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こたつの部屋



七畳の部屋と廊下にキッチン。ユニットバスの賃貸が学の家。

フローリングの上に絨毯。そしてこたつが置いてある。


「おじゃまします」

「なにもないところだけど」

とりあえず女はこたつに入る。

「そういえば名前なんていうの?」

女はまだ体が寒いのか、小刻みに震えている。


「斎藤学」

「マナブってなんて書くの?」

「学習のガク」

「ふーん」

予想通りだったのだろう。

女は特に表情を変えずにこたつのみかんを見つめていた。


「それ、食べていいよ」

「えっ?いいの?ありがとう」

「ってか名前なに?」

「私?清水涼子」

「涼って涼しいって書いてリョウ?」

「そうだよ」

「涼しい名前だな。夏生まれ?」

「ううん。秋」



清水涼子と名乗るその女はみかんの皮を剥き始めた。

「どうでもいいことなんだけどさ。ガクはみかんの実部分、薄皮向く派?剥かない派?」

「剥かない派っていうか、ちょっと待て。そのガクってまさかオレのことか?」

「うん。学だからガク。呼ばれたことあるでしょ?」

「ねーよ」



学もみかんを一つとって皮を剥き始める。

「朝になったら帰れよ」

「うん」

「お茶…」

「ん?お茶?ほしいの?」

「別に…。言ってみただけ」

「温かいのでいい?」

「あ…、ありがとう」


キッチンでお湯を温める。お茶の葉はたしか、使ってないのが引き出しに入ってたような。随分前に買ったから腐ってなければいいが。そもそもお茶の葉は腐るのか。部屋から「ねぇ」と涼子の声がした。

「っていうかガク。央大でしょ?」

「え?なんで分かるの?」

「私もこの教科書買わされたから。一年生共通の必修科目の教科書でしょこれ」

「え。じゃあ清水も央大?」

「そうだよ。経済学科」

「嘘。オレも一緒なんだけど。見たことないぞ」

「いや、私はあんたのこと見たことあるよ。いつも前のほうに座ってるでしょ?私後ろの方だから。今度見つけたら声かけてあげるね」

お茶の葉の目利きが出来ない学は、考えても仕方ないので考えることなく、お茶を淹れる。



「ありがとう」

涼子はコップを手で包み暖を取った。。

「そろそろ寝るか」

「うん…」

「ベッド一つしかないから使っていいよ」

「え、でもガクはどこで寝るの?」

「そのへんで寝るよ。いいよ気にしなくて」


いくらなんでも女の子を地べたに寝かせて、自分だけベッドってわけにもいかないだろう。何回か涼子も遠慮したが、ガクが折れなかったのでベッドを使わせてもらう。



「電気消すから」

真っ暗になった部屋。たまに聞こえる体を擦る毛布の音。なんだか懐かしい気分で、元を探してみたら中学生の修学旅行だった。それに近い感覚だ。

真っ暗な部屋に誰かといると、なんでこうもドキドキしてしまうのだろう。動物としての本能なのだろうか。そんなことをガクは考えていた。

「寝た?」



涼子の声が聞こえた。小さい声でもよく聞こえた。

「まだ…」

同じ声量で、学もまた返事をする。

「ねぇ、なんで私を家にいれてくれたの?」

涼子の表情は見えないが、割と真面目な声のような気がした。

お前が家に入れてって言ったからだろうと答えようとしたが、なんとなく涼子のもとめている答えではないような気がして、学は少しだけ考える。

続けて涼子は言う。


「別に本当に断ろうと思えば、断れたでしょ?大抵死ぬだとかそんなこと言う人間は死なないんだからさ」

なんとなく答えの方向性が浮かんだのか、

考えがまとまらないうちに話し始めることにした。


「…めんどくさい奴だとは思ったけど、悪い奴だとは思わなかったからかな」

涼子は黙って学の話を聞いていた。

「あと、別に騙されてもいいやって思ったのと」

なんとなくほっとけなかったからと学は答えた。学自身も気づいてなかった。それに今こうして気づけた。

そうか。オレはほっとけなかったのか。

「まぁ私可愛いからね」

少しの間を置いたあと「冗談よ…」と恥ずかしそうに涼子は言った。

「まぁ、そんなわけで特に理由なんてないんだ」

「クリスマスに一人ぼっちだったから寂しかったんでしょう?」

意地悪そうに笑って涼子は問いかける。

「そうかもな」

「あんたって、ボケ潰してくるわね。こっちが性格悪い人みたいになっちゃうじゃない」

「んん…、あぁ。ごめん」

「まぁいいわ」

寝返りを打つ音がする。



「私、ふられたんだぁ…」

「あぁ、告白失敗したのか」

「違うわよ…。彼氏にふられたの。急にね。お前なんかもう嫌いだって。二度とオレの前に現れないでくれってさ」

「おおう…、そりゃ酷いな…。なにしたんだよ」

「なんにもしてないわよ……。いつもどおりデートして、ご飯食べて、帰り道に言われたの。もう私わけが分からなくなっちゃってさ。本当に心当たりがないのよ。もうずっと付き合ってる奴なんだけどね。初めて分からなくなっちゃった………。」

「だからこんな雪の日に公園で寝てたんだな」

なんかさぁ、もうどうでもよくなっちゃって。と小さく笑った。



「自分を大事に出来なくなったんだ…。だから知らない男の家に行けば、もっと酷いことされて忘れられるかなって思ったの」

「……オレで残念だったな」

「ううん。ガクでよかったよ…。あんたが知らない女を家にあげるようなバカで

一緒の部屋で寝てるのに、なにも手を出してこないバカでよかった…」

鼻をすする音が聞こえた。たぶん泣いてたんだと思う。




次の日の朝。

学校も冬休みに入っていたので目が覚めたときにはもう9時過ぎだった。

「やっと起きた………」

こたつでみかんを食べながら、涼子が目を細める。

「あんたねぇ。仮にも知らない女がいるんだから、もう少し早く起きなさいよね。緊張感なさすぎよ……」

「いや、だってアンタが長々と自分語りを始めるから…」

「なっ…!自分語りってなによ!だって話さないと私公園で寝てたただの変態じゃないの!それにアンタ途中で寝たじゃない!話だってほとんど覚えてないんでしょ!バカ」

オレはなんでこんなに初対面の女の子に朝から怒られているのだろう。

しかも涼子は三つ目のみかんに手を伸ばそうとしている。


「みかんおいしい?」

「別に…、おいしいけど…」

ふぁぁと大きな欠伸をした。学も釣られて欠伸をする。

真似しないでよ気持ち悪い…。と、涼子はまた毒を吐いた。


「ていうか、アンタだんだん素が出てきたね」

「いや、だって私人見知りだし」

「本当の人見知りはな。人に人見知りって言うことも出来ないもんなんだって知ってる?」

「なによそれ。どうでもいい。今日何曜日だっけ」

似非人見知りの称号を得た涼子はリモコンでテレビをつける。

「……。くつろいでんなー」

「こたつから出たら寒いのよ……。動きたくないの」

「ってかアンタ帰らないの?」

涼子は眉間にシワを寄せた。あぁ、コイツはムカっとすると、こんな表情になるのか。朝から数え切れないほど見ている気もするが、なんとなく学も涼子のことが分かってきた。

「さっきからアンタアンタってねぇ!私には清水涼子って名前があるのよ

アンタにアンタ呼ばわりされる覚えはないけど」

アンタにアンタ呼ばわりって。

コイツの中ではすっかり主従関係が構築されているのだなぁと、とすればオレはたぶんピラミッドの下のほうだなと。学はヒシヒシとそれを感じ取り苦笑いをした。



「なんて呼んだらいいんだよ」

「なんでもいいわよ。なんでも。あ、でも涼ちゃんはやめてね」

「なんで?じゃオレそれにする。なんでもいいんだろ?」

「ダメっだって言ってるじゃない。じゃあ涼子でいいわ。仕方ないから」

「涼子」

「……なに?」

「いや、呼んだだけ」


「もう名前呼ばないでいいわよ。永遠に」



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