寄生生物殺人事件
タイトルで丸わかりだとは思いますが、バカミスです。
そういや最近、バカミス書いてないな と思ったので書きました。
目の前には夫の死体が転がっていた。そして私の自宅には警察官が幾人もいて、私を取り囲んでいる。
――私は保護されている訳ではない。
私は、夫殺害の容疑者なのだ。警察官達は私が犯人だと疑っている。いや、確信していると言っても良いだろう。
確かに、料理に毒を混入する事が可能だったのは私だけだし、夫の浮気が原因でここ最近ずっと夫と私は喧嘩をしていたし、それに私の自室には寄生生物“ナ・ヌー”に関する書籍が転がってもいた。だから、警察官達が私を疑うのは当然と言えば当然だ。
しかし、私はやっていない。
私は自分のお腹をさすった。
そもそも私は自分の体の中に寄生生物“ナ・ヌー”が存在している事すら知らなかったのだ。寄生生物“ナ・ヌー”の書籍だって、夫がしきりに「もしかしたら、既に“ナ・ヌー”に寄生されているかもよ」と脅すものだから不安になって買ったに過ぎない。決して殺人の計画の為に知識が欲しかった訳じゃないんだ。
まさか、本当に私の体に“ナ・ヌー”が寄生しているとは思っていなかったけれど。
寄生生物“ナ・ヌー”は、ここ最近で見つかった新たな生物で、どんな経緯で人間に寄生するようになったのかは今のところ不明だ。何故か捕えた“ナ・ヌー”は直ぐに消えてしまうので研究は進んでいない。ただ、体内に入って食物を摂取してしまう意外にこれといって悪さもしないので、それほど問題視はされていない。中にはダイエットになって良いと言っている人もいるが、寄生されているというのはあまり気分の良いものではない。
いや、大いに不快だ。
しかも、“ナ・ヌー”は、それなりの大きさに成長するのだ。寄生されていると脅された私が、不安になるのも無理はない。
……何故、夫の殺人事件に寄生生物“ナ・ヌー”が出て来るのか、その理由は簡単だ。私も夫と同様に毒入りのシューマイを食べている。なのに夫は死に、私が平気でいるのは、私の体の中にいる寄生生物“ナ・ヌー”が原因であるらしいからだ。
私が食べた毒入りシューマイを、寄生生物“ナ・ヌー”は私の体内で食べてしまったのだ。結果として私は死なず、代わりに“ナ・ヌー”が死んだ。
「シューマイは皿に取り分けられていなかった。だから、まさか旦那さんもシューマイに毒が入っていたなんて思わなかったことでしょう。何しろあなたも毒入りシューマイを一緒に食べているのだから」
警察官の一人がそんな嫌味を言って圧をかけてきた。私はこう返す。
「ですから、何度も申し上げた通り、私は自分の体内に“ナ・ヌー”がいるなんて知らなかったのです! それに、そもそもシューマイが食べたいと言ったのは夫です!」
私はそう必死に訴えたが、警察官は相手にはしてくれなかった。
「本当ですか? あなたはシューマイが好きでよく食べていると聞きましたが?」
「確かにここ最近、何故かシューマイが食べたくなる時がよくありますが、今回は違うんです」
「まぁ、言い訳は署で聞きましょう。ご同行願いますよ」
「嫌です。何で犯人でもないのに、警察に行かなくてはならないのですか? 夫が死んだばかりだと言うのに!」
夫とは最近仲が良くなかったが、それでも死んでほしいなどと思った事は一度もない。ショックだって受けている。この警察官の対応は酷過ぎるだろう。
ああ、誰か助けて……
そんな事を思ったところだった。突然にこんな声が響いて来たのだ。
『その奥さんは、犯人ではありませんよ』
声の方を見ると、そこにはいかにも探偵といった風貌の男が一人立っていた。いつの間にか、私の家に入って来ていたらしい。
『新村さん!』と、その彼を見て警察官の一人が言う。どうも、警察官達の間では有名な人物らしい。
『犯人でないとは一体、どうして?』
その新村という男は“うん”と頷くとこう語り始めた。
『色々とおかしな点があります。まず、どうして警察官達は、この奥さんに寄生生物“ナ・ヌー”が寄生していると知ったのでしょうか?』
その言葉に警察官達は顔を見合わせる。
『それは、匿名の通報があったから…』
『では、どうしてその匿名の通報者は、奥さんに“ナ・ヌー”が寄生していると知っていたのでしょう?』
今度は誰も何も応えなかった。
『もしかしたら、この奥さんの部屋に寄生生物の本があると知ったのも、その匿名の通報者からの情報ではないですか?』
『それはそうみたいですが……』
なんだかよく分からないが、この新村という男は私の救世主になってくれそうだった。私はじっと事態の行く末を見守った。しかし、それから新村はとんでもない事を言い出したのだった。
『この旦那さんが浮気をしたのも、恐らくはその通報者の企てでしょう。夫婦に喧嘩をさせる事で、奥さんの充分な動機を演出したかったに決まっている』
なんだって?
そんな事が可能な人間が存在するのだろうか?
私は彼の言葉を俄かには信じられなかった。しかも、その新村という男は、それから夫の死体を指差してこう続けたのだ。
『真犯人は、彼です!』
はい?
私の頭は混乱した。どういう意味だろう? 死んでいる夫が犯人? まさか自殺だとでも言うつもりだろうか? 例えば、私を殺人犯に仕立て上げる為に自殺をしただとか…… そこまで夫から恨まれるような覚えはないのだけれど……
だがしかし、それから私の目の前で信じられない事が起こったのだった。
死んでいる夫の口から、何かが這い出て来ている。もぞもぞと。しかも、それなりの大きさで、それは筋肉質なミミズのような外見をしていた。先端には大きな目玉が一つある。
……これは、寄生生物“ナ・ヌー”だ。
それを見て、新村が言った。
『早く捕まえて! 逃げられますよ!』
すると、大慌てで警察官達は“ナ・ヌー”を捕まえた。“ナ・ヌー”は、『キギャッ』と不快な悲鳴を発した。
「一体、これはどういう事です?」
私はそう新村という男に問いかけた。新村は私よりも一歩前にいて、私は彼の背中に目を向けていた。
『簡単な話ですよ』
新村は言った。
『あの寄生生物“ナ・ヌー”は、あなたの体内にいる“ナ・ヌー”を殺した罪から逃れる為に、人間であるあなたを殺人犯に仕立て上げようとしていたのです』
――なんか、彼の物言いは変じゃないか?
私がそう思った瞬間だった。新村が振り返ったのだ。そして私はその姿を見て恐怖で戦慄したのだった。
新村の口からは、寄生生物“ナ・ヌー”が目玉を覗かせていたからだ。
「ヒーッ!」
私は思わず悲鳴を上げる。
見回すと、寄生生物“ナ・ヌー”が姿を見せているのは、新村だけではなかった。警察官達の口からも“ナ・ヌー”の目玉が覗いている。
なにこれ? なんなの、これ?
新村が……、いや、新村の口から出ている“ナ・ヌー”が淡々と言った。
『そう怯えないでください。人間には秘密にしていますが、実は我々はある条件下では知性を発揮するのです』
「そんな……、だって研究だってされているのに、それが分からないなんて事が…」
『“ある条件下では”と、言ったでしょう? 我々は人間の脳を借りる事で知性を持てる。それに、研究室に捕まった“ナ・ヌー”は直ぐに仲間の“ナ・ヌー”が助けてしまうので、研究は進んでいないはずです。因みに捕まった“ナ・ヌー”が消えてしまうのはだからですよ』
私はそれを聞いてもまだ信じられない。
「……そんな、そんな馬鹿な事って」
動揺している私を無視して、新村“ナ・ヌー”は事件の説明をし始めた。
『あなたの夫の体内にいた“ナ・ヌー”は、あなたの体内で死んでしまった“ナ・ヌー”と恋人同士でした。ところが、どうやら酷い喧嘩をしてしまったらしい。それであなたの殺害に見せかけて、あなたの体内にいる恋人の“ナ・ヌー”を殺す計画を思い付いた……』
私の頭は混乱するばかりだ。
なにそれ? 寄生生物同士にも人間関係ってあるの? いや、“人間”じゃないけれどもさ!
新村“ナ・ヌー”の説明は続く。
『まず、あの“ナ・ヌー”は、あなたの夫を操って、浮気をさせる事で、夫婦関係を悪くさせた。先にも言ったように、あなたに殺害動機をつくる為です。そして、寄生生物への恐怖を煽って、あなたに“ナ・ヌー”の書籍を買わせもした。これは、その知識で計画殺人を思い付いたように演出する為ですね。
最後に、あなたの体内の“ナ・ヌー”が好きなシューマイを夕食に出させ、それに毒を入れ、高確率で殺せるように仕組んだ…… 好物なら喜んで食べるでしょうから』
私はそれを聞くとこう尋ねた。
「私の体内の“ナ・ヌー”がシューマイを好き? もしかして、最近私がシューマイを食べたくなっていたのってだからだったの?」
新村“ナ・ヌー”は頷く。
『はい。その通りです』
私は頭を抱える。
そんな! 私が操られていただなんて!
新村“ナ・ヌー”は、そんな私に構わず言った。
『とにかく、これで目出度く事件は解決しました。あなたの夫の体内にいて、あなたの夫を巻き添えで殺した“ナ・ヌー”は、こちらでしかるべき罰を下しますので、安心してください』
私はそれを聞き終えると、こう尋ねる。
「ちょっと待って。それって、私にかかった人間社会での容疑はどうなるの? ちゃんと無実だって分かるの?」
新村“ナ・ヌー”はそれを受けると、肩を竦める。
『さぁ? そちらの社会の事までは分かりかねます』
「そんな…… それって、私にとってはまったく解決になってないじゃない!」
私は苦悩しながら叫ぶ。
「誰か助けてぇ!!」
そんな私に無情にも新村“ナ・ヌー”が言う。
『あ、因みに、この事を話しても佯狂だって思われるだけだから止めておいた方が良いですよ』
私はそれを聞いてもう一度叫んだ。
「誰か助けてぇ!!」
こんな事件の終わりは嫌だ。絶対に。