夢物語の真相
アーティーとロニーの過去話になりやす。
今回は短めになってると思いますー
男は夢を見る。幼い男児が左目を押さえて、無理に笑っている。童男はまだ五、六歳といったところに見える。小さな頭に手を伸ばす。何も変わってないと男は感取する。たとえ、傷ついても死にかけようとも、その顔から不敵な笑みは消えない。そこで男は思い出す。これは――…。
窓の外をぼんやりと眺めてみる。特に昨日と代わり映えしない景色。窓に触れると少し冷たい。
「ロニー坊っちゃん! 先生がいらっしゃいましたよ!!」
声をした方に顔を向けると、少し焦っている様子の女中がいる。無言で僕はその人の横を通り過ぎる。そうすると家政婦たちはひそひそと話しだす。
「ロニー様はあまりお笑いにならないのよね」
「昔からよ。いつもつまらなそうな顔をしていますもの」
「シッ! 聞こえるわよ」
もう聞こえてるよとは言わない。だって、事実なんだから。ボクが笑わない子供であるのも、自分の出来の悪さに絶望しているのも全部本当なんだ。
静かにドアをノックする。さぁ、今から勉強の時間だ。勉強は貴族の子供としての義務の一つだ。
「おはようございます、ロニー坊っちゃん」
にこにこと人の良さそうな笑い方だと思う。でも、その反面、ボクをどう扱えばいいか悩んでいるはず。今までの先生たちも同じだったから。ボクの頭が少しもよくならなくて、辞めさせられてる。この人で何人目だったかな…。思い出せないくらい変わってる。
「んー…ロニー坊っちゃんは大変、惜しい間違いをしています」
そう言って、ボクに優しく分かりやすく教えようとしてくれる。でも、六割も理解できない。段々と先生の声が子守唄のように聞こえる。後半、ほとんど聞いてなかった。そして、勉強が終わり、ボクは部屋を出る。
ああ、つかれた。ボクの出来の悪さについて両親は怒らない。成績が悪くて落ち込んでいるボクを優しく抱きしめて、なぐさめてくれる。優しい優しいボクの両親、大好きだよ。でもね、本当は少し重い。気にしてない、と言いながら期待してるのは知っているんだ。母さんはボクしか産めなかった。だから、ボクだけなんだ、跡取りが。それが余計にボクを圧迫する。だからかな、あの日、誰にも何も言わず家を飛び出したのは。
何時の間にかどこかわからない場所に来ていた。多分、裏通りだ。だって、見る人見る人みすぼらしい恰好をしているから。自分の服装を見て、ああやっぱりこの人たちと自分は違うんだとわかる。わかって、うらやましくなる。きっとこの人たちは自分の好きなように生きている。うらやましいなぁ、と思う。ここの人たちはちゃんと自分を持っている。ボクにはそれがないから。
「おい、アンダーウッドのところのお坊っちゃんか? なんでこんな所にいるんだ?」
大柄で、人相が悪い大人の男が近付いてきた。いやな笑みを浮かべている。
何時の間にかボクの周りには大勢の大人で囲まれていた。
「なんでもいいけどよぉ、バラしちまうか?」
「いーや、人質にとってアンダーウッドから金巻き上げようぜ」
ゲラゲラといやらしい笑い声がひびく。大勢の中から一人がボクに手を伸ばす。ぼんやりとこの状況が変わるならいいかと思っている自分がいる。静かに目を閉じる。
「くだらねぇな、そんなガキに大勢で群がるとかよ」
少し高い声がする。声のする方を見ると、小さな男の子がえらそうに足を組んでいる。年は自分より三つくらい下に見える。だから、多分六才くらい。その男の子は金髪のきれいな髪をしていた。
「ア、アーティー…」
誰かがそう言った。アーティー?この男の子の名前?
そして、男の子…アーティーは軽々と箱から降りて、自分よりも背が高い男の前に立つ。
「アランのおっさん、アンダーウッドんとこの奴とモメたら死ぬのあんただぞ」
アーティーはそう言い切った。男はアーティーの言葉にうろたえる。アーティーは男の反応を見ていやな笑みをうかべる。
「あそこは王族の次の地位にいる貴族だ。そいつに手を出したら、消されるのはオレたちの方かもしれねぇぜ?」
楽しげにアーティーはほくそ笑む。動揺している男はアーティーの言葉を聞いて、ボクをアーティーの方へと押し出す。よろけるとアーティーはそのままボクの手首をつかんで歩いていく。
「えっと…」
何を言えばいいかわからず困る。しばらく無言で歩いてると、アーティーが口を開いた。
「お前ってバカだろ」
「は?」
いきなりの悪口だった。そんなこと言われたのは初めてだった。
「なに貴族の坊っちゃんがこんなとこいんだよ。なに? 誘拐してもらいたかったのか?」
ボクをバカにしてくるアーティーになんて言えばいいのかわからなかった。
「…そうかも」
だから、こう答えたのかも。そう言うと、アーティーは高笑いする。
「あはははは! お前ってほんとバカだろ!」
「……」
笑いすぎて息を切らしてるアーティーの後ろ姿を見る。ボクより年下のはずなのにしっかりしている。なんとなくはずかしくなる。
「ほら、ここ出たら家に帰れんぞ」
アーティーは手を離し、表通りに帰れる道を指差す。なんとなくこのまま帰るのがおしいと思う。
「…ボクはロニーって言うんだ。キミは?」
いきなり名乗ったボクにアーティーはきょとんとする。
「アーティー。アーティー・オーデンだ」
彼が名乗ってくれたことにうれしくて笑う。アーティーは気味悪げに見てたけどね。そして、ボクは表通りに出る前に彼の方を向く。
「またね、アーティー」
「二度と来んな、バーカ」
と言いながら、アーティーは小さく手を振ってくれた。ボクは笑顔で手を振りながら帰った。
初めて友だちができた気がする。うれしくてうれしくて仕方が無い。どうしてこんなにうれしいんだろう?ああ、そうだ、簡単なことだ。それがうれしいんだ。他の人たちとはちがう。明日、アーティーのところに行こう。ボクはそう思いながら家路を急ぐ。
次の日もボクはアーティーのところへ行く。アーティーはバカとボクのことを言う。アーティーの周りにはたくさんの人がいた。ボクと年の近い子もたくさんいた。今日はその子たちとたくさん遊んだ。名前はアマドとバルトロっていうんだ。アマドは小っさくて目つきが悪い。バルトロは年の割に大柄で優しい。
こうして、ボクは毎日、毎日アーティーの元へと通った。毎日が楽しくて忘れていた。ボクが貴族の子供だってことを。
やっぱり最後はこれかと納得してしまう。手足をしばられて、口を布でおおわれて、床に転がされた状態でそう思う。目の前にはアーティーと出会った日にボクを誘拐しようとした大人。どこへ行ってもボクの扱いは変わらない。もう涙もでなかった。
「ははっ、あのクソガキの言うことなんて聞いてられるかよ…。誘拐がダメなら物好きに売ってやる。貴族のガキは高く売れるんだよ」
ボクを見下ろしながら、男はそう言った。売り飛ばされるのか、と冷静になっている自分がいる。でも、アーティーたちと遊べなくなるのはイヤだなと思う。もう少し遊んでいたかった…。ボクは静かに目を閉じる。
「!!」
「な、なんだ!?」
何かが割れた音がして、驚いて目を開ける。この男もそうみたいで音のした方に目を向けている。きょろきょろと周りを見わたすがなにも見当たらない。
「うぎゃあああああ!!!」
突然、男が叫び声をあげた。驚いてそちらに目を向けると、深々とナイフが太ももに刺さっていた。ワケがわからず、目を見開く。なにがどうなって…?
「なにアホ面してんだ、ロニー」
そう言って目の前に現れたのは金髪の少年だ。見覚えがありすぎるその姿に涙がうかぶ。
「手間かけさせんじゃねぇよ、バカ」
アーティーはボクの口から布を外す。そして、手足をしばっている他の縄も外そうとする。しかし、それはかなわなかった。
「っ!」
「アーティー!!」
男が立ち上がり、アーティーの後頭部をつかみ、床に叩きつける。ボクはアーティーの名を呼ぶことしかできない。
「アーティー! アーティー!!」
「なめやがって、くそガキが…!」
男はアーティーの髪をつかみ、無理やり顔を上げさせる。そして、仰向けにする。男は右足に刺さったナイフを引っこぬく。その時、男は短いうめき声を出す。
「一回、痛い目見とくか?」
男はアーティーの左目めがけて、ナイフを突き立てる。悲鳴をあげるひまもなくナイフはアーティーの左目に突き刺さる。
「あぁぁああぁああ!!!」
苦痛を訴える叫びが部屋中にひびく。アーティーは痛みにもだえている。
「あ、あぁ…アーティー」
情けない声しかでない。ボクは…ボクは友だち一人助けることができないのか…なんて情けない男なんだ。そう思うと、ふつふつと怒りがわいてくる。アーティーを傷つけたこの男に。
アーティーが少しだけゆるめてくれた縄を無理やりほどく。その際、すり傷ができ、肉が少しちぎれたが気にならなかった。男は未だアーティーの頭をおさえている。そして、ボクは落ちている木の棒で勢いよくそいつの頭をなぐる。あまりにも強くなぐったせいか、木の棒はおれてしまった。男の体は簡単に倒れた。どうやら気絶したようだ。
「アーティー!」
ボクはいそいでアーティーの傍へ行く。アーティーは上半身を起こそうとしている。ボクはあわてて、それを支える。
「くっそ、いってぇ」
アーティーはそう言って、刺さっているナイフを勢いよく抜く。そして、左目を閉じる。ボクは持っているハンカチでアーティーの左目をおさえる。
「ごめん…ごめんね、アーティー」
何時の間にかボロボロと涙がこぼれていた。それは全てアーティーの顔へと落ちる。アーティーは呆れた感じでボクを見る。
「なんでお前が泣くんだよ」
「だって…だって!」
「オレが好きでやったんだ。気にするなよ」
アーティーは笑ってくれる、笑ってみせる。ごめんね、ボクが弱いばっかりにキミの左目はなくなってしまった。
ボクはアーティーにおおい被さる。アーティーは軽く頭を叩いてくれる。多分、なぐさめているんだと思う。
「キミがしてくれたようにボクはキミを守る」
涙声で言う。アーティーは静かに聞いてくれる。
「それがオレの責務だから」
ボクは心にそう誓う。強くなるんだ、彼のためにも、そして自分自身のためにも。キミのそばにいて、キミを守ろう。だから、今だけは泣かせて。もう泣かないと誓うから。
「ロニー様、最近変わったわね」
「ええ、剣術にも射撃の練習にも励んでいるそうよ」
「お勉強も努力してるみたいよ」
「まるで人が変わったようね」
メイドたちのうわさ話にかまっていられない程、オレは一生懸命いろんなことをした。アーティーのために強くなる。その一心だった。
それから八年後、オレは十七歳となった時、アーティーは言った。
「この島を出て海賊なろうと思う」
真剣な瞳で、海を見ながら彼は言った。なんとなく予想はしていた。なぜなら、アーティーはこんなちっぽけな島に収まる器じゃないからだ。いつかはこの大海原へと飛び立つのだろうと思っていた。
「だから、ここでお別れだな、ロニー」
アーティーの前髪がさらさらと潮風に撫でられる。彼の横顔がよく見える。そして、眼帯も。それを見て、かつて誓ったことを思い出す。
「そうか、だったら出発する準備しないと」
オレがアーティーに着いていく前提で話す。アーティーは疑わしげにオレを見る。
「なに言ってんだ?」
「いや、オレも行こうと思ってね」
さらりとそんなことを言ってのける。アーティーの眉間の皺がさらにこくなる。十四歳だとは思えないな。
「お前…家は?」
「仕方が無いね、それは」
オレはアーティーの前に立つ。アーティーは睨むようにオレを見上げる。オレの真意をはかりかねているみたい。
「アーティー、オレは家族かキミかを選べと言われたら、迷わずキミを選ぶ。キミは命の恩人なんだ、あの時キミが来てくれなかったらオレは死んでいた。だから、オレはキミに誓おう、忠誠を。オレは死ぬ最後の瞬間までキミの味方でいよう。そしてキミを守る。キミが拒んでも、オレはキミといっしょにこの島を出るよ」
ニッコリと笑ってみせるとアーティーは呆れて溜息を吐く。そして、一発オレの頭を殴る。
「いってぇ!」
あまりの痛さにその場に蹲る。アーティーはこちらを見向きもしない。そして、聞こえるか聞こえないぐらいの声で言った。
「…好きにしろ、バーカ」
その言葉にオレはにっこりと笑う。ああ、いつまでもキミの傍にいてキミを守るよ。キミがかつてそうしてくれたように。キミは安心して、その隻眼にたくさんの世界を映せばいい。オレの願いはキミが望むことをしてくれることだから。
そして、それからたくさんのことがあった。船を作ったり、仲間を増やしたり、宝玉を手に入れようとして死にそうになったり、アーティーの我儘に振り回されてり…それでも充実した人生だ。これからもキミの傍にいたいと思う。アーティー、キミはオレの光そのものだ…。
「起きろ、惰眠野郎」
顔に何かかかった冷たさで目が覚める。なんだ、コレ?目を開けると、目の前には木製バケツを抱えたアーティー。隻眼が睨みつけてくる。
「やぁ、おはよう…キャプテン」
苦笑いを浮かべると、アーティーは顔面を蹴りつけてくる。いてぇ。胡座をかいていたけど、体は床に戻る。
「随分と幸せな夢でも見てたのか? あぁん?」
柄悪いなぁと思う。ま、これがアーティーかな。ゆっくりと立ち上がる。長い間、寝入っていたためか体が硬い。
「まぁね。初心に返ったって感じかな」
にこりと笑うが、アーティーは気味悪げに見つめてくる。オレだって傷つくんだけど…。
「お頭ー! 島が見えてきやしたぜ!!」
アマドの声がする。アーティーはすぐにそちらに向かう。オレはぼんやりとその姿を見つめる。昔から変わらない。その行動力も好奇心が強いところも。
「おいっ! なにしてる、ロニー!! 早く来い!!」
その言葉を聞いて、破顔する。急ぎ足で彼らの元に行く。
今日もオレはキミの傍で笑う。
End.
ここまでお読みください、ありあとございやす
ロニーの信仰に近い忠誠心の出所のお話でした。ちょっと病んでますよね(笑)
誤字、脱字多発しとると思いますので、ご報告お願いします。その場合、穴に埋まってしまいたい気持ちを抑えながら、お礼を述べますw