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まさしと涼子



涼子の母は学に温かいお茶をだした。そして来てくれてありがとうとお礼をいう。涼子の母も背が小さい。どことなく涼子に似ている。父は単身赴任で外国で働いている。母の名前は清水京子。二児の母だ。



「えーっと。なにから話したらいいのかな…。あの子どこまで話してる?」

「元カレのまさしさんにクリスマスに振られて、そこからずっと連絡はしてなくて、そして今日そのまさしさんが亡くなってしまった…。くらいです。」

「そっか……。今日せっかく学君に来てもらったのに何も事情を話さないのも……。って思ったのよ。でもどこまで話していいのか私も正直あんまり分かってなくて…。ごめんなさいね」

「いえ…。そんな…。こんな機会を頂けただけで嬉しいですよ。出来れば全部教えてほしいです。僕になにか出来ることがあるならば、僕が少しでも支えになることが出来るなら…。僕はそれがしたい」

京子は優しく微笑んだ。その表情はどこか涼子に似ていた。



「あの子はきっと…。自分から学君に自分とまさし君の過去をそんなに詳しく話さないでしょう?たぶんそれは本当に君のことを大切に想っているからだと思うの。

やっぱり元カレの話って、聞きたくないじゃない。聞く必要も話す必要もないと私は思うわ。だから…。きっと今回の件が終わっても涼子からあなたはにはなにも話さない。

でも、私は君に知ってほしい。学君だから知ってほしいのよ。今日初めて会ったけど私は学君のこと信用してるの。あの子不器用だから……。ごめんなさい。巻き込んでしまって…」

「いえ…。そんな。お気になさらずに。ただでもやっぱり少しだけ後ろめたいというか…。アイツは自分の過去を知られることは嫌うだろうから…。」

京子は少し驚いたような顔をした。目が少しだけ大きく開いた程度だが、二人で向き合って話していると嫌でもわかってしまう。


「フフッ。涼子がね、いつも私に言うのよ…。ガクは私のことちゃんと見て考えてくれてるって。本当にそうなんだなぁって」

学はそれを聞いて少し照れくさくなる。いつもはツンツンして褒めることなどしない涼子から、そんな評価をもらっていたとは…。

「別に…。普通ですよこれくらい……」

「大丈夫よ…。私も涼子とまさし君のこと全部知ってるわけじゃないの…。私も涼子から聞いた話だけだから…。たぶんだけど……。

まさし君が亡くなって涼子は自分のこと責めると思うの……。それを救ってあげれるのはきっと……。学君だと私は思う………。あの子を… どうか………」

はい。と学は返事をする。その声には決意と覚悟が込められていた。

「あの二人はね、高校に入学して知り合ったの……」




***





五年前の春。

毎年変わらず桜は平等に祝ってくれる。節目の季節だ。

清水涼子15歳。高校一年生。クラスには中学からの顔見知りが何人かいて、緊張もしたけれど、なんとかやっていけるだろうなと思っていた。

足元に消しゴムが転がってきた。仕方がないから拾う。周りを見渡すとどうやら隣の男の子の持ち物だったようだ。名前は思い出せない。


「あ、それオレの。ありがとう」

ニコッと笑顔をくれた。消しゴムを手渡す。

「ええと、名前……。なんだっけ」

「清水涼子。東中の……」

「オッケー覚えた。オレは草野まさし。橋中出身」

「あ…うん。よろしく………。」

「もしかして、清水って人見知り?」

「まぁ………。うん」

そんなに人見知りの雰囲気が出ているのだろうか。気をつけなくては。と涼子は考える。


「オレもそうだよ。人見知りなんだよ。でも人見知りの人同士ってなんか話しやすいじゃんね。だからなんとなくそう思った」

全然そんな風に見えないけど。とツッコミたくなったが、一応初対面に変な印象もつけたくないので、涼子は「あー、そうだね」と流す。

それから席も隣ということもあり、少しずつ話すようになった。



「ねぇねぇ。もしかして草野君と清水さんって付き合ってるの?」

「え?」

二人の声がハモった。いきなりクラスメイトにそんなことを聞かれたからだ。高校生ともなるとみんな恋愛話には興味深々だ。いつも仲良さそうな二人を見てクラスメイトから疑いの目を向けられた。

お互い顔を見合わせ、ぷっと吹き出した。


「ないない。なんでコイツとオレが付き合うんだよ」

「ありえないわよ。全然私のタイプじゃないもん、お断りよ」

二人揃ってお互いを拒絶する。クラスメイトは「なーんだ」とがっかりした様子を見せまたどこかへ行ってしまった。

「私たちが付き合うわけないじゃない。絶対イヤよ。あんただけはないわ」

「オレも清水だけはイヤだよ。最初静かで話しやすいかなって思ったのに、とんだ猫かぶりじゃんか。本当はすごい口悪くて大変なのに」

「あんたがいつもいらないことばかり言ってくるからでしょ。バカね。他の人にはきちんとしてるもん」

涼子たちが周りから誤解される大きな原因の一つが、お互いがお互いにしか見せない顔をするからである。初めはクラスメイトも付き合っているものだと勝手に思っていたが、だんだんと時間が過ぎていけば誤解も解けていった。あの二人はあんな感じだと、そう理解されていた。



「あ、もうすぐ期末テストね。」

「そうだなぁ。全然やる気でないけどな」

外の気温も日を重ねる毎に暑くなっていった。もうすぐ夏がくる。

「そうだ。ねぇ。期末試験勝負しましょうよ。負けた方が駅前のパフェ奢り!」

「え…。別にオレパフェ食べたくないんだけど…。」

「いいの。どうせ私が勝つでしょ」

フフン。と自慢げに涼子はドヤ顔をくれる。もうすでに勝った気でいるのだ。





「……………」

「ごちそうさま!ありがとうな清水!」

八月。夏休み。

駅前のパフェ屋から二人は出てきた。男の子は満足そうな笑顔。対照的に女の子は不機嫌そうな顔をしている。


「あ……。ありえないわ……。まだ私夢だって信じてるから…。一生の屈辱だわ……」

「ところがどっこい。これが現実です涼子さん」

うるさいわねバカ!全然似てないわよとグーで背中を殴る。


「せっかくだから、そこらへんプラプラして帰るぞ」

まさしの提案に渋々乗る涼子であった。本当は暑いから家で帰りたいと思った。そんなことを言うと、まさしにせっかくの休みが勿体無いよと怒られるから言わないが。まさしは向こうでソフトクリームを買っている。

今年も異常気象らしい。もう毎年言われているような気もするが、ちっぽけな存在の私たちではどうすることも出来やしない。タラタラと流れる汗をハンカチで拭う。


「お待たせ」

「遅いわよ。罰金ね」

「罰金は払えないけど、ソフトクリームくらいならご馳走してあげよう」

そういうとアイスを渡された。

「パフェ奢ってもらったからな。お礼な」

「……。パフェは不本意だけどね。でもありがとう」

実は涼子はソフトクリームが大好物であった。


「おいしい?」

「まぁまぁね…。さすが牧場しぼりって言うだけはあるわ。この濃厚なバニラ味の中にスッキリとした甘さがあって」

「つまりおいしいんだな」

「……うん」

幸せそうに涼子はペロペロ舐める。ふと目があってしまった。涼子は無意識に微笑む。思わずまさしの口から言葉がこぼれる。



「付き合う?」



涼子は目を丸くして固まってしまった。






雪の降る日。世間はホワイトクリスマスだと喜んでいた。

街中のカップルに混ざる二人の姿があった。

「うー、なんで今日に限って雪降るのよ。寒いじゃない」

「クリスマスに雪降ってイヤがってる高校生なんて涼ちゃんくらいだけどな」

「まさしには分からないわよ。私、冷え性なの。しかも結構重度の」



不満そうに手に白い息をぶつけて温める。眉間に少々シワが寄ってしまう。そんな冷えた涼子の手を優しくまさしの手が握る。

「うわっ。つめてぇ」

「……だから言ったじゃない。バカ」

体とは裏腹に、頭はだんだんと熱くなる。付き合って数ヶ月たつが、今だに手を繋ぐのは慣れていない。気づけば耳元が妙に熱い。


「………。私クリスマスに街に出るのって初めてだわ」

「オレもだよ。ていうか告白したのも涼ちゃんが初めてだからな」

「そういうこと言うなバカ………」


少しの沈黙が流れる。シンシンと降り続ける雪がライトに照らされて、花吹雪のようだった。幻想的な雰囲気に包まれて、周りの人たちは幸せそうに微笑みを浮かべる。私たちもここで同じような顔を浮かべているのだろうか。少なくともまさしの顔は気持ち悪くニヤけている。


「なにニヤニヤしてんのよ」

「ん?幸せだなぁって思ってさ」

「……私と同じこと考えるんじゃないわよ」

繋いでた小さな手がギュッと強く握り返す。冷たかった指先はもう温かくなっていた。隣にいてくれるだけで自然に微笑んでしまう。今知能指数を計測すれば限りなく低い結果になってしまうだろう。


それでもよかった。


もうこの先の人生の運を全て使ってしまったような気がした。誰かにもうこれ以上の幸せはお前の人生にはもうないよって言われても、それでもいいよと言えるくらい、幸せだった。



二年前の冬。

寒空の下。

「………あった。オレの番号あった」

「うそ……」

「ほ、ほら。見てくれよ。こここここれ」

何度も二人で頭を上下させ、掲示板と受験票をいったりきたりした。

「あるわね……」

「涼ちゃんオレ受かったよ…」

「うん……。」

体の力が抜けていく。


「ちょっ。あんたちゃんと立ちなさいよ。」

「あぁ…。ご、ごめん。腰が抜けた」

涼子はまさしの腕を掴んで支える。まったく…。とぼやく。

「おめでとう、まさし。頑張ったわね」

「うん……。別々の大学に行くことになったけどな」

「なに言ってんの。やりたいことがあるんでしょう?じゃあちゃんと勉強してきなさい。別に会いたいときは、ちょっとくらいなら会ってあげるわよ……」


お互いやりたいことのために、別々の大学に進むことになった。それでも大丈夫だと思った。大丈夫だと考えることすらしなかった。それくらい信じていた。これから先も大人になっても、おばあちゃんになっても、

ずっと一緒に笑いあって生きていけるのだと。




***



カチッカチッと時計の音が鳴っている。

「………。まさし君ね。病気だったの…。でも症状も安定していたし大丈夫だと思ってた。心配もかけたくないから、涼子にはずっと隠していた。

私はまさし君のお母さんと仲良かったから知っていたのだけど、涼子には言わないでほしいって言われててね。ちょうど去年くらいから少しずつ体調が悪くなっていって。それを隠したまま涼子と別れたの。」

「病気……」

「この前入院中のまさし君から電話がかかってきてね。

もう自分は長くないけど、涼子には自分のこと言わないでほしい。付き合ったまま自分が死んでしまったら、あいつはきっとこれから先一人で生きていくことを望んでしまう。本当は自分が幸せにしてあげれたら一番よかったんだけど、出来そうにないから。涼子には幸せになってほしいからって、そうまさし君に言われたわ。」

ギュッと京子は下唇を噛む。



「このことは涼子は知ってるんですか…?」

「私は言ってなかったんだけど、友達から聞いたのかな…。さっき知ってることがあったら全部教えてほしいって言われて…。さすがに隠し通せなかった。涼子の気持ちも…。まさし君の本当の気持ちも全部分かっていたから……。」

「………話してくれてありがとうございます。明日から涼子が大丈夫か心配ですけど…。僕がいるので。ずっと一緒にいるので大丈夫ですよ」

京子はポロポロと涙を流し、ありがとう、とそう言った。


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