優しさ
十一月。
こたつをまた出した。涼子はまた定位置に座り温まる。
「はぁ~。恋しかった。」
そういって眠りに入る。温かいお茶をいれてやる。前回のお茶の葉も使いきり、もう何回も新しいのを買い直した。そう思うと一年っていうのは、長いのだと実感する。
「はぁ~。お茶あったかい」
「もうおばあちゃんだな」
「なによ……っていうか、みかんは?みかーん」
「今度また送ってもらうよ」
ぶーたれる涼子をほっといて、
テレビの電源をつける。一通りチャンネルを回し、結局見たいものもないので、視聴率が高そうな番組でとめておくことにした。
「あ、これあげる」
涼子にプレゼントを渡した。今日は涼子の誕生日だ。清水涼子という涼しい夏っぽい名前のくせに、秋生まれなのだ。
「忘れてるかと思ってたわ……」
「これは忘れてはいけないものだろう」
「空けていい?」
箱をあけるとカップが顔をだした。
「わぁー、カップだぁー」
と、ぎこちない棒読みの感謝をくれる。
「なんかごめん」
「い、いや違うの!私あんまりプレゼントとかもらった経験がないからどうしても反応がおかしくなるのっ!本当に嬉しいよ!家で紅茶とか飲むね!嬉しい!嬉しい!」
「わ…分かった。うん。気持ち伝わったから、ケーキ食べよう」
電気を消して、下手くそなバースデイソングを歌ってやる。それでも涼子は満足そうだった。
「あんた誕生日の演出なんて出来るのね」
「そらオレだって祝ってもらったことくらいあるからな」
静かに幸せそうな表情を浮かべる涼子を見ると、たまにはこういう馴れないことをするのもいいもんだと思った。
そうして十二月になった。
早いものでもうすぐ涼子と出会ったクリスマスになりそうだ。一年前が懐かしい。涼子にとっては黒歴史だろうが。今年の十二月は寒いらしい。そんなことを伝えると涼子はまたブツブツ言っていた。
女の子らしいマフラーをして、小さい体でトボトボと歩く。吐く息はいつのまにか白い。それでも幸せだった。間違いなくそれは涼子のおかげだった。笑ってくれる。それだけで心が温かくなった。
夜。
久しぶりに一人で家でゆっくりしている。寒いからこたつで丸くなる。暇だな。でもたまにはこんな静かな夜もいい。音がしない。いつもは口うるさいがいなくなったらいなくなったで寂しいものだな。
ブブブブブブ。スマホが鳴る。
【着信 清水涼子】
噂をすれば…。
「はい、どした?」
「…………。」
「? 涼子?」
微かに乱れた息が拾われている。
「どうした………?」
よく聞くと泣いているような気がした。
「………ガク。わた……し……」
涼子は途切れた息から言葉を必死に紡ぐ。
その様子からただ事じゃないことだけは分かった。
「どうした………?」
「わたし………。最低だ………。こんな…」
錯乱しているのかあんまり会話にならない。
「落ち着け。今どこだ?」
「……家……だよ」
「分かった。すぐそっちに行く。待ってろ」
「分かった………」
オレは上着をとり、財布とケータイだけ握り締めて、家を飛び出した。
涼子の家までタクシーと電車を乗り継いで向かう。出来るだけ早く。1分でも1秒でも早く。涼子のもとへ。
涼子の実家につくと、涼子が家の前で待っていた。真っ赤に目を腫らして、その上から涙をこぼしていた。
「バカ…。お前こんなところにいたら風邪ひいちまうぞ」
「………。もういいの……。わたしなんて……、もう……。」
ガタガタと震え、焦点のあってない目で泣き続ける。気づけばオレは抱きしめていた。とりあえず落ち着くまで待った。嗚咽混じりに泣き続け、抱きしめて二十分ほどでようやく涼子は口を開いた。
「………。まさし…がね…。死んじゃった…………。」
そういうと涼子はその場に崩れ落ちた。
「お…おい涼子、大丈夫か」
その場に崩れてしまった涼子の肩を両手で支える。
「わた…しが……。一人しあわせ…に… なって……いくあいだに… まさしが………。わたしが……。ちゃんと…あのとき……気づければ……。まさしは………。一人ぼっちで………。」
嗚咽を吐き出し、肩で息をする。過呼吸寸前だ。ボロボロに泣き崩れる涼子の力が、フッと抜けた。
「おい…。涼子……。おい」
息はしているみたいだ。気を失ったのか。限界がきて眠ってしまったのか。
とりあえず涼子を抱えて、涼子の家にかつぎ込む。インターホンを鳴らすと、涼子の母親らしき人が出てきた。状況を急いで説明し、涼子の部屋に案内してもらう。母親によると学が迎えにきてくれるからといって家の前から動かなかったらしい。涼子の母と会うのはこのときが初めてだったが、オレのことはどうやら知ってくれてるようだったので、話が早く済んだ。
涼子をベッドに寝かす。呼吸も安定しているので心配はなさそうだ。少し眠ったほうがいいだろうから、明日涼子から話を聞くことにする。
涼子のおばさんが今日はもう遅いから泊まっていきなさいと言ってくれた。
涼子のベッドの横に布団をひいてもらう。
「ごめんなさいね…。突然呼び出してしまって」
「いえいえそんな…。全然大丈夫ですし、むしろ呼んでくれてよかったというか」
「そう言ってもらえると助かるわ。ありがとう。えーと、本名はガク君じゃなくてマナブ君…よね?」
「あ、はい。マナブです。斎藤学です。いつもお世話になっております」
アイツ実家でもオレのことガクって言ってんのか。つかどんな話してんだか。
「いえいえ、こちらこそ。いつも涼子が迷惑かけちゃって。あのね、学君。ちょっと話しておきたいことがあるんだけどいいかな」
どんな話かは大方の予想はついていた。そしてそれを知ることは、涼子を救うことに繋がることも分かっていたから、断る理由なんてどこにもなかった。
「はい。僕からもお願いします」
涼子の部屋の扉を起こさないように静かに閉め、
二人でリビングの椅子に座った。