悪魔の契約
賭博は時代を問わず為政者を悩ませるものの一つである。
それは戦国時代でも例外では無く、織田軍に於いてすら足軽の間で賭博が流行していた。
胴元が仕切るような大規模なものは取り締まれるが、個人間でのやりとりまでは流石に介入出来ない。
一度賭博で大勝ちすることの快感を覚えた者は、その快感が忘れられずにのめり込み、やがて身を持ち崩してしまうのは言うまでもない。
また如何に織田領内を厳しく取り締まろうとも、他国にまではその手が及ばない。
それを良い事に賭博旅行をする者まで現れるのだから始末に負えない。
こうした賭博で賭けられるのは当然金銭なのだが、それが尽きると次に食料そして衣類、最後には命綱ですらある武具までを賭け皿に載せる。
そしてすってんてんになるまで毟られた足軽は、いくさの場に素っ裸に竹槍と言う貧相な恰好で現れることになるのだ。
尻に火が点いた者が負け分を取り戻そうと奮起することは稀にあるのだが、全体的に見れば賭博が軍に与える影響は悪いことの方が多い。
ここまでは己の資産であるため自業自得なのだが、中には他人の資産を勝手に賭ける空証文にまで手を染める者が現れる。
当然ながら他人の資産であるため勝手に使うなど論外だが、それをしてまで負けた者たちは債務を履行するため徒党を組んで他者を襲い、金品を強奪するまでに身を落とす。
流石にここまでの無法は見逃されず、発覚次第容赦なく処刑もしくは死よりも過酷な強制労働へと駆り出されることとなる。
このように犯罪の温床となる賭博だが、厳しく取り締まれば足軽の士気が下がるため大々的な取り締まりが出来なかった。
史実に於いてはかの徳川家康が賭博を禁止し、発覚した場合はお家取り潰し処分という厳罰を科したが、それでも賭博が根絶されることは無かったほどだ。
こうした状況に頭を悩ませていた信長が、足満に良い解決手段が無いかと訊ねたところ、彼からはこのような言葉が返ってくる。
「そうまでして博打を止められるのなら、金を融通してやれば良い。なに、良い金の回収方法を教えよう」
この時足満が信長に伝えたのは、現代に於いて『悪魔の契約』とまで言わしめる『リボルビング払い』(以降はリボ払いと略す)であった。
リボ払いの特徴は、毎月の返済を一定額にすることで計画的な返済を可能とする便利なサービスでもある。
それをして悪魔の契約とまで言わしめたのは、月々の返済を楽にしようと返済額を少なく設定すると表出する。
借入額に対して月々の返済額が少ないと、その返済額の殆どが利息に宛てられてしまい、返済すべき元本が殆ど減らないという状況に陥る。
つまり何か月返済しても借金が減らないという地獄が発生し、最終的な返済額が元本の倍以上になることも容易に起こり得るのだ。
現代ならば利息制限法によってリボ払いの年利は多くとも20パーセント以下に制限されるが、戦国時代にそのような法律は存在しない。
元より借入額の倍額返しが罷り通っている時代であるため、信長が利率をどうしようとも双方が納得していれば合法なのである。
使い方を誤れば身の破滅を招きかねないリボ払いだが、借入総額を常に意識し返済計画を立てるなら有用なサービスとなる。
また債権者となる金融機関に於いても安定して利息を長期間得ることが出来る『打ち出の小槌』とさえ言える商品だ。
道具は使い方次第で凶器になり得る、シッカリと仕組みを理解した上で利用するのが肝要である。
「生かさず殺さず搾り取り続けるのか!」
足満からリボ払いの概要を聞いた信長は、余りの巧妙さに思わず唸ってしまう。
博打を止められないのなら、月賦払いという負担を掛けることで借金を意識させて制限を促す。
それでも博打を止められずに身を持ち崩すようならば、そう遠からずに破滅が待っているため、それまで限界まで搾り取るのが上策と言える。
当然のように返済しきれずに貸し倒れとなることも起こり得るが、生きてさえいれば如何様にでも回収できるのが戦国時代の利点だろう。
「所詮賭博で身を持ち崩す輩など、組織に於いては周囲を腐らせる元となるだけよ。悲惨な結末を見せて反面教師となれば御の字だ」
「腐った果実は、箱の中から取り除くに限るか……」
「年利もいきなり高くすれば警戒して手を出すまい。そうだな……まずは年利一割ほどで良かろう、借入額が増える程に利率が上がる仕組みにすれば良い。その旨をしっかりと明記した証文を双方が保管するのが肝よ」
「証文を残すことで、相手が合意をした上での借金だと示すのだな」
「そうだ。どうせ証文は定型文となるゆえ、変わる箇所のみ空欄とした書面を静子に印刷して貰えば良かろう」
ここまで語った処で足満はふとあることに思い至る。リボ払いの草案には返済が出来なかった際の罰則が盛り込まれていなかった。
幾ら足軽たちを犯罪に走らせないようにする対策とはいえ、借金を踏み倒して逃げた者に罰が無ければ逃げ得となってしまう。
真面目に返済している者が馬鹿をみないためにも、違反者への罰則は必須と言えた。
「返済できなかった者には、一度のみ軽い罰で許そう。しかし、慈悲は一度きりだ。二度あれば利息と元本を一括で取り立てる」
「二度も返済できなかった者に、取り立てるような金があると思うのか?」
「思わぬ、当然身柄を押さえて終生鉱山労働へと回す。一度目の罰はそうだな……払えなかった利息に一割を足して翌月の利息に加えるで良い。運が良ければ返済できよう、運に身を任す博徒にはお似合いだろう」
「一体どれ程の者が身を持ち崩すのか」
余りにも非情な足満に戦慄を覚えつつも、兵の数が不足することを信長が危惧する。
賭博にのめり込み過ぎた輩は、軍用品や機密事項なども横流ししようとした者すらいた。
そういった輩を未然に把握し、可能な限り排除するためにも首輪を付ける必要があった。
「賭博にハマるような間抜けに優しくする必要はない。返済が滞り始めれば、割の良い仕事を紹介してやっても良い。当然相応の危険は付きまとうがな」
「忙しくしていれば博打を打つ暇もないという訳か」
「曰く『小人閑居して不善を為す』、ようは小金と暇を持て余すから博打などにハマるのだ。生きることに必死であれば、そのような余裕も生まれまい」
「確かにな」
足満の言に信長は納得して頷いた。その後も彼らは賭博狂いをどうやって囲い込み、自らが運用する金貸しで借金させるかについての算段を話し合った。
翌月になると、表向きは信長の名において運用される金融機関が誕生し、一見すると借金が楽になる『悪魔の契約』が始まった。
その証文の印刷を頼まれた静子が、家臣達に決して借りないように厳命したのは言うまでもない。




