悪夢
「チョコ、」
ふと顔を上げたら大好きな彼が私の顔を覗き込んでいた。
その瞬間、感じたのは違和感。
「あのさ、噂で聞いたんだけどさ────」
「うん?」
「チョコの好きな男って俺ってマジ?」
「えっっ!?」
全てのものが、とび跳ねた。
心臓も手も足も、体も全部。
動揺して思考が停止している私に、彼は言いにくそうに告げた。
「だとしたらごめん。もう俺チョコと関わるのやめとくわ」
「え、ちょっ、・・・・えっ?!」
驚いて頭のなかが真っ白になると、どうして言葉が上手く出ないのか。
「じゃあな」
(待って真田くん!待って!ねぇ待ってよーー!)
必死に引き留めようとしても、なぜか声が出てない。
手を伸ばしても、彼には届かない。
(やだ、待って。いかないでよ真田くんっ)
しばらく呼吸を忘れていたみたいに、ゼイゼイと肩で息をする。
視界に飛び込んできたのは、見慣れた天井。
────そう、私の部屋だった。
「夢・・・・・?」
リアルすぎて、現実かと錯覚してしまいそうになる。
いやいや、夢だよね?
彼はまだ、私の気持ちに気付いていないよね?
「ハァ・・・」
(────それはそれで、へこむんだけどね・・・)
モゾモゾとまだ布団の中にいたかったけれど、あれ以上布団の中に居てもいい夢は見られそうに無かったから、私は仕方なく起きることにした。
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「はよっ!」
「ひゃ!」
変な声が出てしまったけど仕方ない!
なんだその、やたら爽やかな笑顔は!
後ろから急に本人登場とか!
朝から呼吸止めさせる気か!
危うくキュン死にしかけたわ!
「あれ?チョコ───なんかクマ、出来てない?」
「えっ、ウソ!!」
咄嗟に目元を押さえてみたけど、“あの夢”が関連している気がして真田くんを直視できない。
「悩み事かー?俺で良かったらいつでも話聞くからな?」
「あ、ありが────」
俯いたままお礼を言いかけた時、真田くんが声をあげた。
「麗!」
少し前を、彼女が────歩いていたからだ。
「おはようございます」
「なんで先行っちゃうんだよ」
「待ち合わせに遅刻したのは真田くんでしょう?」
「すぐ行くから待っててって連絡しただろ?!」
「ああ、見てませんでした。電車が来たところだったので」
「ひどくね?!」
二人の会話を、聞くのが辛くて。足取りが重くなって。
私の歩く速度は減速していく。
(───なにこれ、悪夢の続き?)
「どしたチョコ、一緒に登校しようぜ?」
振り返って眩しい笑顔を向けてくれる真田くん。
その隣には、“彼女”。
(泣くな・・・・・っ)
「あぁ・・・・っと、私日直だった気がするんだ!あはは・・・っごめん先行くね」
見たくない見たくない見たくない。
あの場になんて、居れるはずない。




