わたくしが生き延びたとき
薄絹1枚の身体を寝台に横たえる。
横にはガウンを羽織っただけの夫となる男がこちらをじっと見つめていた。
今宵、わたくしはこの方の妻となりこの地を支える一柱となる。
それがわたくしに課せられた生きる代償。
そのはずだった。
キンッ。と、二人しか居ない筈の部屋で硬質な物同士を打ち付けた様な音がした。
夫となる方はわたくしの身体をまさぐるのに一生懸命で微かなその音に気付いてはいないようだ。
気付かれぬよう、音のした方に目線をやると硬く閉ざされていた筈の閨の扉が音を立てずに開かれてゆく所だった。
事が為されるのは初夜が滞りなく終わってからのはずだが何か事情でも出来たのだろうと、わたくしはお役目を全うすべく目を閉じた。
「ぐっ……ぎゃぁぁぁぁ!!!」
絶叫と共に身体にべちゃり、べちゃりと生暖かい液体が降り注ぐ。
頬に、肩に、胸に、腕に、脚に。
そしてゴトリ。と何かが落ちる音が室内に響く。
何が起こったのかと目を開けると、首のないかの方の身体がわたくしに向かって倒れてくる所だった。
避ける事も出来ず、その重さと衝撃にわたくしは思わず「かはっ!」と口から空気を漏らした。
「礎の姫」
かの方を殺めた人殺しがわたくしを呼ぶ。
「この国は我が国の物となった。
だから貴女も我が国のモノだ。」
何を言っているのだろう?とは思わなかった。
我が国はもう何年も隣国と戦を繰り返しており、ここ数年は劣勢だと聞いていたから。
だからこそ、わたくしが必要とされたのだから。
この地には【礎の一族】と呼ばれる一族がある。
一族はこの地に根付いており、平時は普通の貴族として生活しているが有事の際は産まれた女児を【礎の姫】として育て上げる。
女児は物心ついた頃に喉を潰され、その後はありとあらゆる毒を喰わされ、死なないように全てを管理される。
そして【礎の姫】は必ず嫁ぎ先の夫を守り、敵国の手の者によって殺される事が決まっている。
【礎の姫】の死体は身体に溜め込んだ毒が処女を失うことによって膣より漏れ出るため、早急に敵国の領地に運ばれ、打ち捨てられる。
ただ、この地を護る為だけに育まれた【礎の姫】の、それが運命。
わたくしは今代の【礎の姫】として育てられた。
喉を潰され声は出ず、今は抵抗しないように四肢をも拘束されている。
この状況でわたくしに出来る事など何もなく、ただ人殺しの言う通りにするしかない。
「まだ犯されていないな?」
問いにこくりと頷くと、周りの騎士達に一言二言、何かを告げて男は血塗れになり、動けぬわたくしを抱き上げて部屋から連れ去った。
連れていかれた先は湯殿で、わたくしは男の手によって全身をくまなく磨きあげられた。
男は湯殿に着くと躊躇い無く拘束を解き、服を剥ぎ取り、血を洗い流してゆく。
見知らぬ男に身体を見られているという羞恥は何故か湧いて来なかった。
泡立てられた石鹸に赤いものが混じらなくなるまで何度も何度も洗い立てられ、へとへとになってしまっていたからかもしれない。
気付けば同じように全裸となった男に抱かれ、湯船に身体を沈めていた。
背中を緩やかに撫でられ湯の温かさと心地よさで睡魔が襲ってくる。
起きていようと思っていたのだが、くっ。と笑いを噛み殺した男の
「寝ていいぞ」
の言葉に釣られたようにわたくしの意識は暗闇へと落ちていった。