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なにもしていなくても、汗が出るほど暑い。

帽子がなければ髪の毛が焼けてしまいそうだった。セミの音がうるさい。でもそれが彼らの仕事だ。セミの鳴かない夏なんて、無味無臭の食事と同義だろう。


「う…うう……。」

横で涼子がうなだれている。汗が出るたびにハンカチで拭いてはいるが、到底追いつきそうにない。

季節は8月。夏休みになっていた。もちろん家のこたつは片付けてある。

夏になると改めて自分の部屋の寒さに感謝したくなる。ひんやりとした床や壁は暑さを忘れさせてくれる。なので、涼子は今でも家に入り浸る。

もっとも今は外に出ているのだが。


涼子からの告白の返事はまだない。

とはいってもだんだんと距離が縮まっているのは分かる。



「ちゃんと好きになってから」

そう言われたので待つことにする。オレも別に彼女が欲しかったわけじゃない。一緒にいたいから告白したのだ。だから今のままでもよかった。それに付き合ったこともないので、付き合うことがどういうことなのかもイマイチ分からないではいた。


涼子の髪は少しのびた。たしか6月くらいから、髪の毛を伸ばす宣言をしたな。ショートボブのころと比べて大人っぽく見える。

「異常気象よ…。絶対…。あんたが二酸化炭素ばっか吐くからこんなことに…。」

「オレの排出量で地球の温度があがるか」


ようやく午後六時を回り始め、日も傾き始める。花火大会のために少し遠出しているのだ。

「浴衣の女の子多いわね」

涼子が羨ましそうにつぶやく。

「私も着てこればよかったかな……」


半袖のTシャツにスカートと、なんともラフな格好が今日のコーデだ。

前日に「人がいっぱいだから、明日は動きやすい格好の方がいいわよね?」と涼子に聞かれたが、今思うとあれは浴衣か迷っていたのだろうか。

女の子の心理はオレにはよく分からないが、やっぱり可愛い格好をしたいものなのだろうか。


「いや、たぶんあれは地元の子たちだろう。オレたちは家が遠いんだから浴衣はちょっとしんどかったんじゃね?」

「そ…そうよね。うん」


涼子は顔をあげる。もしかしてコイツはオレよりも単純なんじゃないだろうかとたまに思う。予測がいつも一緒に過ごすことで、だんだんと確信に変わりそうだ。


「ここらへんでいっか」

周りの人々に紛れて、二人で腰を下ろす

「花火大会か~。なんだかんだで私毎年一回は見てるわよ。人多いところ嫌いなんだけどね」

「でしょうね。なんとなく分かる」

なにを知ったような顔してんのよ!と軽くポカポカ叩かれる。

はたから見れば、カップルだろう。でも残念。友達なのですよみなさん。

そんなことを考えながら、花火開始を待つ。


「あっ、ガク。見て!電波が混雑してますだって」

「花火大会じゃよくあるよな。帰りははぐれないようにしないと」

「あんたって絶対迷子キャラだよね。小さいとき親と間違えて知らない人についていったりしたでしょ?」

「いや…。迷子になったことはないかな。」

どちらかというとお前だろうと思った。そんなこと思っていることを見透かされたのか、涼子は目を細めてこちらを見る。オレは慌てて目をそらす。

「なんでそらすの?」

「いや、別に」

「絶対お前の方が迷子になってるだろって思ったんでしょ?ねぇそうなんでしょ?怒らないから言ってごらんなさい」

「少し…。」

絶対あんたよりかは迷子になってないわよ!

とまた例のポカポカがオレを襲う。

「迷子になったことあるんだな…」

「な……ないわよ。」

バレバレの嘘をつくな。



喋り疲れたのか、少しだけ沈黙。その沈黙を破ったのは、やっぱり涼子だった。

でもその内容は、予想していたのとは違っていた。

「付き合おうか。私たち」

「…うん」

「うん。ってあんた。もっとマシな返事出来ないの?」

「いや、ごめん。びっくりした」

「待たせちゃってごめんね。待っててくれてありがとう」

手をもじもじさせながら、涼子は視線を合わせないでそう言った。

耳元を見ると、やっぱり赤くなっていた。


「なんかね…、最近あんまり思い出さなくなったんだ。あんたが告白してくれたあの日から、少しずつあんたのことを考える時間が増えていったの。それと比例してアイツのことを考える時間も減っていった。乗り越えたっていうか、

あぁ。こんなもんなんだってそう思ったの。自分は他の人みたいにすぐ誰か他の人と付き合うなんて出来ないだろうなって思ってた。でもそんなことはない。私もなにも変わらない。それがいいとか悪いとかじゃないんだけどさ。

少しだけ大人になった。」

いつのまにか涼子はこっちを見てくれていた。

言葉を紡ぎながら、涼子は続ける。


「えっとね…。だから…。あんたには感謝してるし…。私はあんたと一緒にいて楽しいよ…。」

照れる涼子につられて、こちらまでなんだか恥ずかしくなる。

「うん。ありがとう…。オレも涼子といると楽しい」

「そ…。そっか。それでね。ガク」

「ん?」

「あ…。あの、そのあんたのこと…。す…すすす」


あー、うん。言わなくても分かる。分かるけどここは黙って待とう。

涼子が言い終わるよりも早く、一発目の花火が上がった。

オレたちの声は、民衆に紛れて消えた。



何万発か分からない花火はあっという間に終わり、人々の流れに自分たちも混じる。目と耳にはまだ花火の残像が残る。

「うわっ。人やばい」

「はぐれるなよ」

そう言って、涼子の小さい手を掴む。

「………ッ」

少し驚いてはいたが、小さい涼子にはぐれられたら見つける自信はなかった。

また殴られるかと思ったが、案外大人しい。初めて繋いだ涼子の手は、少し汗ばんでいたような気がする。駅前はすごい行列でなかなか乗れそうにない。


「一個前の駅まで歩くか。ここから十五分くらいだし」

「そうだね」

人ごみから離れる。だんだんと静かになっていく。セミの声もしない。辺りにはチラホラ自分たちと同じ決断を下した人たちが歩いている。

「さっき言いそびれちゃったことがあるんだ」

「あ~うん。なに?」

繋いだ手はまだ離れていない。そんな手からギュッと強く握り返される。

小さい手だ。

でも温かい。

「私、あんたのことが好き」

涼子は笑ってそう言った。



ようやく言えたと、笑ってくれた。待ってたわけじゃないけど

嬉しかったから、オレはずっと待っていたのかも知れない。


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