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青い春



四月。

すっかり雪も解け新入生の声が聞こえる。実際には新入生かどうか確かめる術もないのだが、準備にえらく時間をかけたであろう服装や髪型、やけに新品の香りがするカバンに靴。そういったところから新入生だと勝手に判断してやる。

オレたち三年生にもなると、もう二年は苦楽を共にしたヨレヨレのTシャツにジーパン。クタクタの特になにも入っちゃいないカバンで登校するものが多い。今さらオシャレに目覚めたところで時すでに遅し。大学デビューは入学したときにしておくように。友達もとりあえず作っておくように。オレが言えたことではないが。




講義前の教室から外の様子を一人で眺めているのは今日も寂しくぼっちを貫く学。

寂しいわけではなく、誰かと群れる必要性を感じられないから一人いる。


「あ、やっぱりここにいた。あんた電話出なさいよ」

後ろからよく聴き慣れた声がする。

「あー、マナーモードにしてた」

「あんたにスマホの存在意義を教えてあげたいところだけど、時間もあんまりないからやめておくわ。」

「それでどうした?」

「あんた授業なに取るの?」

眠たそうな学に話しかけたのは中学生みたいな見た目の清水涼子だ。

「一緒にとるの?」

「だってそのほうがもし休んだときに助かるじゃない」

計画的に単位を取得しようとする涼子とは対照的に、学は一人で勝手に決めていた。


「あ、ここの時間これ一緒にとろうよ。どーせ興味ないんでしょうこれ」

「まぁ、別にいいけど」

渋々涼子に言われたとおり申請書を書き直し始める。実は学はこういったやりとりが入学してから初めてなのである。

「うん。まーこんなもんね。じゃあ私友達が待ってるからいくね」

申請書を手の代わりにヒラヒラなびかせ涼子は去っていった。相変わらず元気な奴だなと学は関心し、また窓の向こうを眺め始めた。




***




「……………。うん」

「うんってお前……。」

目を丸くした涼子がようやく絞り出した言葉はそれだった。


あの日。告白してしまったあの日。涼子は「あっ……」と言い目をこすった。

こたつに突っ伏せたまま、涙を拭う。泣かれるとは思ってなかった。

それがどういう意味なのかも学には分からない。

分かっていたら、学はなにをしてあげられたのだろうか。


「ごめんね、嫌じゃないんだよ?」

「…うん」

別にふられてもよかったんだ。遊びってわけじゃなくて、ただ伝えたくなったんだ。一緒にいたいって思ってしまったんだ。なんでだろうな。そんなこと今まで思ったことなかったのにな…。



「ははっ…。なんであんた急にそんなこと言い出すのよ。バカじゃないの…?」

「あ…。あぁ。なんでだろうな。自分でも分からないかも」

「分からないなら告白なんてするんじゃないわよ…。」

「…うん」

「びっくりしちゃったじゃないの…。バカ…。」

「なんかさ、涼子の笑った顔見たら、ずっとこうして一緒にいれたら幸せなんだろうなって思ったんだ」

きょとんとした顔をする。


「私あんたに笑いかけたことあったっけ?」

たった今笑ってただろうに…。自覚がなかったのか…。

「私ね…。あんたといると楽しいよ…」

困ったように涼子は笑う。作り笑いに近いそれは、学の心を締め付ける。


「でもね。まだ忘れられないんだ…。まさしのこと…。昔の彼氏のこと…。確かにね、最後は酷い振られ方だった。笑っちゃうくらいね。

前に進まなきゃいけないことは分かってる。

もう…。まさしのこと忘れて進まなきゃいけないって分かってる。

でも最後がどんな結末だろうと、楽しかった思い出が変わることはないんだよ…。私にとっては宝物なんだ…。これを捨てる勇気が… 私にはまだない…」

学は黙って聞いていた。なんとなくわかっていたことだった。頭で分かっていても

心が追いつかないことはある。


「でもね…。うん、私頑張ってみるよ。頑張って乗り越えてみる。

まさしのためにも、自分のためにも。…告白してくれたあんたのためにも。私が頑張れば全部うまくいくから…。まさしだってクリスマスにふったってことは新しい女の子ともう今ごろ仲良くなってるってことだしね。いつまでも昔の女に想われててもさ、迷惑だろうから」

「涼子…。」

「だから…。もうちょっとだけ待っててほしい…。ダメ…かな…。私もちゃんと好きになってあんたと一緒にいたいから」


少しだけ視線を外して、涼子はそう言った。忘れるのではなく、乗り越えると、そう言った。きっと今まで何度も忘れようとしたのだろう。でも忘れられなかったのだろう。受け止めるしかないのだと、自分自身に言い聞かせてるようだった。

オレはなんて返せばいいのだろうな。分からないけど涼子にずっと話させるのも申し訳ない。


「うん。分かった。待ってる」

そう返事をするしかなかった。

「まさかあんたに告白されるなんて思わなかったわ…」

顔を反対側に向け、表情はよく分からないが、耳が赤くなっているのと声が少し震えていたので、どんな表情かはだいたい想像は出来た。


でも涼子は滅多にそんな顔をしないだろうから、せっかくだから学は見ておきたかった。


「オレも告白するなんて考えてなかったよ。てか告白したのなんて初めてだしさ」

「そういうこと言うなバカ」

だんだんいつもの調子に戻り始める。空気も少しずつ緩み始めた。

「でも、ありがとうね。おかげでなんか前に進めそうな気がするわ」

「………」

「なによ?」

「いや、そんな素直な涼子初めて見たから空いた口塞ぐの忘れてた」

「なっ、なに言ってんのよ!ばーかばーか。嫌いよあんたのことなんて」

あぁ、うん。

そんな顔もするのか。オレにあいつの知らない過去があるように、あいつの過去もオレは知らない。



お互い二十年くらい、生きてきたから。辛かったことも、嬉しかったことも、そういうの全部抱えて、今オレの目の前にいる。

そんなことを涼子を見て思ってしまった。そしてそれが奇跡のようにも思えた。生きていることは、すごいことなんじゃないかって。

今ここにいないことのほうが、実は何百倍も自然なことなんじゃないかって。

それでも今オレたちは、ここで生きている





春の授業が始まった。

「あんた本当は友達いないんじゃないの?」

と授業を聞きながら横でなじってくる。

涼子のペンケースには、学がゲームセンターでとってあげた、小さい猫のキーホルダーがつけられていた。そこに突っ込むとまた怒られるだろうから、なにも言わないことにする。

もう季節も温かい。出会った雪の日が嘘のようだ。


こうしてまた二人は生きていく。


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