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鉄の死海

作者: のぶ

 歌えの声を、宴なく、声は花咲く咲き千切り

 誰が躍ったかその場をば、今日は見立てなく、

 移ろう揺蕩いの鏡を置けば、

 それは影の瞳がみえならむ。


 火はかがなりうく。黄昏の声の誓いを、

 光、君は灯を燈せよ。松明振れ行くその夜や夜

 月たちが躍りだす、さてや、さてや

 星は七つの虹を見出し、愛と希望の狭間で、

 死を、死は、死の、死に。


 私が眠っているとき、誰かが啼いていたようだ。

 私はその人の涙をふき取り、

「さぁ。時は海よりも広い。その平原を、見つけなさい」

 私はこういうだけだった。

 その人は眠りについた。私と入れ替わるように、死者に黙祷を捧げ、

 燈された希望の種は潰える愛を祈るだろう。


 剣を讃えよ、賛状の日を遠く、

 早く声を、早く町を、

 七つの階段を登り、私は歩いた。

 それは第一に死せる希望。

 第二に愛されたかがりの灯

 第三に世界の和らぎ

 第四に……。

 声は枯れない、私は私の鏡を見せうる、までだ


 ああ、お嬢さんと私は言った。

 何かようでいらっしゃいますか?

 彼女はそう言った。

 彼女はグロテスクなまでに彼女だった。

 彼女は言葉からなる全能百科事典だった。そしてかの、

 そうだ。

 その言葉、私は待っていた。私は待っていた。

 鉄の死海に彼女はいた。

「よく来たね。私のことを、忘れていた?」

「ううん。そんなことないよ。だからこうして来たんじゃないか」

「それでもう人はここにいない。誰か私の相手をしてくれないかな」

 彼女はもう辞書に残っているものは「自我」という言葉しかないほど、

 自身を喰らいつくしていた。

 私は彼女を抱きしめて、そして、そして、

 彼女の中枢を破壊したのだ。

 彼女は断末魔の響き声をあげながら、死んでいき、それと同時に、

 世界は概念を取り戻した。


 その概念が生のモノだった。

 人々に光が降り注ぎ、灯は燈されたランプが消えてしまう。

 だれか、だれか、ランプが消えていく。

 人々が裂き、灯は聖別された刀によって切り裂かれた。

 それは血液にまみれ死者を記憶してきた夜の歌。

 歌は語り継がれ、死者たちの裂罅の間から魔がやってくる。

 あれや、あれやと歌い継ぐ。

 時は砂時計のなくなった砂の中、

 死者たちは素直に光に注がれ、そして聖者が現れ、

「死者は眠った。私たちはあの歳差運動のような時を生きている」

 そう宣言した。

 花は咲きちる、種の葉に生き行くものは死海の夜なり。

 

 海が遠く、そして旗がはためく。

 海乗りが叫ぶ「こは我が地所だ」

 死者の持つその日差しの、光を、まだ。

 私は彼女が死んだあとの死海にいた。

 中枢は粉々に砕け、彼女はもう、この世にいない。

 私はそのようなことをすでに知っている。

 私が殺した、私が殺しているから、私が……。

 全能の百科辞書はもういらない。

 彼女が収集したその言葉は、もう眠りについた。

 言葉の法律、私たちには死者の眠りを妨げるものなど存在しない。

 暁のかた、光の前の静かな日ざし今日を歌いて。


 黄金の世界、それから潮騒の聞こえる揺りかごと墓場の地球で、

 僕は彼女の亡骸をひたすら抱きしめては、

「ごめんよ。ごめんよ」

 僕はそういうだけだった。

 彼女はもういない。僕は彼女を殺すことにして、世界はようやく光に満ちた。

 さぁ。月海夜だ。月の海、さざなりが聞こえる月の海に、僕はいた。

 彼女はもう笑わない。流涕した銀のなみだが、僕の頬に伝わる。


 装飾品を用意し、

 銀のコップを用意したうえで、

 一人静かに、

 水を飲む。

 部屋には僕にしかいない。

 彼女の残骸は埋葬した。

 慕情たる月、涙の日翳した夢は明かりの朝日


 ひらりかがきの彼が夜、浮世絵中の幻想世界。

 僕はそこで愛を見つけたい、と、そう思った。

 だから愛という言葉を散策の散歩に出ることにした。

 彼女はどこにいるだろう。

 声だ、声が聞こえる。

 ……わ……た……し…あなたが、

 それは彼女の声だった。ぼくは彼女の死を見つめ、最期を見てはて、夢のような

 光の降りしきる、降り注ぐ、五線譜上の彼女

 幾つもの伏線を元に、ひとつの大団円を、輪っかの冠状の彼女を、

 戴冠式の前に集まる群衆、歓びの調べを歌えよ。

 陽光が落ちるときに月と交わるその一瞬を、

 僕は見逃さなかった。

 落ちていく彼女の躰の残骸たち。

 その服装を、ぼくは豪奢な黄昏ていく姫君の騎士号授与式。


 私はあなたのことを、見ていた。

壊して、

それは壊して、そして壊して。

私はあなたが私に触れたときのことを、今でもよく覚えている。


僕は君のことを、今でもそのほほえみを、よく覚えている。

君は蝶々が咲き乱れる花々に触れたとき、おもわず、

「かわいい」

 と、そういっていた。

 君の瞳は美しい茶色の瞳で、ぼくと初めて会ったのは、いつだっただろう?

 よく思い出せない。

 庭園で歩いたそのことを、ぼくは覚えている。

 あの日、雪が降っていたね。

 ぼくが散策をやめようかと言ったら、

「雪もいいと思う」

 と君は言っていたね。

 

 そう、私はそう言っていた。

 私は私

 誰にも邪魔はさせない。

 鉄からなる死海を、誰にも渡させない。

 ここは私の場所、

 旧き鏡の灯りの果樹、黄昏の雲は消えかかりつつ。

 私の居場所を、

 誰にも、

 あなたにも、あなたたちにも、

 私は渡さない。

 そして光が降り注ぐ、その恵みの中で、

 死者が甦り最後の裁きが神の前で行われるとき、

 私は煉獄の中で、うろうろと、

 鏡のきかり、明るい月日、沙漠のタタール、私は見ている。

 私は見ている。

 大きな鎌が振れ子のように動くその世界で、私はひとりのくちびるを、手にあてて、

「どうかいらっしゃったのですか?」

 それは彼だった。私を殺した彼だった。

「僕のことを憎んでいるかい?」

「いいえ」

 私はそういった。人々が砂粒のように集まったその世界で、

 私は騒乱と祈り、怒りの中、神殿の中枢部まで歩いていき、

 最後の言葉を失わないとして、

「それはいや、いやだ」

 とつぶやくばかりだった。

 そのとき、死と生の狭間にある境界線は薄れ、見えないほどの光が降り注いだ。


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