。
事実を受け入れ反論はしない。
禁忌でも、両親は誰よりも大切な存在だ。
反応を示さないキョクビに、周りの者達による攻撃は加熱していく。
昼休み
疲れ果てて校庭の隅で人目を避ける場所を見つけ休息する。
先客が居たようで、下級生の少年が突然の来客と来客の正体に怯えた様子で震える。
「キミは……」
一緒に砂遊びをした子だよね?と声をかけたかった。
深緑の少年と友達になれたかい?そう聞きたかった。
「来…ないで……」
ガタガタ震える体の必死に抑えようとする手は力が入っていない。
相当怯えていた。
化け物を見る目で怯え泣きそう少年に言葉を失ってしまったキョクビは何も語らず、ごめんねと俯いて小さく呟いた。
怯えている少年の耳にしっかり聞き取られ、キョクビの顔を覗けば泣いていた。
「お兄ちゃん……」
「僕とは関わらない方が良いよ。これ以上君が独りぼっちなのは辛いから……」
震える声で一言告げ、その場を離れたキョクビの背中はとてつもなく寂しそうで辛そうだった。
少年はキョクビの優しさに触れ、昨日リオリに言われた言葉を思い出す。
「お兄ちゃん、頑張って…」
味方は出来ないが密かに応援を送る臆病な性格の少年を名をタイトといった。