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こたつのみかん



それは突然の電話だった。

十一月中頃。日曜日の夜。スマホに表示された。

【着信 清水涼子】


「もしもし……。ごめんね急に。覚えてる?清水涼子だけど……。」

忘れるわけがない。

でももう会うこともないと思っていたことと、社会人になり仕事が忙しくなってきたこともあって、大学時代を思い返すときは昔と比べて減っていた。

電話の内容は話したいことがあるとのこと。電話よりも直接話したいとのこと。お互いの予定の空いている日を合わせたら、たまたまクリスマスイヴになってしまった。お互いにその悲しい事実には突っ込まないようにした。



―――それで今涼子が学の部屋でみかんを食べているわけだが。

「ごめんね。突然電話なんかしちゃって」

「いや、別にいいよ」

スーツを部屋着に着替えて学もこたつで暖をとる。向かいあって言葉を失ってしまう。涼子が腹をくくったように話し始めた。


「私もね……。この五年間で色々あったのよ。いろんな人に出会って、いろんな人の考えに触れて、たくさん考えたの。それでようやく分かったの。

私は背負うことから逃げてるだけだって。まさしのことをちゃんと向き合って受け入れようとすればするほど、受け入れられなかった。今になってよく分かる。まさしのことを本当に受け入れるなら、私はちゃんと生きなきゃいけないんだって。まさしの分まで幸せになって笑って生きていかなきゃって。それがきっと……。まさしの願いなんだって。自分で言うのも変な話なんだけどね。私が叶えられる願いなら叶えたいんだ……。」

「涼子……。」

「だから私ちゃんと生きたいって思ったの。自分に嘘つかないで、自分の人生をちゃんと生きたいって思ったの。……あんたといたいって思ったの。少なくともこの気持ちだけでも伝えたい。伝えなきゃいけない気がして……。だから……」

「うん。ありがとう……。伝えてくれて嬉しい」

「ごめんね……。今さらだったけど久しぶりに会えてよかった」

そういうと涼子は困ったように笑顔をつくる。



「オレがさ……。昔涼子に言った言葉覚えてる?涼子の代わりなんてどこにもいないってさ」

「あ……。覚えてるよ」

「やっぱりいなかったぞ」

「……え?」

「涼子と会わなくなって、それから五年間。涼子と同じようにオレも色々な人と出会った。たくさんの人を知った。でもやっぱりいなかった。オレにとってやっぱり涼子だけなんだよ。涼子以外に一緒にいたいって思える人は、どこを探してもいなかったよ」

涼子はそれを聞いて恥ずかしそうに顔を下に向ける。表情は見えないが耳が赤くなっているのでなんとなく予想はつく。


「なんでそういうことを平気でいうかな」

聞こえないくらい小さく涼子はボヤく。

「涼子?」

「あーもうバカバカバカ!なんだか一人で勝手にシリアスモードで会いにきたのになんでアンタはそう空気読まないで恥ずかしいこと言うのよ!」

涼子は耳どころか顔を真っ赤にしながらまくし立てる。立ち上がり両手でポカポカ学の頭を叩く。学は久しぶりの勢いでたじろぐ。焦って早口になっている涼子を横目に学はなんかこの感じ久しぶりだなぁと思っていた。



「もう嫌われてると思ってたんだからね……」

ポカポカ叩く手が止まった。目に涙を浮かべながら、学の顔を見る。

「嫌いになるわけないじゃん。いつでも頼っていいぞって言っただろ」

学は涼子を抱きしめる。今度はちゃんと正面から。強く抱きしめる。

「好きだよ。」

「~~~~っ」

「言うの忘れてたから」

学の抱きしめた腕を涼子は振り払う。

「ちょ、ちょっと待ってよ。なにアンタ分かってて言ってるんでしょ?私がそういうの慣れてないからって」

「いや、まぁ分かってるけど伝えときたかったし」

「……」

涼子は大きく息を吸って吐いた。



「とりあえず落ち着きましょうよ。お茶。そうだ。ガクお茶飲みましょう。温かいの」

「そうだな」

学はプッと涼子にバレないように笑ってしまった。キッチンに立ってお湯を沸かす。一人部屋に残された涼子はブツブツ言っている。お茶を淹れて涼子と自分の分を二つ、こたつに置く。ついでに追加のみかんも置いてやる。

「あ…ありがと」

「おう」

なんとか落ち着こうと涼子は焦ってお茶を啜る。

「あちゃちゃっ」

「おいおい、猫舌なんだからゆっくり飲めよな……。」

「う、うるっさい」

息を吹きかけ少しでも冷まそうとする。意味があるのかは分からない。

「付き合おっかオレたち」

ようやくお茶を冷まして飲んでいたのに、涼子は少し吹き出してしまった。

「……いいの?」

「いやなの?」

「いやだって私、アンタに散々迷惑かけたし……」

「あぁ、いいよ。気にすんな」

「あんたっていつもそういうよね。そういうところも好き……だけど」

目が合う。思わず笑みがこぼれる。それだけでよかった。オレたちはそれだけでよかったのだと、改めてそう思う。それだけのことで生きていけると思った。


「ねぇガク。いっぱい話しようよ。この五年間なにしてたのかさ。私も話したいことたくさんあるよ」

「あー、じゃあオレが海外で遭難してそこで出会った原住民との話でもしてやろうか?」

「ええっ、ちょっ、あんたこの五年間で何してたのよ。私なにも話せなくなるじゃない」

二人は話し続けた。会えなかった五年間を埋めるように。こうしてまた笑って話せるようになったことを祝うように。



朝の光がカーテンから漏れる。それで目が覚めてしまった。気が付けば寝てしまったのだ。どこまで話したっけ。確か涼子が自転車で近所の中学生と競争した話だったような……。学は眠気まなこを擦り、起き上がり大きく伸びをした。会社が休みでよかった。社会人になってから遅刻はまだしたことはないが。










「いつまで寝てるのよ。せっかく私が遊びに来てるのにさぁ」

涼子に怒られた。

「いや、だってずっと涼子が話すんだもん。オレ夜更かし無理なんだよ」

「なっ。あんたの長編が長すぎたのよ!なんで現地の人とキャンプファイヤーして村長に怒られてるのよ。しかもまさかの山賊からの脱出編まであったし。」

テレビのチャンネルを回してみる。興味を唆る番組はやっていない。仕方がないからもう一周回してみる。


「一巡でスパッと決めなさいよ!ていうかうるさいから消してよね」

涼子に文句を言われた。相変わらずのテレビ見ない主義。本人曰くニュースは見るらしい。バラエティがどうも苦手なのだとか。


仕方がないのでテレビの電源を消してダンボールから三個ほど取り出す。こたつに並べて一つ皮をむいた。剥き終わると一つちぎって口に放り込む。甘さも酸っぱさもちょうどいいバランス。相変わらず美味しい。

こたつの向かい側で、涼子が笑って大好きなみかんを食べている。


静かに一粒、頬を伝ってこぼれ落ちる。また一つ後を追うように溢れる。気づかないほど、自然に。

「バカねぇ。あんたなに泣いてんのよ」

そんな風に呆れた声をくれた。








「今日はなにか予定あるの?どうせないでしょ」

「涼子は?」

「何もないから、仕方がないからアンタと一緒にいてあげるわ」

「そっか」




春。

雪はすっかり溶けて花が咲き始める。

学の少し先を涼子が歩いていく。

「あー、本当にいい天気ねぇ」

「そうだなぁ」

学が追いついて涼子の手を握る。相変わらず涼子は緊張している。それでも手を握り返す。お互いの存在を確かめ合うように。こうして二人はずっと生きていける。自分のことを大切にしてくれた大切な人のことも忘れないで生きていく。忘れようとしても忘れることはない。それはもう、自分の一部なのだから。




大好きな人はずっと大好きなままで。

大切な人はずっと大切なままで。

変わらなくていい。変えなくていい。

それも含め今の自分なのだから。

自分の気持ちを大切にする。

そうすることで大切にしてくれる人の気持ちを大切に出来る。

忘れるでも、乗り越えるでもなく

ただ大切に……。


「ガク」

「ん?」

「なんでもない」

二人は歩き続ける。

明日も笑って生きていく。


広い空の下。

みんなと一緒に。

二人でずっと。



おしまい。



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