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鉄で出来た重い扉を開けると、髭を生やした40代くらいの男が、新聞のような物を手に持ち座っていた。
どうやらここの店主のようだが、話し掛けて来る気配は無い。
男はカウンター越しに此方を一見すると、直ぐに興味を無くしたように新聞へと目線を移した。
(聞きたいことがあれば自分から、て事ね。)
現実の世界でも、親切に一から教えてくれる職人なんて、ほぼいなかった。
技術は盗め、分からないことは自分で聞け、教えて下さいと言われていない事まで教える義理なんて無い、ということだ。
宗介は工房内をぐるりと見渡した。
どうやら此処は共同スペースになっていて、作業スペースがいくつかと、大きな釜が二つ。奥の扉は何なのかよく分からなかったが、個人用のスペースとかもあるのかもしれない。カウンターの後ろにある扉は、きっとこのNPCの住居なのだと思う。
宗介は一通り眺め終わると、ゆっくりとカウンターへと近づいていった。
「すいません、ここで剣を造りたいんですが、どうすればいいんでしょうか?」
取り敢えずいつもの言葉遣いは封印し、なるべく丁寧に教えを請う。たかがNPC、されどNPCだ。レイミィの時と同じく、何かしらの感情を持っているかもしれない。学習型プログラムだし。
と、いうのはまあ建前で、どうも長年の癖というか、体育会系縦社会に生きてきた身として、例えNPCだとしても年上には敬語になってしまうってだけだが。
宗介が話しかけると、男は一拍置いてから新聞を下ろした。
「…剣だと?…ふん、体格は悪くない、か。お前、鍛冶スキルはもう取ったのか?」
ジロリと爪先から頭まで値踏みをするように男が見てくる。
「鍛冶スキル…?」
宗介がそう聞き返せば、男は眉間に皺を寄せる。
「剣を造りてぇなら、鍛冶スキルは必須だろうが。「生産」が鍛冶じゃねえなら、此処には用はねえはずだぞ。」
「あ、生産スキルのことか。」
男の言葉に漸く生産スキルの存在を思い出した。生産で「鍛冶」を選べって事だろう。
「ふむ、どうやら生産スキルの設定がまだのようだな?お前、さては「旅人」だな?」
聞きなれない言葉が出てきて、思わず聞き返す。
「旅人、ですか?」
「ああそうだ。妖精を連れていないから分かりにくかったが、ここ最近、何処からともなく大量の人がこの街にやって来やがったんだ。で、そいつらの事を、俺らは旅人って呼んでるぜ。」
「なるほど…。」
宗介が頷きながら言うと、
お前、自分のことだろうが、なんて呆れながら突っ込まれる。
「因みに、妖精ってなんですか?」
「ん?妖精は妖精だよ。旅人は大体連れてるぜ?
…確か広場にいる「導き人」は沢山の妖精を飼ってるって話だったし、旅人はまずそこに行くっていう噂も聞いたから、そこで手に入れてるんじゃないか?」
男は口元の髭を弄りながら、そう言った。
もしかするとナビゲーターなどの役割をするものだったのかもしれない。そして導き人というのは、多分職業NPCの事だろう。
成る程、最初に行っておくべきだった。
「兎に角、生産を「鍛冶」に決めるなら、此処で設定することもできるぜ。
…分かっているとは思うが、一度設定したらもう変更は不可だ。つーことで、冷やかしならサッサと帰んな。」
広場に戻る事を覚悟していた宗介は、目をパチパチとさせた。
なんだ、それなら話は早い。
「すぐに設定お願いします!!!」
宗介はガバリと頭を下げた。